第20話 推すに止まれぬ事情かな……②
ライブ当日。
会場である運動公園に設けられたアリーナへ向けての道すがら、数多くのファンがひしめき合い行列をなす。
この瞬間にもありとあらゆる『嘘』が入り乱れるように渦巻いていた……。
あるいは社会人たちが、
「いやぁ、今日のライブのために会社に嘘ついて、夜勤変わってもらっちまったよ~」
「お互い様。俺なんて女房に内緒でチケット買っちまったよ。バレたら当分お小遣いは抜きだな! ……ま、来ないっていう選択肢はないけどな」
あるいは学生たちが、
(これは受験勉強の息抜きなんだ……。決してサボりではない、はず! ……うん)
(まさかほかの連中が抽選漏れするとはなぁ……。奴らの手前俺も外れたなんて言っちまったけれど、今日は一人で楽しむとするか)
それぞれの『嘘』を背負いながら今日のライブに臨む。
無論、ライブの主役たる赤羽佳織こと薫子も大きな嘘を秘めながら舞台裏で最終リハーサルを行っていた。
(あの子、もう私の正体に気づいたかもしれないわね……。今からでも誤魔化しがきかないかしら……)
彼女の抱える秘密がほどかれたときサキとの友情関係にヒビが入り、何かが決定的に壊れてしまうのではないか。あの無邪気な笑顔を、二度と向けてもらえないかもしれない……。
そんな余計なことを考え、上の空になっていたためかダンスのステップを間違える。
「ちょっと、佳織ちゃん! もう本番目前なのよ! ボーッとしてちゃダメ、今のところもう一回!」
「あ、はい! すみません……!」
(ダメダメ、影響が出てるじゃない! 考えてても仕方がないじゃない、薫子! ちゃんとしたパフォーマンスをお客さんに見せなきゃ失礼でしょ!)
曲が少し前から流され、それに合わせて完璧なダンスを決める。
(今だけはアイドル《《赤羽佳織》》をきちんと演じ切らなきゃ……)
☆☆☆☆☆
スモークが焚かれ、視界がぼやける薄暗い会場内に康作とサキの姿があった。
ざわざわと人々の話声が聞こえながらも静けさを保つこの雰囲気が、これから盛大なライブが始まるという高揚感を一層演出するのに一役買っていた。
「私、ライブに来るのって初めてなんです……! こんなに多くのファンの方がいらっしゃるんですね」
サキは康作から借りた二本ペンライトを両手でギュッと握りしめながら、周りをぐるりと見まわしながら興奮気味に落ち着かない様子だった。
「今日のハコ(※ライブ会場のこと)は少し小さめじゃからこれでも少ない方じゃのう。もっと大きな場所でやった時はこの数十倍の規模を埋めつくほどなんじゃ!」
「これで少ないんですか? 佳織ちゃん、すごいなぁ……。こんなに多くの人を笑顔にしているんですね!」
「無論! かおりんはワシらにとっての絶対神! その一挙手一投足をこの目で納めにゃバチが当たってまうわ。ぐぅ……想像しただけでめまいが……」
大げさにふらついて見せる康作の姿を見て、少し緊張のほぐれたサキは笑う。
「先輩、だめですよ。佳織ちゃんの勇姿を見届けるまで倒れちゃ……、あっ! 照明が落ちましたね! いよいよですか!?」
「じゃな、さあサキちゃんもペンライトを点けて準備するんじゃ!」
会場は全くの暗闇になり辺りはしんと沈みかえる。ゴクリ、と誰かの喉を鳴らす音が聞えた瞬間、バンッ! と大きな爆発音が鳴り無数のスポットライトが一か所に向けて点灯。ステージ中央でポーズを構える赤羽佳織を照らし出す。色とりどりのインタラクティブなレーザー光線が激しく広がり、心臓を震わせるようなベース音を響かせながら曲が始まる。それに合わせて薫子が踊り出す。
「「「ワァァァァァッ!」」」
歓声が沸き、素早く振られるペンライトの光が軌跡を描く。イントロが終わり薫子が歌い始めるとその圧倒的な歌唱力、カリスマ性にサキは胸を打たれる。
動画なんて比ではない。
実物から放たれる突き刺さるような歌声――。
焼けるような光にくらむ視界――。
身体の芯を揺さぶる音――。
だがブレることなく会場全てから一体感を醸し出す空気――。
そのすべてが異質で、呼吸をすることさえもったいなく感じさせる。
☆☆☆☆☆
一曲目を歌い終わると会場中を揺らさんばかりの拍手が鳴り響く。
途切れることのない喝采に薫子は手を挙げて応える。
「改めましてこんばんはー、赤羽佳織です! みんなー、今日は来てくれてありがとー!!」
「「「ワァァァァァッ!!」」」
「元気な声をありがとう。盛り上がってますかーッ!?」
薫子の問いかけにファンたちははちきれんほどの声援を送る。大げさに耳に手を添えるポーズをとり、ウンウンと頷く。そして会場全体を大きく見回すようにしてまたファンたちに語りかける。
