勘違い
「でもね彼、私をヴィオラさんだと勘違いしてるの…。そんなに私たちってどこか似てる…?」
「ヴィオラにも言ったがどこかというより、雰囲気や顔付きがほぼ、と言っていいほどに似てるんだ。多分そのせいじゃないか」
相談したセラにはこれまで以上になく綺麗さっぱりと答えられる。嘘偽り無く言うセラのことだから愛羅もそうなのか、と疑問を打ち消す。でもそうしたら、尚更勘違いしている彼には早くヴィオラと再開してほしい、そう思う愛羅だった。
それはそれとして…。
「従兄さん、セラにお酒渡した…?」
「え、うん。そうとは露知らずぐびぐびと」
夜も耽り、談話室で今取り掛かっている件について話していれば隣に座る従者からなにやらアルコール臭がほどよく香り、従兄に問う。そんな従兄は愛羅の質問に即答するかのようにあっさりと答える。『え、何かいけなかったの?』と、どこか軽い感じで頭にハテナマークを浮かばせては次にあぁ、と思い出す。
「セラがお酒弱かったの忘れてた。ごめんね愛羅」
「いや私に謝るんじゃなくて…~とにかくセラを休ませなきゃ。従兄さん空き部屋ある?貸してくれませんか?」
「どうぞ~。空きなら沢山あるよ。あ、運ばないとか」
そうこう言っているうちにくずれ寝てしまったセラの腕を引っ張っては士郎は軽々と何の重みもないかのように運ぶ。
「…士郎が誇れるのって腕力くらいかしらねぇ…」
「おうおう神奈ちゃん。撮り得がこれだけしか無いみたいに言わないでくれるかなぁ?」
紅茶を口に運びながら毎度ながら主人に厳しい言葉を浴びせる神奈に、それを華麗に指摘する士郎。いくら幼少期時代に遊びに来た黄の城でも、成長するにつれて知らない部屋や見なれない通路、その他諸々。子供の頃の目線では見えなかったものが見えてきそう。そんなどこかあやふやで曖昧とした感じに愛羅は囚われる。
「…もう子供でいられないものね…」
そう独り言を呟くかのようにベッドの上に移動されたセラを見つめては近くの椅子に腰掛ける。士郎と神奈は何かあれば声をかけて、と言うなり部屋に戻っていった。外の月光を浴びては綺麗に整った顔には影が落ちる。よくみれば長い睫毛に形のいい唇。極めつけは綺麗な赤い髪。幼少期鎖骨まであったそれは、いつの間にか肩甲骨辺りまで伸び、その髪は痛みひとつもない世の女子が羨ましがる程の長髪へと遂げていた。
幼少期の愛羅が勿体無い、と言ってからかセラは切らずに、むしろ愛羅の意見を尊重するかのように伸ばすようになった。
(私が言ったとはいえ…、流石に鬱陶しいよね?)
そう思いながら髪を結っていたリボンに目をおとす。愛羅がセラに渡したリボンだ。これも幼少期ゆえ、何度も結びつけたり直したりした後や所々汚れている様にも見えた。
新しく渡そうかな、と思いながら愛羅はセラのリボンに手をかける。流石に髪を結ったままだと跡がついてしまうんじゃないかと思ったからだ。
と、その時。身じろぎをしながら瞼を数回瞬かせるセラ。愛羅の存在に気づいたのか、ベッドから状態を起こしては状況把握する。
「……あー、そうだ。アイツに酒注がれて…。っ、~くそ」
「セラは休んでていいよ。従兄さんには私が言っておくから」
「ところで愛羅」
「ん?」
「なんで紐が解けてるんだ…?」
いつの間にか髪を結うリボンが解けて川のように流れていた長い髪にセラは問う。そんな長髪は一束セラの肩を流れてはらり、と零れ落ちる。
「寝るんだったらリボン解いておいた方がいいかなと思って。逆に解かなかった方がよかったかな?」
「…いや、別にどっちでもいい」
そう答える従者に、愛羅はぽつりと漏らす。
「セラは、綺麗な顔してるね…」
「は?」
頬杖を付いて言う愛羅にぎょっとするセラ。
