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二十八話「処分の先」

 士官学校襲撃事件から、三日後。


 鏡涼介は、校舎の最上階にある会議室の前で待たされていた。


 両腕に巻かれた包帯。


 制服の下には、胸部を固定するための医療用ベルトを着用している。


 上位個体から受けた攻撃による打撲は残っているが、骨や星脈に大きな損傷はなかった。


 それでも、医療班からは一週間の戦闘訓練禁止を言い渡されている。


 涼介は閉ざされた扉を見つめた。


 室内では、自分の処分を決めるための三者合同審査会が開かれている。


 国立星律士官学校。


 アストラ本部。


 星務庁。


 学校関係者だけで処分を決めるには、今回の事件は大きくなりすぎていた。


 襲撃に使用された旧統合管理権限。


 GIFTED適合候補者の名簿。


 そして、自分を選んで追跡した星殻兵。


 涼介は、被害を受けた学生であると同時に、避難命令を破った違反者でもある。


 さらに今は、獅堂空から天衝隊への推薦を受けている。


 推薦を聞いた直後は、現実だとは思えなかった。


 空のようなアストラ隊員になりたい。


 そう思ったことはある。


 だが、自分が空の率いる部隊へ入る姿など、想像したことすらなかった。


 天衝隊は、アストラ本部直属の実働部隊。


 士官学校を卒業したアストラ隊員でも、希望すれば配属される場所ではない。


 それを、まだ卒業すらしていない自分に対して、空は「来い」と言った。


 涼介が包帯の巻かれた右拳を握る。


 嬉しくないはずがなかった。


 それでも、胸の奥にあるのは喜びだけではない。


 自分は命令を破った。


 助けられた人間がいる。


 東側避難区画でも戦力になれた。


 だからといって、命令違反が消えるわけではない。


 廊下の長椅子には、担任教官が座っていた。


「落ち着かないか」


「はい」


「正直だな」


「何もなかったことにはならないと思ってます」


「当然だ」


 即答だった。


 涼介が教官を見る。


「お前が医療区画へ戻ったことで、救われた学生がいる。それは事実だ」


「はい」


「同時に、お前を追っていた上位個体が医療区画へ接近した。それも事実だ」


「……はい」


「一つの結果だけで、もう一つを消すことはできない」


 涼介は視線を落とした。


 あのとき、自分が戻らなければ取り残された学生たちは助からなかったかもしれない。


 だが、上位個体を引きつけたことで、さらに多くの人間を危険へ巻き込んだ可能性もある。


 空が間に合わなければ。


 自分が上位個体を旧訓練棟へ誘導できなければ。


 結果はまったく違うものになっていた。


「先生」


「なんだ」


「俺は、間違っていたんでしょうか」


 教官はすぐには答えなかった。


「それを決めるのは、結果じゃない」


「結果じゃない?」


「お前がしたことの中には、正しかった部分も、間違っていた部分もある。全部を一つにまとめて、正解か不正解かで片づけようとするな」


 教官が閉ざされた扉へ目を向ける。


「そのための審査だ」


 扉の横にある表示灯が、赤から青へ変わった。


 短い電子音。


 中から職員が現れる。


「鏡涼介君。入室してください」


「はい」


 涼介は立ち上がった。


     ◇


 会議室の奥には、三者の代表者が並んでいた。


 正面に士官学校長と教務主任。


 右側には、アストラ本部の人事統括官。


