守り神
愛羅ったら酷いんだもん。僕を置いてどこかにいっちゃうから…城の兵達呼んで捜索しだす所だったんだから全くもう。セラもなんで傍にいないの!従者の名がすたるよ!」
「ご、ごめんなさい従兄さん。そのちょっと…誰かに呼ばれた気がして…」
「あの場で愛羅の名を呼ばない民はいなかったろうねぇ…」
そんなぷりぷりと愛羅をしかっていた従兄は次第に止み、次には少し遠くを見るように目を細める。完全に拗ねていた。
「とりあえず見つかって何より。セラの髪の毛はお嬢レーダーかなにかかしら?」
そう言う神奈は士郎をなだめるかのように背中をさすってはセラに視線を送る。そんな彼女にセラは、引きつった作り笑いをする。
「レーダー…ねぇ」
*
「ま、妹の失態には目をつぶるよ。僕はそこまでおちぶれていないからね」
「失態って…」
未だ少しの拗ねをみせる従兄に愛羅は苦笑する。そんな2人を後ろで見守りながらついて来るセラと神奈の従者2人。
そんな4人が歩いているのは先程まで愛羅がいた森付近の場所から少し歩いた場所だった。つくづく森の中に縁があるなと、愛羅が内心思ったところで士郎がぴたり、脚を止めては口を開く。
「さあ、愛羅。あそこに見えるのがなんだか解るかい?」
そう言われ、愛羅は促されるように士郎が指差す先へと視線を向ける。同じくセラと神奈も向け、神奈は「あぁ、」と理解するように。愛羅とセラに関しては少し戸惑うことになった。
数メートル先の目の前には、頭から胸辺りまである人物像かとおもわれる全体的にミントグリーンのような石製が建てられていた。優しそうな顔付きをした女性で、頭にはベールと思しき布をかぶっており、上には花冠で、まるで聖母のような優しい雰囲気をかもし出していた。それを囲うかのように少しの余白があって石材がそれを一囲いしてあった。下の石製に目をやれば、それは彼女が黄の国でやってきた行いの文を綴ったに過ぎない。
そう、黄の国で言えば偉人クラスにあたる人物なのだということだ。しかしその彼女がだ。今の時代には既にいない存在の女性が、愛羅とセラ目の前に存在している様に見えていたのだ。石製と同じ顔をした女性が、今はその石製像の横に座りこんで子供のように脚をぱたぱたと揺らして遊んでは鼻歌を歌っていた。胸元、腕、脚、と出すところは出していて裾丈が長い白いワンピースに身を包んでいた。
「ご、ご先祖様…?いや、あの人は王族じゃないのよね…!?でも人物像の人とそっくりだし、ゆ、ゆゆゆ、」
「あははー、愛羅が戸惑ってる姿超可愛いよ」
「じゃなくて、この状況を説明しろ状況を」
士郎を間に左には士郎の袖を掴んでわなわなと震えている愛羅と、右には士郎の胸倉を掴む極悪人面のセラの図が完成していた。
しかしそんなじゃれあいの様なやりとりも一人の、目の前の女性の声によって遮られる。
「あーっ、士郎!!」
喋った!!?と、愛羅とセラは驚愕し、同時に士郎を見る。
「従兄さん、あの人とお知り合いなんですか…ッ!?」
「え。いや、まぁ…」
とその時。状況説明しようとした士郎の言葉を遮るように神奈が声を張り上げた。
「2人とも、頭を下げてッ!!!」
「「!?」」
いつもあまり声を出さない彼女に2人はびくり、としつつ上体を下げる。すると同時にか
「し~~ろぉ~~お~~!!」
と、無邪気な子供のような声を発した彼女が飛び込んできた。狙いは士郎であり、それを避けなかった士郎は「ぐぇっ」という声を出して彼女と共に倒れこんだ。
「あっはは~!士郎~!士郎~!!いつの間に眼鏡なんてかけちゃって!大人になったねぇ?何百年ぶり?何千年ぶり?あはは~、まだそんなに経ってないかぁ!!」