「だって、男性にしては長い髪の毛してるのに、それがセラの魅力引き出してるというか…顔だって綺麗じゃない?」
「女に『綺麗』と言われるのはあまりに嬉しくないんだが…」
「そうかなぁ?」
「綺麗、と言われるほど俺はできていない。先代に拾われるまでも、生きていくためだったら小賢しく生きてきた。そういう奴だった」
「…『だった』でしょ?なら、今はそうじゃない。私がいる限りはそうさせる気もないし、させないよセラ」
従者にも、主である自分にも言い聞かせるように答えてはセラの手をとる。そんな愛羅に瞳をぱちくりとさせ、それから微笑むセラ。次には愛羅の頬に手を添えては言う。
「しかし…、綺麗って言うなら俺より愛羅じゃないか?」
「?私はそこまで綺麗じゃ―……」
その時だった。セラが添えていた右手がするっと愛羅の顎をすくっては、途端に視界が遮断されるかのように見えなくなる。
唯一見えたのは彼の赤い前髪が自分の顔にふわりとあたる様に視界いっぱいに広がるだけだった。それと同時にか自分の唇に柔らかい何かの感触が触れる。暖かくて、優しいもの――。何か、と考える時間は瞬きを幾度か繰り返して理解した。
セラに、キス、されたのだと。
「~~っ、!!?」
突然のことで頭が真っ白になった愛羅は口元を手で押さえたまま、崩れ落ちまいと椅子から立ち上がる。逆に真っ白な頭とは違って、今自分の顔は確認しなくても絶対赤いことが分かる。セラに触れられた肌が、唇が、熱い――。
「そ、れじゃぁ、セラは、ちゃんと、休むんだよ…?」
声が裏返ってしまいそうになるのを押さえて部屋をでる。彼がどんな顔をしていたかなんて憶えていない。いや憶えてなくて当然だ。突然の事で見ることが出来なかったのだから。少し早足になりバタン、と完全にドア閉まる音を確認してからずるずと崩れ落ちる。そんなドアに背を向けて崩れ落ちた愛羅に聞き慣れた声が降りかかる。
「…お嬢?どうしたんですか?」
様子を伺いにきたであろう神奈が不思議そうに、手には燭代のランプを持っていて彼女の顔にはランプの優しい橙色がおちる。床にへたり込む真っ赤な顔をした愛羅を覗きこんで少しの不安を含んだ声色を出した。
「神奈ぁ…」
「はい?」
なぜだか少し涙声になりそうで愛羅はぐっ、と押し黙る。両膝をついて様子を伺う神奈。そんな滅多に顔色を変えない彼女にはどこか少し戸惑いの色が見え焦る様にも見えたが、愛羅が自分から口を開いて説明してくれるまで素直に黙っているのだろう。そんな優しさに愛羅は押し潰れそうになり、思わず神奈に抱きつく。
「お嬢…どうかしましたか?」
抱きついた愛羅の背中を優しく撫でては質問する。どこか妹をなぐさめる姉のように、優しく。現に神奈は愛羅よりも2つ上なので、愛羅はどこか姉としても頼りにしている。
「セラ、が…」
「はい」
「セラ、が、見慣れない…男の人、に、見えた…」
「……そう、ですか」
少し途切れたように聞こえた神奈の声に愛羅は気づかず、ただただ今さっきあった出来事に意識が朦朧とするだけであった。
従者の顔をまともに見れなかった愛羅はこの時が初めてだった。
「えぇ!?会ってたの?バレリと!?」
「はい。多分この森周辺に…頑張れば会えるかも!って。…でも彼、気づいたらいつの間にかいなくなってて…」
再び訪れる深い森の中。確信ずいた愛羅は早朝、ヴィオラに会うために森の中へと潜り込んでいた。ヴィオラの好物と知ったキャンディを大量入れたカゴを手渡しては嬉しく瞳を輝かせる彼女。そんなキャンディの包み紙を開く手を、愛羅が発した言葉に驚いてはぴたりと止める。
「彼も伊達に幽霊やってないってかー。そうかそうか、報告ありがとう愛羅ちゃん」
「それでヴィオラさん」
「ん?」
「彼…、バレリは私をあなたと勘違いしていたんです。“アイリ”って」