「十分会場も温まってきたようですねッ! それじゃあここからさらに声を出していきましょう! まずは一階席から~、イェーイッ!」
「―――ッ!」
コール&レスポンスが始まった途端、隣で涙を流しながら声にならない声で叫ぶ康作にサキは仰天する。いつの間にかライブTシャツに身を包み、「かおりん♡LOVE」と書かれたハチマキを頭に巻くその本気度MAXの彼に思わず畏敬の念まで抱いてしまう。
とはいえ彼女も大きな声で叫びたい衝動に駆られていた。
推しを前にして我慢ができるはずもなかった。
「佳織ちゃーんッ!!」
その声が届いたのか、薫子はサキたちに向けてウインクする。
「はうぅッ! 先輩、見ました!? 佳織ちゃんが、佳織ちゃんが私を観ましたよッ」
「――――ッ!」
依然として限界オタクは声が出ていなかった。トキメキを正面から受けてしまっては無理もない。
薫子はバックバンドにアイコンタクトして、次の曲をセッティングする。
その時、
『ザリッ……』
スピーカーに若干のノイズが走った。
「……ッ?」
薫子は動きを止めたが演奏が始まり、すぐ歌い出しなので気にせず歌い始めようとしたその時――。
『ピーッ、ザザザ、ガーッ!!』
さきほどとは比べ物にならないほど大きなノイズが会場を襲う。
「な、なんだ!? 機材トラブルか!?」
「ぐっ、耳が!!」
全員耳をふさいでうずくまる。
観客席から誰かの「ヘ、ヘルガイストだ!!」という叫び声を聞き、天井を見上げると大きな影が集まり形作っていた。
やがてそれは無数の形の定まらない歪な顔のようなものを全身に浮かび上がらせアリーナすべてを覆いつくすほど巨大化した。そこに浮かぶ顔はまるで笑っていたり、泣いていたり、中には剥がれかかっているものまであり、多種多様な不気味な仮面を身にまとっているようだった。
ヘルガイストが不気味なノイズのような声を上げてアリーナの天井を突き破る。会場は一気に大混乱に陥る。
先ほどまで涙を流していた康作の表情がキッと険しくなり小さく呟く。
「な、なんじゃあのヘルガイスト!?」
「仮面……? みたいなものがありますね……イタッ!」
逃げ惑う観客がサキの方に勢いよくぶつかる。よろける彼女を倒れないように支えた康作は慌ててポケットからスマホを取り出し、晴明を呼び出す。
「大丈夫か、サキちゃん! 晴明にすぐさま連絡じゃ!」
だがこうしている間にも動転する観客やスタッフたちが押し寄せ、二人は散り散りになってしまう。
『康作か? お前ライブのはずじゃ――ッ、何があった!?』
「アリーナにヘルガイストが現れたんじゃ! 運動公園とこの――!」
『何ッ!? すぐ行く! サキちゃんは無事かッ!?』
「すまん、人に押し流されてはぐれてしもうた!」
『分かった、待ってろ!! 召喚、Dタイザン』
電話の向こうで晴明がDタイザンを呼ぶ。康作は必死にサキの名前を呼ぶが、その声はかき消されてしまう……。
☆☆☆☆☆
康作の声が段々と遠くなっていく。混乱の中、一人残された不安がサキを孤独にさせる。
(どうしよう……。逃げようにもこの足じゃあ……)
サキは康作と離れ離れになった時走って逃げようとしたが、体勢を大きく崩して倒れた拍子に足をくじいてしまった。立ち上がろうとするも、力を入れた途端に足首に尋常でない激痛が走る。赤く腫れる足をさすりながら、なんとか這ってでも会場から逃げ出そうとする。しかし、行く手を阻む人混みがそれを困難にする。
そうしているうちにも痛みはどんどん強くなり、サキの目じりにはじんわりと涙が浮かぶ。視界がにじみ、徐々に歪んでいく。
「助けて……」
そうポロリと発した言葉を突きさすように「サキッ!!」と、聞き覚えのある声が届く。
上体だけ振り返ると、彼女の目の前には先ほどまでステージに立っていたはずのアイドルが血相を変えて立っていた。
「《《佳織》》……ちゃん……?」
「あんた、なんでまだこんなところに残って――ってその足!?」
腫れる足を目にした薫子は、ためらうことなく衣装をビッと破くと、しゃがんで患部に巻き付けた。
「こんな状態じゃ動けないでしょ。ほら背中に乗って!」
「でも、でも《《薫子》》ちゃん……。そんなことしたら……、せっかくの衣装が……」
「バカッ! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! ほら、首元に手を回して!」
薫子に怒鳴りつけられたサキはシュンとなり、おとなしく従う。「よいしょ」と負ぶった瞬間――、
キィィィィン!
