第18話 阻止して、素知らぬ文化祭②
文化祭の二日目。薫子がステージに立つ日である。
普段でも十分にぎやかな夕柳高校ではあるが、文化祭が執り行われる二日間はそこに華やかさまで加え入れられる。
とりわけこの二日目の開催は、土曜日。
つまり学外からの一般参加者も多く訪れ、校内は朝から大きな賑わいを見せていた。
校内にはお化け屋敷やメイド喫茶、自主映画上映会など、定番のものから自作VR体験会や《《非公式赤羽佳織グッズ店》》など風変りな模擬店が所狭しと並び、普段の学び舎からは想像もつかない異空間が広がる。おまけに外の会場ではDタイザンとトラバインが並べて展示されており、今回の学園祭の目玉の1つとして、人気を集めていた。
他にも体育館で行われるステージでは、お笑いやバンドなど、学生が思い思いに演者となって表現し、文化祭全体の盛り上がりは最高潮に達した。
昼休憩の時間にさしかかり、この後に迫る赤羽佳織のライブ用の設営のため、体育館は一度閉鎖される。
開場まではまだ時間があるにも関わらず、すでに出入口付近には多くのファンが詰めかけ、ライブの開始を今か今かと待ち望んでいる。そんな人々の熱狂を横目に、抽選漏れした者たちは、晴れやかな文化祭の空気とは裏腹に、鬱屈とした顔を並べている。
榎戸もその中の一人であった。
ジャシーンは、今度のライブでの不公平さから、確実にヘルガイストの養分にふさわしいほどのやるせない怒りや憎悪が生まれるはずだ、と説明していた。だが、まさかその養分を、榎戸自ら提供してくれることになるとは、予想だにしなかった。
ぶつぶつと文句を呟く彼を、ジャシーンは水晶の中からメラメラと笑って見上げる。
「クソッ! なぜ僕がチケットをとれないんだ……」
⦅ククク……水鏡には残念なことだったが、今回は貴公の吐き出す怨恨、存分に利用させてもらうことにする⦆
ジャシーンは、榎戸のものを含む辺り一面に集中した悪感情を自らの手で吸い取り、ヘルガイストに与えていく。徐々に大きくなっていったそれを、体育館に向けて投げ込む。ヘルガイストはなおも養分を吸いながら、体育館の中へスウッ……と消えていく。
☆☆☆☆☆
「かおりん! 握手してもらっていいですか?」
「は、はいっ! いつも応援ありがとうございますね!」
「キャー!! 私この手は二度と洗わない!!」
「つぎっ! 私もいいですか!?」
「あっ! ……はいっ!」
準備が進められている最中、まさか同じ委員会の先輩や同級生たちから、握手を求められるとは思っていなかった薫子……いや赤羽佳織は、
『私の握手でよければいつでも差し上げますよ! きゃぴッ♡』
……などとは口が裂けても言えず、少しぎこちない笑顔でファンサービスをする。
結局、大きくなり過ぎたこのイベントは生徒会と風紀委員が合同で主催することになったわけだが、顔見知りが多くていささかやりづらい。せめてもの救いは、舞台袖は照明が届きづらく、ハッキリと顔が見えないことだろう。
見えたとして、普段の真面目さと、煌びやかなライブ衣装とのギャップが激しい彼女が、果たして気づいてもらえるかは甚だ疑問ではあるが。
「丹生谷さんも来れればよかったのにね~」
「何か用事があるって言ってましたからね。ライブの途中で戻ってこられるらしいんですけど」
(すみません……。ここにいるのはいるんです……)
騙しているようで心苦しいと感じている中、生徒会長が姿を現す。
「赤羽さん、この度はお忙しい中、お越しいただきありがとうございます」
礼儀正しい彼ではあるが、謎の圧力を感じさせるオーラが薫子の背筋を伸ばす。
「い、いえっ! こちらこそ、お招きいただきありがとうございます! (自分の学校で素性を隠してライブするという)貴重な体験ができて、光栄です!」
「ハハハ! そう緊張なさらずに。あなたはトップアイドルなんですから」
(無理です、会長! 何の仕打ちですかこれ!? 早く始まって!)