元気にそういう彼女は士郎を草むらに押し倒してはそういう。
「いやまだそんな経ってないよヴィオラ。そうだねぇ…17年くらいは経ったかな?」
「でもまだそれくらいなのね~。こっちは成仏できないだけ歳を重ねるのは辛いわ~」
「そうかな?君は何年経っても変らず美しいよ?」
「そう?褒めてくれるのはやっぱり“カレ”と士郎、あなただけだわ」
そう、言葉を交わすに2人に追いついていけないセラは見てはいけない物だろう思い、愛羅を自分の背後に隠しつつ口を開く。
「おい、いい加減に説明しろ士郎」
そんな2人がセラに気づいてか、士郎が口を開こうとした時だった。目の前にいた彼女は急に顔を赤くして瞳を輝かせ、はぁはぁ、と息を荒くしていやらしい手つきをし始めた。
「…美男子、はっけ~~~んッ!!!」
「は…?」
途端、セラの背中に虫唾が走った。これはまずい、逃げるんだ。と全身の気がそう告げている様に。思惑は当たり彼女はセラに向かって飛び込んできた。
「愛羅、ちょっとすまん」
「え、セラ!?」
そういうセラは背後に隠していた愛羅の肩を軽く叩き、神奈の元へとやる。それと同時にかヴィオラといった名の女性からの攻撃(?)を華麗に避けては、彼女は綺麗に転がっていった。
「い…ったぁーい!そんな避ける事ないのに!!」
ぷうう、と子供のように頬を膨らませる彼女にセラは戸惑う。
「いや、俺の全神経が『危険だ』と察知したまでのことだったんだが…うぉっ!?」
まさかこの目の前にいる女性が石製の人物と同一人物だというのか。信じがたいが、見事にそっくりなので信じてしまいそうになる。
そうこう言っていたら今度は彼女からの、タックルに近い突進で見事に捕まり、セラは両手首を掴まれた状態で草むらの上にまたがられる様に押し倒された。
「うふふ…男の子なのに長くて綺麗な赤毛に白すぎるお肌…枝毛一本もないないんてどんなお手入れしてるのかしらね…?」
ぐへへ、ともはや女性が出すような声ではない声色を出しながら目が据わっていない様子でセラの頬を右手でゆっくりと撫で回しながらつぶやく。そんな彼女の手は次にセラの胸元へ移動し、襟元の金具止めに手をかけようとする。しかし急に何かを思い出したのか士郎に顔だけを移動させ声を張る。
「ハッ、そうよ士郎!この赤毛の長髪君は誰!?早く紹介してちょうだい!!」
「その前に…、おい士郎ッ!!どかしてくれないかッ!?」
好奇心旺盛なヴィオラと悪人面丸出し(&焦り顔)のセラに士郎はたじたじになる。
「え、えーっと…、僕どっちに従えばいいの?どっちも断ったら怖いんだけど愛羅。」
「…え、ええっ!?私に聞かないでッ!!とっ、とりあえずセラを放してあげて従兄さん!!」
「あい、了解」
そう言うと士郎は解決案を知っているかのようにズボンのポケットに手を入れては、取り出す。
「ほらほらヴィオラちゃーん?これがなんだか解るー?」
「……キャンディ!?」
そう、士郎が持っていたのは短く細い棒の先にくっ付いている飴玉だ。それをホラホラ~、と誘うように促しては彼女を誘い出す。
すればたちまち彼女はセラの拘束を解き、一瞬で士郎の前に舞い戻ってくる。そんな彼女によくできました~、と飼い犬を褒めるかのように頭をなで褒美の飴を差し出す士郎。彼女は彼よりも年上に見えるのだが、年上相手に、偉人相手にそれは大丈夫なのかと思うやりとりにセラは深い溜息を落とす。
「飴が好物なのか…」
「せ、セラ!!大丈夫?どこもなんともない?」