と、空気を切り裂く音とともにDフライヤーがやってくる。
薫子は揺れる髪を抑えながら、ヘルガイストにぶち抜かれたために夕焼け空が注ぎ込まれる天井から上空を見上げる。
「さすが、晴明先輩ね。早い登場だわ。せんぱーいッ! 早くそんな奴やっつけちゃって!」
「Dタイザン、ディフォーム!!」
ズン……と、音を立てて地面に足をつけ、仮面のヘルガイストの前に立ち塞がるDタイザン。ゆっくりと腕を上げて、その人差し指を相手に突きつける。
「この世に未練を残し、人々のささやかな楽しみを奪うヘルガイストめ。このDタイザンが胸の五芒星に代わって成仏させてくれる!」
いうが早いか、Dタイザンはその巨躯をヘルガイストにぶつける。だが、相手はびくともしない。それどころか反撃に仮面をビュンッと伸ばしてDタイザンをよろめかせる。
「……ッ!? ……ダメージがない?」
攻撃の勢いのわりに、Dタイザンには傷一つついてはいなかった。仕返しとばかりにタイザン・ファルクスを取り出し、ヘルガイストを袈裟斬りする。
手ごたえはなかったがあっけなく真っ二つになる敵の姿に晴明はうろたえる。
「やった……か? ――がぁッ!!」
突如として背中に激痛の伴う衝撃が走る。前のめりになって倒れるDタイザンの背後には先ほど切り倒したはずのヘルガイストがピンピンしている。
(これは……!? げ、幻視か?)
ヘルガイストが晴明に与えた初撃はただ単に彼に『嘘』の姿を見せていたのだ。Dタイザンのカメラ越しに幻を写し、ただ空を斬らせて倒したように錯覚させた。
ヘルガイストは複数の仮面を波状に伸ばし、Dタイザンに触れようとする。かろうじて避けようとするが、今度はそのうちの一つが左腕に触れ、操縦桿に急激な重さを感じさせる。ほんの僅かばかり触れただけなのに、彼の脳へは催眠光線に似た異常な信号が送られる。
「バカ野郎! これは幻だ! 偽りなんだぞ!」
そう叫んで幻術を解こうとするが、左腕は重さを感じたままだらんと下がり、いうことを聞かない。敵の体当たりがDタイザンを襲う。
再びヘルガイストは仮面を伸ばして動けぬDタイザンの首に巻きついてくる。
首元に絡みついたそいつはギリギリ……と締め上げ、限界を迎えた頭部はとうとう胴から切り離されてしまう。
ズドン、と地面に転がる頭。首元からオイルがゴポォ……、と血のようにあふれ出す。
――だが、もちろんこれも幻術である。
実際Dタイザンの首元にはいまだヘルガイストがまとわりついているが、奴が見せた幻想の頭部が転がる光景は、晴明たちが戦う足元にいる人々を絶望させるには充分すぎるほどだった。
誰かが両手を絡めて祈るように膝をつく。
「ヒィッ! これからはもう黙って一人でライブを観に来たりしませんから許して!」
そんな彼からとっさに出た言葉は、意外な状況を生み出した。
ヘルガイストの仮面が一つ、Dタイザンの首を絡めとっていたものが音を立てて剥がれて落ちたのだ。彼らを襲う集団幻視が解除される。Dタイザンも自由を得て、再びヘルガイストから距離をとる。
外れた仮面の奥はぽっかりと穴が開き、まるで吸い込まれそうなほどの空っぽな空洞が露出する。『嘘』を失ったヘルガイストの動きがいささか鈍くなったようにも感じられた。
落下したモノを薫子はじっと見る。艶やかな鏡面のような仮面に映し出された自分と目が合う。そこに映し出された姿は確かに世の中の人が絶賛を向けるだけあって美しい。
だが、それは《《外見だけ》》の話。
(本当の私はなんなんだろう――)
この仮面こそ、今の嘘で塗り固めた自分自身なのではないか……。
それを目の当たりにした薫子は少しばかり考え――、