 左側には、星務庁の職員が座っている。


 その中央にいるのが、久世だった。


 星務庁から派遣された審査官として、今回の襲撃事件に関する調査を担当している。


 久世は入室した涼介へ、穏やかに会釈した。


 壁際には、三人のアストラ隊員が立っていた。


 獅堂空。


 堂前蓮司。


 神楽坂玲。


 空は腕を組み、露骨につまらなそうな顔をしている。


 蓮司は壁へ背中を預け、その隣に玲が姿勢を正して立っていた。


 涼介が室内の中央へ進む。


「鏡涼介です」


「座りなさい」


「失礼します」


 涼介が用意された椅子へ腰を下ろす。


 学校長が手元の資料を開いた。


「今回、君に確認するのは、東側避難区画での戦闘についてではない」


「はい」


「医療区画へ戻った際の行動についてだ」


 涼介の背筋が伸びる。


「君は、校内放送によって避難命令が出されていたことを認識していたか」


「認識していました」


「教官からも、避難区画へ向かうよう直接指示を受けているね」


「はい」


「そのうえで、君は進行方向を変え、医療区画へ戻った」


「はい」


「なぜだ」


「助けを求める声が聞こえたからです」


 教務主任が涼介を見る。


「自分が星殻兵に狙われている可能性は、知らされていたはずだ」


「聞いていました」


「それでも戻ったのか」


「はい」


「上位個体を、負傷者がいる医療区画へ引き寄せる可能性も理解していた?」


 涼介の言葉が一瞬止まる。


「理解していました。それでも、助けを求める声を聞いた瞬間、戻ることしか考えられなくなりました」


「危険を理解したうえで、それでも助けることを優先したのか」


「助けなければならないと思って、それ以外のことが見えなくなっていました」


 言い訳をするつもりはなかった。


 命令が聞こえなかったわけではない。


 敵を倒せると思い上がっていたわけでもない。


 声を聞いた瞬間、自分が戻ることしか考えられなくなった。


「実際に、君は取り残されていた学生と医療教官を発見した」


「はい」


「その後、上位個体を医療区画から旧訓練棟へ誘導している。これは当初から考えていたのか」


「違います。上位個体が俺だけを見ていると分かってから決めました」


「その場での判断だったと」


「はい」


 学校長が資料へ目を落とす。


「同じ状況になれば、また戻るか」


 涼介は答えられなかった。


 戻らないと言えば、嘘になる。


 だが、また戻ると答えることは、何も学んでいないのと同じだ。


 空に言われた言葉が蘇る。


 助けに行ったお前が死んだら、その先でお前が助けられたはずの人間は誰が守る。


「分かりません」


 涼介が答える。


「今までの俺なら、また戻ったと思います」


「今は違うのか」


「戻る前に、周囲へ伝えます。応援を求めて、自分が敵を引きつける可能性も考えます」


 涼介は膝の上で拳を握った。


「それでも、間に合わないと思ったら……行くかもしれません」


 教務主任の眉が動く。


 それでも涼介は続けた。


「でも、一人で全部決めません。誰かを助けるために、別の誰かを危険へ巻き込まない方法を探します」


「見つからなければ?」


「見つけます」


「理想論だな」


「はい」


 涼介は否定しなかった。


「それでも、見つけられるアストラ隊員になります」


 会議室に沈黙が流れた。


 学校長が涼介の顔を見つめる。


「確認は以上だ。鏡君は一度、退室しなさい」