「愛羅……あぁ、なんともない。」
「そう?」
解放されたセラは駆け寄ってきた愛羅に視線を移しては、少しの間とともに自分の安否を伝える。
「…大の女性に押し倒されて惨めな思いしてるんですよ、お嬢。セラも男ですし、そこんところ色々と複雑なんでしょう。」
「な…っ!?」
淡々という神奈に対して焦りを見せるセラに愛羅は少し考えてから、先程の光景を思い出してか顔を赤くして言葉を詰まらせる。
「…セラは、年上とかが好みなの?」
「なんでそういう流れになる…」
少しきまづい主に落胆する従者。そのやりとりを少し遠くで見ていたヴィオラは士郎に耳打ちする。
「ねぇ、あの2人は恋仲だったりするの?」
「え?…あ、うーん、残念ながらそうじゃないんだよねぇ。身分、立場の違いから起きる片方の一方的な片想い、かな。どこか昔の君“ら”と似ているんじゃないかな」
「立場違い、ねぇ…」
そんな愛羅たちを見つめる彼女の瞳は少しの愁いを帯びていた。
うおっほん!、と腰に手をあて軽い咳払いをした士郎。そんな彼に疑いの眼差しをみせる愛羅と、早く話を進めてくれとせがむ悪人面セラの眼差しに神奈は落ち着いて、となだめ士郎に視線を移す。
「んじゃまぁ、自己紹介からかな。この人はヴィオラ。まぁ、目の前にある石造と同一人物でー…この黄の国の《守り神》。あ、愛羅の言う幽霊は一理あってるかな。この人ある意味自縛霊だから。結構なお婆ちゃん」
笑顔でさらりとそう言う従兄に愛羅は目眩を憶える。目の前にいるのはどうしたって生きている人間にしか見えないのだ。それをさらり、と『幽霊だ』なんて言われても現実味がわかない。そんな士郎からの説明が終わったかと確認してか、士郎の横に立っていたヴィオラは口を開く。
「士郎の説明にもあった永遠の17歳、ヴィオラ=アイリーンでーす。いやいやごめんなさいねぇ。久しぶりに士郎以外の男の子と会ったからどうも自制が利かなくて…ごめんなさいね」
長いクリーム色の髪を揺らし、宝玉のような綺麗な紅い瞳をした彼女。胸元にはどこか既視感がある、羽根のようなペンダントをしていた。言動には少し子供のような無邪気さがあるが、同時に大人の女性という雰囲気を持ち合わせていた。そんなヴィオラはてへっ☆、と星を投げるかのような清々しい笑顔で謝罪する。
「あぁー…、ごめん。この人少し男に飢えてるからセラが犠牲にあっちゃってー…」
「それを先に言え、先に。というか少しで済むのかあれが」
思い出したかのように手をぽん、と叩く士郎に負のオーラを漂わせるセラ。いやでもよかったじゃない?被害にはあってないでしょ?と軽い感じでなだめる士郎。
そして思い出すかのように愛羅は気づく。
「ねぇ、従兄さん。会わせたい《守り神》って、」
「うん、そう。このヴィオラにね」
士郎は笑顔でそう言った。
*
「いやね?士郎が可愛がってる妹さんの顔がどうしても見てみたくてね。私の我が儘な事なんだけど、どうしても連れてきてくれないか、って」
お願いしちゃったの☆、と笑顔でいうヴィオラ。
「それもこれも僕が愛羅の魅力を伝え続けてきたお陰だね」
なんて鼻をのばす士郎。そんな2人に呆れ顔のセラと、は、はぁ、と何もいえなくなる愛羅。
「まぁ頼みはこれだけじゃなくて、ヴィオラの連れ…、というか生存時にいた彼女の恋人を探して欲しいんだ。これが本当の依頼目的」
「恋人…?それが今回の依頼ですか?」
「そう恋人」
小首を傾げて聞き直す愛羅に再び笑顔で答える士郎。そんなやりとりを聞いてかセラは阿呆くさ、と溜息をこぼす。
「あ!セラ駄目だよ、今『面倒くさい』なんて考えてたでしょ!?」
