十 最初の村 (イラスト付き)
ハジュメ村は山の中腹に位置している。
家が十数件と、段々になった畑、草をはむ山羊、せわしなく首を動かす鶏。
それだけだ。
家と言うより山小屋チックな建物は、広場を囲むように建っており、広場の真ん中には井戸らしきものがある。
──たぶん、井戸よね?
杏子が井戸を見たのは、ホラー映画かなにか。あとはマンガ。乏しい知識でも昔風な井戸に思える。
「おおぉい、みんなぁ! マレビトさんがぁ、おったぞぉ!」
怒鳴っているわけでもないのに、ナゴォの声はよく響いた。周囲の山々から木霊が返ってくるほどだ。
木霊が消える前に、あちこちの山小屋の窓が開いた。扉も勢いよく開く。
そんな窓から扉から、そして家の裏や垣根の向こうからも、人がでてくる。杖をついた老人、母親に抱かれた赤ん坊、年齢も様々だ。
──人…………だよね?
そう。このくらいは予想しておくのが当然だろう。ナゴォに猫耳と尻尾があるのだから、村の住人に、ウサギやキツネや犬や、なんだかわからない動物の耳や尻尾、つの、蹄があるくらいで、驚くのはおかしい。
──うわぁ! 羽根がある!
杏子はぎょっとしたときには固まるタイプだ。悲鳴をあげるほうじゃない。そっちで良かったと心から思いつつ、なんとか顔を繕って、笑顔を作る。
なにしろ、全部の目がこっちを向いているのだ。特に子供達は興味津々。四歳以上の子供が団子になって駆けてくる。
「うっわぁ! ナゴおじぃ! 本物のマレビトさんかー?」
「すっげー! 初めて見たー」
「あんたは、八年前に見てるって」
「知らねえよ。そんなん。オイラ、赤んぼだったもん」
「マレビトさんって、どこがオイラ達と違うの?」
十人くらいだけど、異世界語と日本語の二重音声で、二倍うるさい。
「あ! こっちにもいた! ナゴおじぃ。これもマレビトさん?」
荷車を覗きこんだ子供が声をあげた。ナゴォはのんびり応える。
「だぁのぉ。一度に二人のマレビトさんが現れるとはぁ、やはりこの村がぁ、世界一の産地だなぁ。これでぇ、ほかの奴らもぉ、ハジュメ村が一番とぉ、納得するじゃろぉ」
杏子は半分も聞いていなかった。
子供達に囲まれ、触られそうになった圭太が、必死の形相で飛びだしてきたからだ。今の杏子の身体には低い荷車でも、背が低く華奢になった圭太では怪我をするに違いない。
大急ぎで抱きとめる。
圭太はくるりと身を返し、そそくさと杏子の背に隠れた。
「あ! 隠れたぞ。あいつ!」
「ちょっと、やめなさいよ。あんたが乱暴するから、怖がってるでしょ!」
手を伸ばした悪ガキの頭をポカリとやったのは、十五歳くらいの女の子だ。ショートカットの癖っ毛の中からキツネのような大きな耳がぴんと立っていて、ふさふさの尻尾が揺れている。だけど短パンから伸びる脚や、腕や顔は健康的な小麦色をした、人のものだ。
女の子はべこりと頭を下げた。
「ごめんなさい、マレビトさん。この子達、マレビトさんと会うのが初めてで、興奮しちゃったんです。ひどいことするつもりはないんです」
両脇で盛んに文句を言う子供らの頭を両手で一つずつ押し下げる。
「ほら! あんた達も、謝りなさい!」
「えーーーっ! だって、オイラ、なんにもしてないよ!」
「握手とかいうの、ためしただけだもん!」
じたばたする十歳くらいの子供の頭を、力づくで押す。
「いいから、謝んなさいっ!」
「………………ごめんなさい……」
いかにも渋々と子供達が口にすると、キツネ耳の少女は杏子へ向き直った。
「で、改めて。初めまして、あたしはニータっていいます、マレビトさん。ハジュメ村へようこそ!」
晴れやかな満面の笑みで、手をまっすぐにのばしてくる。
杏子も微笑んで、その手を握る。
「よろしく。わたしは杏子。こっちはむす……わたしの子の圭太。ここのことを、いろいろ教えてくださいね」
背後から圭太が小さく蹴ってきた。なにが不満なのだろうか。感謝の水晶をもらえるかもしれない相手に愛想よくするのは、当然。もしもらえなかったとしても、人間関係が良好で困ることなんて、ひとつもない。
「へえーっ。マレビトさんって変わった名前の人が多いって、祖父ちゃんが言ってたけど、全然変じゃないんですね! キョーコーさんはとっても男らしいし、ケータなんて、あたしのニータに似てて、すっごく女の子らしい名前だもん!」
顔を輝かせるキツネ耳のニータの後ろで、ウサギ耳の七歳くらいの男の子が二人でささやきあう。
「どう見たって、ケータのほうが女の子らしいよなー」
「ニータが女らしいのは、名前だけだよなー」
笑顔のまま、ニータのふっさりしたキツネ尻尾が素早く動いた。足をすくわれた男の子二人が悲鳴をあげてひっくり返る。
何事もなかった顔でニータは続けた。
「ケータちゃんは、あたしと一つか二つ違うのかな? 仲良くしてね! 今度、みんなに紹介したげる。田舎っぽいかもしれないけど、みんな、いい子だよ」
杏子は両手でがっしりとニータの手をつかんだ。
「ぜひっ! ぜひ仲良くしてやってください! 少し引っ込み思案なんですけど、この子、本当はすごくいい子なんです! お願いしますっっ!」
「え……? あ……うん」
杏子の勢いに、つぶらな目をぱちくりさせて、ニータがうなずいてくれる。
──この子なら、きっと、圭太もお喋りできる……
母親以外の人と、ようやく話してくれるのではないか。だってこの女の子は、圭太の部屋にあったポスターみたいに、頭から動物の耳が生えているのだから。
それに元気が良くて、可愛くて、物怖じしない。
こういう子なら、圭太だって話してみたいと思うだろう。
「ねっ、圭太? ニータちゃんって、本当に可愛いし、圭太の好きな美少女でしょう」
期待を込めて振り向くと、圭太は顔を伏せたまま杏子の背中にしがみついていた。喋るどころではない。
ニータが杏子の手をぱちんと叩く。
「やっだぁ、キョーコーさんったら。そんな、美少女だなんて、あたし、困るってば」
うっすら染まった頬に手をあてて、ニータが嬉しそうな困り顔になる。なにか言いかける双子のウサ耳少年を、再度尻尾でつっ転ばし、照れ笑いをした。
「大丈夫! あたし、きっと、ケータちゃんと仲良くなれるからさ」
杏子がほっとするのと同時に、ナゴォが声をかけてきた。
「キョーコォさんよぉ。とりあえずぅ、ウチに泊まったらええよぉ。しばらくぅ、村におるじゃろぉ?」
「あ、はい! よろしくお願いします」
返事をすると、ニータが手を振る。
「じゃあ、またね。キョーコーさん。ケータちゃん」
「あ! ニータちゃん。圭太をどうぞよろしく、お願いしますね」
「うん! まかせて! またね、ケータちゃん!」
子供達を追い立てていくニータの後ろ姿がまぶしい。本当なら、圭太だってあんなふうでいいはずだ。十七歳なのだから。