「はい」


 涼介は立ち上がる。


 一礼し、扉へ向かった。


 空の前を通り過ぎる。


 視線は合わなかった。


 空は腕を組んだまま、正面の審査員たちを見ていた。


     ◇


 扉が閉まる。


 学校長が最初に口を開いた。


「まず、処分について決定したい」


 手元の画面へ、涼介の行動記録が表示される。


「鏡涼介が避難命令を認識したうえで違反したことに、疑いはありません」


『ああ』


 空が答えた。


『そこは本人も認めてる』


 教務主任が空を見る。


「獅堂隊長は、鏡涼介君を天衝隊へ推薦していますね」


『してる』


「命令違反については、どのようにお考えですか」


『処分すりゃいいだろ』


 空は平然と答えた。


 人事統括官が僅かに眉を寄せる。


「推薦を取り下げる考えはないと?」


『なんでそうなる』


「命令を守れない人間を、実働部隊へ迎える危険性について聞いています」


『鏡涼介は命令を破った。だから、その分の責任を取らせる。それと、あいつが使えるかどうかは別の話だ』


 空は壁から背中を離した。


『褒める話と見逃す話をごっちゃにすんな。あいつが助けた人間がいるからって、命令違反が消えるわけじゃねえ』


「では、処分には異議がない?」


『ねえよ』


 空が即答する。


『ただし、処分したからって、あいつが現場でやったことまで消すんじゃねえぞ』


 学校長が頷いた。


「本校としては、厳重注意処分が妥当だと考えています。命令違反の記録は残し、今後同様の行為が確認された場合は、より重い処分を科す」


「異論ありません」


 久世が静かに答えた。


 人事統括官も同意する。


「アストラ本部としても、その処分を受け入れます」


「では、処分は厳重注意とします」


 決定事項が記録される。


 学校長が次の資料を開いた。


「続いて、鏡涼介の卒業認定についてです」


 画面へ、涼介の成績と訓練記録が表示された。


 履修科目。


 実技評価。


 星素制御。


 戦闘訓練。


 残されていたのは、卒業認定のための最終実地査定だった。


「鏡君は、既に必要な学科課程を修了しています。今回の襲撃がなければ、来月に最終実地査定を受ける予定でした」


「今回の戦闘記録を、実地査定として扱えるのですか」


 人事統括官の問いに、教務主任が答える。


「規定上、大規模災害または敵性存在との遭遇時に、教官もしくは正規のアストラ隊員の指揮下で活動した場合、特別実地査定へ振り替えることができます」


「避難命令への違反は?」


「医療区画へ戻った行動は、評価対象から除外します」


 教務主任が別の記録を表示する。


「対象とするのは、神楽坂副隊長の指揮下へ入ってからの行動です」


 玲へ視線が集まる。


「神楽坂副隊長。現場での鏡涼介について、報告をお願いします」


「はい」


 玲が一歩前へ出た。


「鏡さんには、正面通路から侵入した星殻兵への迎撃を命じました」


「指揮への反応は?」


「指示した内容を復唱し、合図があるまで待機。土門さんが脚部を固定し、篠宮さんが核を特定した個体への攻撃のみを行いました」


「独断での追撃は?」


「ありません」


「命令に反する行動は?」


「一度もありませんでした」


 玲は淡々と答える。


「鏡さんは負傷した状態でしたが、星素配分を適切に切り替え、六体の星殻兵の核を破壊しました。上層階から個体が降下した際も、独断で持ち場を離れず、私の指示どおり正面の個体への対応を続けています」