「当たり前だ!!お前、あれほど愛羅の身に危険が及ぶ様な件はもってこない、と散々言ってきただろうがッ、このシスコン!!また何かあったらどうする!!?」
「セラ、口調口調っ、」
士郎に火を吐くセラに、落ち着くように愛羅はなだめる。
「でも、今回は人探しだしっ、戴冠式でのような私を狙ってくるような事はないんでしょう従兄さん?なら、引き受けます。セラもいるし、従兄さん達も初めが肝心だ、協力してくれる、って言ってましたよね?」
「うんうん、全然大丈夫」
笑顔全開でいう士郎にセラは動揺を隠しきれないままたらり、と冷や汗が流れる。
「愛羅、ちょっと来い」
「--え?えっ、セラ!?」
腰に手をあて、深い溜息をついたセラは愛羅の手をとり、士郎達から距離をとって歩き出す。そして今まで黙って2人の背中を見送った神奈は口を開く。
「…少し、おちょくり過ぎなんじゃ?」
「いやぁー、そんな気は更々無かったんだけどなー」
「え、何々?」
愛用の日傘をくるりと回す神奈に、頭をがしがしとかいては少し苦笑いの士郎。状況がいまいちのみ込めていないヴィオラは神奈に視線を移す。そんな彼女に神奈は答える。
「…彼は、お嬢が大事大事でたまらないんですよ。自分の命よりも大切で、放し難いほどに」
そんなに歩いてないだろうに、士郎達の姿はとっくのとうに見えなくなっていた。愛羅の手を引いて歩くセラの手に少しの焦りが見えたようで愛羅は脚を止める。それに気づいてか、セラも愛羅を見つめては立ち止まる。
「ねぇ、セラ?ここは黄の国――。問題があり過ぎていた蒼とは比べ物にならないくらい豊かで優しい町だよ。今回の依頼も、前のような事件が起こる訳ない、起こらないよ。絶対。それは従兄さんも保証してたじゃない」
「…そう言って、戴冠式当日に攫われたお姫様はどこの誰ですか?」
「うっ、」
その話題をもってこられると、返す言葉も無い愛羅。セラの表情も前髪で瞳が隠れてかよく見えない。でも愛羅に対しての心配や少しの怒りがちらついて見えるように感じ、愛羅は口を紡ぐ。
「セラが…、セラが私のことを大事に思ってて、危険な目にあわせたくないっていう気持ちはよく分かる。いつも、傍にいてくれてとても心強いもの。それでセラ、もう…もうあんな事件は起こさせない、ううん、起きないように私も頑張るから。その為にこの依頼から成功させて、自信をつけていきたいの。駄目…?」
少しの間をおいてか、セラの溜め息がこぼれる。
「…お前が決めたとなれば、それ以上なに言っても聞かない主だってことは俺が一番よく知ってる。だが豊かな町でも、知らない場所に闇が隠れ潜んでいることもある。それを自信の身で体験しただろう愛羅」
「うん、それでも」
まっすぐ真剣に見つめてくる愛羅にセラは降参かといったように両手を上げる。そんな彼に愛羅はぱぁ、と笑顔をほころばせた。
*
「あ、戻ってきたわよ士郎」
「おや、随分早いご帰還だ」
戻ってきた愛羅とセラを発見しては、神奈は士郎へ告げる。そんな士郎は意外、といった様子で視線を向けた。
「で?受けるのかい愛羅」
「えぇ。引き受けます」
セラに関しては未だに暗い顔、というのは黙っておき士郎はヴィオラに顔を向ける。
「だってさ、ヴィオラ!よかったね~!!」
「本当に!?本当に引き受けてくれるの!?ありがとう~~愛羅ちゃん!!!」
そういった彼女は少し泣き出しそうな顔で愛羅の名を呼び、手を掴んではぶんぶんと上下に振る。
そんな彼女に圧されそうになるも、愛羅は笑顔でヴィオラの手を握り返した。