そして決心したかのように背中に負ぶっているサキに向かって叫ぶ。
「サキ! 私実は……、アイドルの赤羽佳織だったの!!」
「えっ、えっ? 薫子ちゃん、急にどうしたの」
急な告白にサキは動揺する。しかし意に介さず、薫子は続ける。
「騙してて、隠しててごめんなさい! でも、あなたに正体がバレるのは怖くて……それに恥ずかしくて……」
消え入りそうな薫子の声に、サキは目を瞑って彼女の頭をなでる。意外な行動に薫子は「えっ……」と、声を漏らすが、その温もりを感じる手に目頭を熱くしながら受け入れる。
「……大丈夫。気づいてたよ。私もこの間は意地悪しちゃってごめんね」
「でも、私なんだよ? あなたの好きなアイドルは……。ヘン、でしょ?」
「ううん、そんなことない。だって薫子ちゃんも佳織ちゃんもどっちも格好良くて、私の憧れだもん……」
「さ、サキ……」
薫子の隠し事が消えた。
肩がスゥッと軽くなるのと同じくして、ヘルガイストの一番大きな仮面が剥がれ落ちる。地面についはそれはガラスのように弾けて割れる。
ヘルガイストが決定的にパワーダウンしたのを晴明は見落とさなかった。敵との間合いを詰め、ファルクスを振りかざして仮面をかち割っていく。大きな穴が一つ、また一つとあき、仮面のヘルガイストは自身を守るすべを失う。
「――ッ! 食らえ、ペンタグラム・ホールド!」
嘘で塗り固められたヘルガイストの身体はあまりにも空虚で、五芒星のレーザーがその身をどんどんと絞っていく。残りの仮面が次々と剥がれ落ち、空気が抜けていくように萎んでいくさまを見届けながら、Dタイザンはアミュレットを掲げる。
「ドーマンセーマン、現世の恨みごとヘルガイストを燃やし尽くしてしまえ! 必殺、エクスペル・バーン!」
業火に焼かれるヘルガイストと、それに合わせて消え行く仮面を見届けながら榎戸は憎々しげに地面を蹴る。その隣でジャシーンは静かに答える。
「またしてもDタイザンにやられた。ライブを中断してまでやるべきじゃなかったんだ……」
『いや、今日は違うようだ。あの赤羽佳織とやら、自らの力のみで隠すべき嘘を破りきった。人間は己がために嘘を纏うこともあれば、他人のためにそれを容易に脱ぎ捨てることもあるのか……』
☆☆☆☆☆
ヘルガイストの塵がキラキラと夕日に反射しながら舞い散る中、サキはハッとなって、薫子の背中から降りて土下座しようとする。薫子は彼女の突飛もない行動を制止させ、やわらかい眼差しを向ける。
サキは相変わらず申し訳なさそうな顔で薫子をまっすぐに見上げた。
「薫子ちゃん……、正体をバラしてまで私なんか助けてもよかったの?」
「なに言ってんの? 友達なんだから当たり前じゃない。それにサキだって私が赤羽佳織だって分かっていながら誰にも言わなかったんでしょ? 私は義理堅い女なんだから!」
薫子は誇るように顔の横に拳をガッツポーズを取るように上げて、サキを気遣う。
Dタイザンから降り立った晴明は真っ先に彼女らのもとへ駆け寄り、腕で汗をぬぐいながら一息つく。
「サキちゃん、怪我は大丈夫か?」
「は、はい! おかげさまで!」
「薫子ちゃんは?」
「大丈夫ですよ~。いつもありがとうございます、先輩」
つい本名を言ってしまったとハッとなる晴明だが、薫子がそれに「もう大丈夫ですよ」と伝え、彼は胸を撫で下ろす。
晴明は安堵すると同時に、いつもの仕返しとばかりに薫子に当てこする。
「いやぁ、でもまあ、今回はいつもみたいに脅されて協力するってワケじゃないからな、気が楽だよ」
「その節はどうも~」
だがアイドルの肝はだいぶと座っているようで、そんな皮肉はサラッと受け流す。
事情を知らサキだけは彼らの話が見えずに動転する。