「士官学生としての評価を聞いています」


「学生として扱っていません」


 玲の答えに、教務主任が目を上げる。


「どういう意味ですか」


「空隊長から、戦力として送られてきました。ですから、私も一人の戦力として指示を出しました」


 玲は表情を変えなかった。


「そのうえで、鏡さんは私の要求を満たしました」


「実働部隊でも通用すると?」


「現時点で完成されたアストラ隊員だとは思いません」


 玲は明確に否定する。


「出力の切り替えには癖があります。攻撃へ意識が偏る傾向も残っています。単独で上位個体へ対処できるほどの力もありません」


 空が僅かに口元を上げた。


「ですが、自分の役割を理解し、他のアストラ隊員と連携することはできます。少なくとも、あの場では必要な戦力でした」


 玲が一礼し、元の位置へ戻る。


 続いて、蓮司が壁から離れた。


「天衝隊副隊長としても、鏡涼介の受け入れに異論はありません」


「能力面での理由を」


「剛脈は、筋力、速度、反応、耐久へ星素を振り分けるクラフトです。応用範囲は広い。だが、今の鏡涼介は出力の切り替えが粗い」


 蓮司が涼介の戦闘記録を操作する。


 上位個体へ攻撃した瞬間。


 回避へ切り替えた瞬間。


 攻撃を受ける直前の星素流動が、画面に並ぶ。


「一つへ集めすぎる癖も抜けてねえ。効率も悪い。上位個体に数分で動きを読まれたのも、そのせいだ」


「随分と厳しい評価ですね」


「未完成なのは事実ですから」


 蓮司は映像を止める。


 空が上位個体を一撃で粉砕した直後。


 壁際で立ち上がる涼介の姿が映っている。


「だが、直せます」


「根拠は?」


「戦闘中に一度、自分のやり方を変えてる。教わったことを、追い詰められた状況で思い出して、実行した」


 映像が切り替わる。


 星素を一つへ集め続けるのではなく、必要な瞬間にだけ配分を変える涼介。


「上位個体には学習されましたが、初めて実戦で試した動きです。最初から完成してる新人なんざいねえ。教えたことを持ち帰れるなら、鍛える価値はある」


「命令違反をした人間でも?」


「だから処分するんでしょう」


 蓮司の答えは空と同じだった。


「失敗しねえ人間を集めるのが実働部隊じゃない。失敗したあと、同じことを繰り返さねえ人間を育てる場所です」


 蓮司が空の隣へ戻る。


 学校側とアストラ側の意見は、ほぼ出揃った。


 それでも学校長の表情は硬い。


「一つ、懸念があります」


「早期卒業が、命令違反に対する褒賞と受け取られることですか」


 久世が尋ねる。


「そのとおりです」


 学校長が答える。


「今回の事件で功績を上げた結果、処分を受けながら、通常より早く卒業し、本部直属部隊へ配属される。周囲から見れば、命令を破った者が優遇されたようにも映るでしょう」


「であれば、判断の基準を明確に分けるべきです」


 久世は穏やかな口調のまま、涼介の資料を画面へ表示した。


「命令違反に対しては、厳重注意処分を科し、記録を残す。卒業認定については、これまでの履修実績と、神楽坂副隊長の指揮下で行われた戦闘のみを評価する」


「しかし――」


「処分を受けたことと、能力を有していることは両立します」


 久世が学校長を見る。


「違反を理由に能力評価まで歪めれば、それは処分ではありません。別の形で不利益を加えているだけです」


 反論の余地を奪うような強さはない。


 あくまで規定と評価の公平性を確認する、審査官として当然の意見だった。


「星務庁としては、鏡涼介君の特別実地査定を認めます」


「早期卒業についてもですか」


「必要な課程を修了し、実地査定に相当する成果が確認できるのであれば、反対する理由はありません」


 久世が次の資料を開く。


 GIFTED適合候補者十二人の一覧。


 その最上段に、鏡涼介の名がある。


 適合率、九十一・四パーセント。


「加えて、鏡君は今回の襲撃で明確に標的とされています」


 久世が続ける。


「敵は候補者の位置だけでなく、個々の適合率まで把握していた可能性が高い。通常の学校警備だけで、今後も安全を確保できるとは限りません」


「アストラへ所属させた方が安全だと?」


「少なくとも、敵性組織への対処能力と情報量は、士官学校よりアストラ本部が上です」


「配属先が天衝隊である必要はありますか」


「鏡君は物理系です。既に獅堂隊長と接触し、神楽坂副隊長の指揮下ではありますが、実働部隊との連携も経験している」


 久世が空へ目を向ける。


「本人を推薦した隊長が、直接育成と監督を引き受ける。それが最も自然ではないでしょうか」


『引き受ける』


 空が答える。


『鏡涼介がまた勝手に突っ走ったら、今度はあたしが止める』


「止めるだけですか」


 蓮司が横から口を挟む。


『殴ってから止める』