「……」
「ヴィオラさん?」
「…あっ!あぁ、勘違いね。そうよねぇ、いくら姿形変わって無くても何千年も会えなければ、愛羅ちゃんみたいなかわい子ちゃん見れば、勘違いもするよねー……はぁ~……」
溜め息を落とししゃがみこむヴィオラに愛羅はあたふたと慌て同じくしゃがみ込む。
「元気だった?私もバレリも、もう死んでて幽霊みたいなものだけど…、元気にしてたかな?」
「はい。私が初めて会った時、少なくとも彼は元気でした」
「そう…。それなら良かったぁ…」
そう言ったヴィオラの声は少し震えていた。
「あれ。そういえば愛羅ちゃん、セラはどうしたの?今日は城で調べもの?」
またしても突拍子もない返しに愛羅は固まる。途端、飴カゴは重力が加わったかの様に愛羅の腕の中から勢いよく落ちては、キャンディは草むらの上に無残にも散らばっていった。というのも昨日のことをぶり返し思いだしたからだ。
「えっと、そうじゃないですかね!?えと、今日、はそのー…別行動?ですっ!!」
「……何かあったのだけは分かる程に、何かあったのねー。焦ってるのが尚の事」
焦り、手をぶんぶんとふり顔を赤くしながら隠す愛羅にこりゃたまげた、とでも言うかのようにヴィオラはぽかんと頬に片手を添える。
「何かな何かなー?んー?お姉さんに話して御覧なさい!?」
からかいながら自信満々に言うヴィオラに愛羅はただ真っ赤な顔で、首を横に振ることだけしかできなかった。
そんな頑なに口を開かない愛羅にヴィオラは口を開く。
「そうねー…。私がわかる、というか言える事は、彼はあなたに『従者』とは別の感情も向けているんじゃないかしら?」
「別の……?」
意味がよく分からないという愛羅にヴィオラはそう言った。
*
「おーい、そこのボンクラ君やー。仕事さぼっちゃイカンでしょうにー」
「………」
場所は書庫室。半目でどこか少し棒読みな士郎に、仏頂面でガンを飛ばしながらもそれを返す言葉が見つからないセラ。そのやりとりを見つめては呆れるように軽い溜息をおとす神奈。
「全く、綺麗なお顔に綺麗な紅葉が咲いてるのに。その仏頂面の原因はなんなのさ~…はい神奈くんっ!」
「それは本人の口から聞きだしなさいな、士郎」
士郎の言うとおり、セラの左頬には手形とも思しき真っ赤な跡が栄えていた。
そして当てられても当てる気さえ無い神奈に無理やり聞く士郎。そんな口が固い従者を知っての事、ケチーという士郎に神奈は眉間に眉を寄せる。
「そういう士郎は自分の仕事を片付けてから言って下さい。先週来た市民からの意見案…あれに目を通して報告、それから大臣から頼まれてる極秘資料にもちゃんと目を通して把握して、判子押しといてください。あと他にはー…っ!!」
「はいはいごめんね神奈ちゃん。君が僕に普通に敬語使うと怖い」
「分かればいいんです」
ふん、と顔を背ける神奈にごめんごめんと、謝罪する士郎。もはやどっちが主でどっちが従者か分からない会話にデジャブ感を憶えるセラ。
「んじゃまぁ、調べ物頑張ってね~」
そして後腐れもない笑顔でひらひらと手を振る士郎が部屋を出て行ったのを確認してか、神奈はセラに視線を移した。
「…その綺麗な季節外れの紅葉とやらは、お嬢にやられたのかなセラ君」
「口調移ってるぞ」
「わざとよわざと」
「……」
「何?蒼では朝の挨拶代わりにビンタくらわされる事が常識なの?なら私も躊躇い無くやるけど」
「真顔で言うな。お前が言うと本気でやりかねないだろう」
「それで?躊躇い無くお嬢が可愛すぎて躊躇いなく無防備すぎて躊躇い無くキス、したと?照れてる顔が可愛いとか?結構ぐいぐいいったのね?…あ、セラ、手が止まってる。そこ終わったら次あそこの本棚お願い。私じゃ届かないから」
「……」