「脅すって……、えぇ……?」
薫子はサキをみてクスリと笑ったのち、すべてを達観したようにため息を吐く。
「あちゃ~……。しかしまさかアイドルに蚊ほども興味がなさそうだったサキに、真っ先にバレることになるなんてね……」
汗で湿ったおでこにかかる髪をサッと手で拭い、素顔をサキに向けて照れくさそうに笑う。
「――サインだけで勘弁してもらえないかしら?」
口止めの条件を提示する薫子に向かって、サキは慌てて首を横に振って答える。
「……そんな! 私はね――友達が推しだった! 、って事実が嬉しいだけだよ~!!」
薫子はそんな意外な、そして嬉しい言葉を投げかけてくれたいじらしい友人の姿にキュンとなり、ためらいの表情を見せる。
「……えっ!? 脅しの材料に使うとかじゃないの!?」
「私を何だと思ってるの!? 晴明先輩も言ってたけれど、薫子ちゃん、一体今までどういうお願いしてきたの……?」
いままで一体どんなやりとりがあったのか。サキは気になるところではあるが恐ろしくて聞くに聞けない。それを誤魔化すように薫子は乾いた笑いを発する。
「いや~、アハハ……。でも良かった、バレたのがあなたで」
「エヘヘ~、これからも友達としてよろしくね。……あっ、それはそれとして、サインはありがたく頂戴いたします」
「……公私はわけるタイプか」
ちゃっかりとした態度のサキに苦笑しつつ、晴明は念を押すように伝える。
「サキちゃん、わかってるとは思うがこのことは康作には秘密だぞ……」
「え、康作先輩に言わないんですか?」
無邪気な彼女の問いかけに薫子は口の前で指をバッテンにして言い放つ。
「ダメ」
「ダメ、ゼッタイ」
晴明も乗っかって答えるとサキは「なんでですか!?」と、驚きの表情を向ける。彼女の肩にポンと手を置いて、諭すように晴明が説明する。
「いいかい、サキちゃん? 薫子ちゃんはあの丹生谷先輩の妹なんだぞ。そのうえ、アイツが何よりも推しているアイドルの正体がこの子だったって知ってみろ。そんな致死量の情報を浴びてたらショックで死ぬわ」
薫子は深く頷きながら同調する。
「間違いなく、死ぬわね」
「仮に生きていたにしろ、確実に泡吹いて倒れるぞ」
「間違いなく、泡吹いて倒れるわね」
「そこまでなんですか!?」
薫子は腕を組みながらイメージを膨らませる。晴明も茶化すようにしてそれに乗っかる。
「ええ、きっと天を見上げて息を引き取るはずね」
「仰げば尊死ってやつだな。ま、綺麗な顔はしてるだろうよ」
二人してカラカラと快活に笑っている最中、康作が「おーい!」と叫びながら走ってこちらへ向かってくる。まさか、推しがいるとも知らずに……。
「サキちゃーん! 大丈夫……かおりん!? め、目の前で生きてる!?」
目を白黒させて制止する彼に対し、晴明は呆れたように(そりゃあ生きてるだろうよ。人間だぞ……)と、口には出さないがおバカな友人を哀れむ。
薫子は突然の康作の登場に慌てて、サキに小声で注意を促す。
「やばっ! サキ黙っててよね!」
「もちろん! 私だって《《義理堅い女》》だから、ねっ!」
「……あなたには敵わないわね。まったく」
しかし気にはなるのか。康作には聞こえないようにポソッと訊ねる。
「でも、本当に康作先輩にナイショにしててもいいの?」
薫子はアイドルらしい笑顔を向けながら、いたずらっぽさをたっぷりと含んだ口調でそっと囁く。
「この『嘘』は、田端先輩のためにも守り通さなきゃね」
第21話もお楽しみに!!
次回更新は2026年10月31日(土)17時30分を予定しております。
感想、レビュー、ブクマ、評価、是非お待ちしております!!