「順番が逆だろ」


『うるせえな』


 張りつめていた会議室の空気が、僅かに緩んだ。


 人事統括官が咳払いをする。


「アストラ本部としては、特別採用審査を省略するつもりはありません」


『分かってる』


「士官学校の卒業認定後、星脈検査、適性査定、面談を実施します。そのすべてを通過した場合に限り、正式採用とします」


『それでいい』


「配属については、天衝隊を第一候補とする。ただし最終決定は、採用審査後です」


『ああ』


 空はそれ以上求めなかった。


 自分に決定権がないことは、最初から理解している。


 空がしたのは、鏡涼介を推薦し、必要な資料と戦闘記録を提出したことだけ。


 卒業を決めるのは士官学校。


 採用を決めるのはアストラ本部。


 配属を承認するのも、空ではない。


 学校長が出席者を見渡す。


「では、確認します」


 室内の端末へ、決定事項が表示された。


「鏡涼介を、避難命令違反による厳重注意処分とする。当該記録は在学記録およびアストラへの引継資料に残す」


 全員が同意する。


「東側避難区画における戦闘を、特別実地査定として認定。既に修了している学科および実技課程と合わせ、卒業要件を満たしたものとする」


 異議はない。


「本日付で、鏡涼介の早期卒業を認定する」


 学校長が最後の項目へ目を落とす。


「卒業手続き完了後、アストラ本部による特別採用審査を実施。合格した場合、天衝隊への配属を第一候補として正式協議する」


 記録画面へ、三者の承認が並ぶ。


 国立星律士官学校。


 アストラ本部。


 星務庁。


 久世が承認欄へ署名する。


「星務庁として、以上の決定に同意します」


 その声音にも、表情にも、不自然なものはなかった。


     ◇


 涼介が再び会議室へ呼ばれたのは、それから二十分後だった。


 先ほどと同じ椅子へ座る。


 空、蓮司、玲も同じ場所に立っている。


「鏡涼介君」


 学校長が正面から涼介を見た。


「審査結果を伝える」


「はい」


「避難命令への違反について、君を厳重注意処分とする」


 予想していた言葉だった。


 それでも、胸の奥に重いものが落ちる。


「この処分は、今回の功績によって取り消されることはない。記録も残る」


「はい」


「異議はあるか」


「ありません」


「君が助けた学生や教官がいることは、学校も認めている」


 学校長の口調は厳しいままだった。


「だが次に同じ行動を取れば、君の命令を信じる者はいなくなるかもしれない。アストラ隊員は、一人で戦う存在ではない。それを忘れるな」


「はい」


 涼介は真っ直ぐに答えた。


「続いて、卒業認定について伝える」


「卒業……?」


「東側避難区画での戦闘を、特別実地査定として認定した。君は既に、その他の卒業要件を満たしている」


 涼介は学校長の言葉を待った。


「本日付で、君の早期卒業を認める」


「……俺が?」


「そうだ」


 理解が追いつかなかった。


 処分を告げられた直後に、卒業を認められる。


 相反する二つの結果が、同時に自分へ渡された。


「命令違反への処分と、卒業に必要な能力の評価は別だ」


 学校長が告げる。


「君が犯した違反を理由に、既に満たした卒業要件まで否定することはしない」


「ありがとうございます」


「礼を言う場面ではない。君が、自分で得た評価だ」


 学校長が資料を閉じる。


 今度は、アストラ本部の人事統括官が口を開いた。


「卒業手続き完了後、君にはアストラの特別採用審査を受けてもらう」


「特別採用審査……」


「獅堂隊長から、天衝隊への推薦が提出されている」


 涼介は空を見た。


 空は視線に気づいても、腕を組んだまま何も言わない。


「採用審査に合格した場合、君をアストラの正規隊員として採用する。その際の配属先は、天衝隊を第一候補とする」


「まだ、決定ではないんですね」


「当然だ。推薦だけで正規隊員にはできない」


「分かりました」


「審査を受ける意思はあるか」


 迷う理由はなかった。


「あります」


「天衝隊への配属を希望するか」


「希望します」


 涼介は立ち上がった。


「俺を、天衝隊に入れてください」


 人事統括官が空を見る。


「獅堂隊長。推薦者として、何かありますか」


 空が涼介の前へ立つ。


『勘違いすんなよ、鏡涼介』


「はい」


『推薦しただけだ。審査で落ちたら、あたしにもどうにもできねえ』


「落ちません」


『言うじゃねえか』


 空の口元が上がる。


『なら、受かってこい』


「はい!」


     ◇


 特別採用審査は、翌日から始まった。


 星脈検査。


 基礎体力測定。


 星素出力および変換効率の測定。


 心理査定。