書庫室にて。書籍の整理、といって神奈の仕事を手伝っていたものの、いつの間にか身長の問題でほぼ仕事を任せられていたセラ。片腕には大量の資料本や娯楽本、種類様々な本を持っては本棚の前に突っ立ていた。そんなセラに神奈はまたしても眉間に深くしわを寄せ、深い溜息を吐いた。
「…あなたは思春期の恋愛ごとは誰にも相談できない初心な男の子ですか?…反吐が出ます」
「お前はもうちょっと…、時々オブラートにできないのか」
「仕えている主があの様だしねぇ…楽しいけどね?時々疲れるのよ」
どこか楽しそうにいう神奈にセラは苦笑する。同意だ、と。
そんなことよりも、と話題を戻される。
「朝…いや昨夜からきまづいお嬢に平手くらって、真っ赤で綺麗な紅葉柄が完成、と…。力は流石、先代様から受け継いでいるだけあるというかなんというか…」
「めっちゃ、痛かった…」
「でしょうねぇ」
少し戸惑い、思い出して頬をさするセラにすまし顔で言う神奈。
「自由にやるのはいいけど、あまりお嬢を困らせないようにハメを外しながらやるのよ?じゃないと私もお嬢にしかられる」
「結局何が言いたい……」
「え?仲違いされないように頑張るのことね。まぁないと思うけど」
そういう神奈に冷や汗を流しながら焦るだけしかないセラだった。
ヴィオラと別れた後、愛羅はしばし森の中を散策していた。というのも目的の神獣・バレリと再会できるかもしれないというのと、黄の城に戻るのはいささか“例”のことで後を引くのでもあったからだ。
――セラに顔が、向けられない。
セラとは幼少期から家族のように暮らしてきた従者にすぎない。成長するにつれ、セラを1人の異性として意識するようにはなっていったとはいえ、そもそも昨日セラがとった行動は恋人や愛する人に対するものであって、主に対するものではない。そう考えると、セラは少なくとも愛羅に好意を向けてるのではないかと考え、思っただけでも愛羅の体温は上がっていく。
両手をぐっと胸に押し付け、頭の中を真っ白にするようにして何度か深呼吸をする。はぁっ、と溜息をひとつ落とし再び脚を動かそうとする。しかしそれはたった一言に止められる。
「あ、女神-アイリ-!!」
「!?」
たった今噂をしていた神獣・バレリに。
「バレリ…!?」
「やっぱり…別人じゃないよ。アイリはアイリなのに…。でもそうか…よく見れば服……瞳の色が違う気がする…」
森の木々にまたがっていたバレリは頬杖を付きながらくつろいでいた。見慣れないどこか神秘がたい白い衣装が彼の顔に尊重して美しく映えていた。
そう2度目の惚けをしている間にバレリは木々たちと伝って音もなく綺麗に降りてくる。
「今日は人間たち、傍にいない?誰もいない?」
少し機嫌がいいようにバレリは訪ねる。ここは城下町から少し離れている森とはいえ、入ってこようと思えばいくらでも入れる。しかしそんな彼の発言に愛羅は悲しくなる。
当時ヴィオラたちが生きていた時代では、ここにも人の手が迫っているほどの危険があったのだろうか、と。
「ねぇ、バレリ。あなたはどうしてそんなにも人を嫌うの?」
「話したよね?道具扱いする人に、僕らを家畜扱いしかしない人…、そして何より僕からアイリを奪った。それだけ」
「…それだけ理解しているのなら前にも話した通り、私はあなたの言うヴィオラ《女神》じゃない。そしてあなたも後を追うように去った彷徨う亡霊。…彼女もそう。あなたは薄々私がヴィオラ《女神》じゃないと気づいているんじゃないの…?」
早口でいう愛羅に悲しい表情をみせるバレリ。彼女も自分も死んだ事を認められず、どこかやり残しがあった為に自縛霊となって数千年の今現在になっても存在している。そんな所だろう。
「来て。あなたが本当に会うべき人物に、会わせてあげるから」