 複数の本部職員による面談。


 戦闘実技だけは、負傷が完治していないことを考慮し、士官学校での記録と襲撃時の戦闘映像によって代替された。


 涼介はすべての審査を通過した。


 命令違反についても、何度も問われた。


 なぜ戻ったのか。


 どこで判断を誤ったのか。


 次はどうするのか。


 涼介は同じ答えを繰り返さなかった。


 質問されるたびに考えた。


 あのとき自分が見落としたもの。


 救えた人間。


 危険へ巻き込んだ人間。


 空に助けられたこと。


 玲の指揮下で初めて、自分の力が誰かの力と繋がったこと。


 すべてを自分の言葉で答えた。


 襲撃事件から、八日後。


 鏡涼介のアストラ正式採用が決定した。


 配属先。


 本部直属、物理系実働部隊。


 天衝隊。


     ◇


 アストラ本部、正面受付。


 涼介は、新たに支給された白い制服の襟元へ触れた。


 左胸には、アストラの銀色の紋章。


 士官学校の制服とは、生地も形も違う。


 腕章はない。


 隊長でも、副隊長でもない。


 それでも、今日から自分は学生ではなく、一人の正規隊員になる。


 受付端末へ、新たに発行された隊員証をかざす。


 画面へ所属が表示された。


 氏名、鏡涼介。


 所属、天衝隊。


 階級、一般隊員。


 何度見ても、現実味がなかった。


「鏡君?」


 背後から声をかけられる。


 振り返ると、神楽坂玲が立っていた。


「神楽坂副隊長」


「採用審査に合格したと聞きました」


「はい。今日から天衝隊へ配属されます」


「おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 玲は涼介の制服を見る。


「似合っていますよ」


「まだ、着せられている感じがします」


「すぐに慣れます」


 玲が僅かに微笑む。


「次に会うときは、士官学生ではなく、同じアストラの隊員ですね」


「はい」


「ただし、以前のような行動をすれば、今度は私からも叱ります」


「……気をつけます」


「気をつけるだけでは困ります」


「従います」


「よろしい」


 玲はそれだけ言い、統合管制室へ続く通路へ歩いていった。


 涼介は隊員証を握り、天衝隊の区画へ向かう。


 何度か本部を訪れたことはある。


 それでも、今までとは見える景色が違った。


 通路を行き交う白い制服。


 壁面へ表示される任務情報。


 遠くで聞こえる訓練音。


 今日からは、そのすべてが自分の仕事になる。


 天衝隊区画へ続く扉が見えた。


 その前に、空が立っている。


 隣には蓮司もいた。


『遅えぞ、涼介』


 涼介の足が止まった。


「……今、名前で」


『呼び方なんて何でもいいだろ。さっさと来い』


 空はそれだけ言って、先に扉を開けた。


 これまで空が呼んでいたのは、「鏡涼介」か「学生」だった。


 姓が一つなくなっただけ。


 それなのに、自分がようやく天衝隊の一人として認められたような気がした。


「何を突っ立ってんだ、涼介」


 蓮司にも名前を呼ばれる。


 涼介は顔を上げた。


「蓮司副隊長」


「先に言っとくが、学校で受けた処分は消えてねえからな」


「分かっています」


「次に命令を破ったら、隊長より先に俺が締め上げる」


『おい。あたしの仕事取るなよ』


「そんな仕事を取り合うな」


『推薦したのはあたしだぞ』


「教育するのは副隊長の仕事だ」


『殴るのは隊長の仕事だろ』


「違えよ」


 言い合いながら、二人が区画の中へ入っていく。


 涼介は、その後ろ姿を見つめた。


 極星、獅堂空。


 その空を支える副隊長、堂前蓮司。


 自分には、まだ何一つ届かない。


 上位個体を一撃で倒す力も。


 戦場全体を見渡す判断力も。


 誰かへ命令を下す責任もない。


 それでも、ここから始めることはできる。


 涼介は白い制服の左胸へ手を置いた。


 そこに刻まれたアストラの紋章を、指先で確かめる。


「鏡涼介、天衝隊へ着任します!」


 空が振り返った。


『声がでけえ』


「すみません!」


『謝るくらいなら最初からやるな』


「はい!」


『返事もでけえ!』


 蓮司が呆れたように息を吐く。


 だが、その口元には僅かな笑みがあった。


「天衝隊へようこそ、涼介」


 開かれた扉の向こう。


 天衝隊の隊員たちが、新たな仲間を待っている。


 涼介は一歩を踏み出した。


 学生としてではない。


 誰かに守られるだけの候補者でもない。


 一人のアストラ隊員として。


 獅堂空の背中を追い、その先へ進むために。

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