絶叫を心の中にとどめていると、スタッフから「赤羽さーん、出番でーす!」と、ステージに上がるように促される。
薫子は(やっと解放される……)という思いで、マイクを手に取り、立ち位置が示された目印テープまで小走りする。
しかしいざ、ポーズを構えて一呼吸すると、彼女の眼差しはアイドル赤羽佳織に早変わりする。
ゆっくりと上がる緞帳。
アリーナのざわめきが、一転歓声に変わる。熱心な康作だけでなく、晴明やめぐる、サキたちも「おぉっ!」と声を上げる。
天井照明や、ギャラリーに構えるスポットライトがパッと彼女を照らし、曲が始まり、
「――ッ!」
歌い出そうとした瞬間――、
『ギャアァァァァンッ!!』
突如として、体育館の中心にヘルガイストが姿を現し、四方八方に腕のようなものを伸ばして照明を次々に破壊し、ガラス片を飛ばしながら場内を暗闇に包む。
「「「キャアァァァー!!」」」
「こんなところにヘルガイストだと……!? 行けッ、形代!」
無数の悲鳴が響く中、晴明はとっさに数枚の人形をした紙をばら撒く。それらはひとりでに散り散り分かれて飛んでいくと、防御結界を張り、照明のガラス片から人々を守る。
薫子の眼前に迫る破片も、見事形代がギリギリのところで防いだ。
だが、ヘルガイストは今度は機材まで破壊し始め、止まることを知らない。会場内のパニックはさらに大きくなっていく。突然のことで、ステージ上の薫子も声が出せなかった。しかし、
ポトリ……。
衣装のポケットに忍ばせていた、風紀委員の腕章が地面に落ちる。
それを見て、ハッとなった彼女は拾い上げ、ギュッと握りしめながら決心する。
「皆さん、落ち着いて聞いてください! 阿倍野先輩がヘルガイストを引き付けてくれています! 体育館の両脇にも出口はありますので、焦らず避難してください!」
彼女の言葉に、出入り口で警備をしていたボランティアが大扉を開く。すると観客は一気に流れ出す。だが、いまだにパニックは続く。
「落ち着いてください! 一人ずつ、落ち着いて避難してください!」
ヘルガイストはいよいよ大声を放つ薫子に苛立ちを覚えたのか、彼女に向けて攻撃を放つ。
「落ち着い――ッ!? キャー!!」
「やらせるか!」
晴明が1枚のお札を投げつけると、ヘルガイストの腕をスパっと切る。
『ギャギャウルルル!!』
「ほかのみんなも逃げろ! ここは俺が食い止める!」
痛がるそぶりを見せるヘルガイストの周りを形代が囲い、封じ込めようとする。生徒会や風紀委員をはじめとするスタッフたち、そして薫子も「晴明先輩……」と小さく呟き、舞台袖の非常口から出ていく。
晴明が体育館内でヘルガイストと格闘する中、一足先に表へ出た康作は展示されてあるトラバインを起動させ、逃げ延びた人たちが戦闘の巻き添えにならないよう、リース品の足場材などを用いてバリケードを作成し、避難誘導を行う。
「コイツ……、なんて力だ……」
複数人の恨みつらみを糧にしたヘルガイストに、形代は完全にパワー負けしていた。
「ぐっ……! このままじゃ、俺が持たない!」
『晴明! グラウンドに戦闘区画を張っておいたぞ!』
「サンキュー! 形代、こいつをグラウンドに転送しろ! 行くぞ、召喚、Dタイザン!」
晴明の掛け声とともに、形代が光り出すと、囲い込んだヘルガイストごとグラウンドへ瞬間移動。両眼を光らせて動き出した無人のDタイザンは、目の前に現れたヘルガイストへ強烈なパンチをお見舞いする。
「今だ!」
相手がよろけている間に、晴明はマシンに乗り込み、高らかに叫ぶ。
「この世に未練を残し、学生の大切な思い出の場に水を差すヘルガイストめ! このDタイザンが胸の五芒星に代わって成仏させてくれる!」
ヘルガイストと対峙するDタイザン。
避難した者や、知らずに何かの余興だと勘違いする者が野次馬となって、集まってくる。
「なんだ、なんだ?」
「おい、Dタイザンが模擬戦でもやるのか?」
「スマホ出せ、動画動画!」
やいやい、と言いながら近づいてくる彼らを、康作は近寄らせない為にトラバインで制止させる。
「危ないから、近づくな! コラ、近づくなちゅーとるじゃろが! はぁ、なんでかおりんのライブが見れず、こんな奴らを相手せにゃならんのじゃ……」
嘆く康作の後ろで、Dタイザンはチェーン・シャクジョウを取り出し、ヘルガイストを牽制する。晴明には慎重にならざるを得ないワケがあった。
(コイツからは、無数の怨念を感じる……。っつーことは、不用意に攻撃すると前に戦った奴みたいに増えやがるかもしれない……ッ!)
かつて晴明が戦った負の感情の集合体であるヘルガイストは斬撃を与えると分裂し、Dタイザンを苦しめた。その時も薫子がらみの相手であった。
ヘルガイストは、じりじりと距離をとる晴明が攻撃できないと見るや否や、2本の腕をまるで蛇のように伸ばし、Dタイザンの機体を絡めとった。
「しまった!」
ヘルガイストはDタイザンを持ち上げると、数多くの強い怒りが反映されているのか、万力の如く力でギリギリ……、と締め付けてくる。音を立てて軋むコクピット内で、モニタにヒビが入る。
「くそッ、ランバス・ミサイル!」
腰から射出されたミサイルを直撃させ破壊、爆風がバリケード越しの見物人ごと揺らす。
束縛から解放されるとDタイザンは力なくドゴォッ、と地面に倒れ伏す。千切れたヘルガイストの腕は、ビチビチと気味悪く蠢きながら互いをつなぎ合わせて、1体の小さなヘルガイストへと形成する。
先にヘルガイスト本体が起き上がり、Dタイザンの上にのしかかると、小型のものと合わせていたぶり始める。
「晴明先輩!?」
スタッフに止められていたので、遅れて現場へやってきた薫子が、その光景に思わず口を覆う。
何か、Dタイザンを救う方法はないかと模索し、周囲を見回すと、実行委員の男子生徒が持っている拡声器に目をつける。
「少し借ります!」
と、言って横取りすると、男子生徒は「え? 赤羽佳織……?」と、ポカンとしながら、彼女に見惚れる。
薫子は大きく息を吸ってから、拡声器のトリガーに指をかけて叫ぶ。
『みんなー!! Dタイザンを応援してーッ!!』
ざわざわっ……。
ステージに上がっているはずの彼女がすぐそこにいるので、誰もが驚きで声も出ない。
このままでは埒が明かないと感じた薫子は、恥ずかしさをおして、歌い出す。
『~~♪』
音質の悪い拡声器越しでもわかる彼女の美声は、校庭いっぱいに広がる。チケットが取れずに落胆していた者たちも皆、胸がすく様な思いで彼女の歌に耳を傾ける。
その時、ヘルガイストの身体から一つ、また一つとまるい魂のようなものが抜けていき、シャボン玉のように上空で破裂する。
「ヘルガイストが急に軽くなったぞ……。そうか! 薫子ちゃんが歌うことによって、満足した気持ちが奴を浄化しているんだ! そうなりゃ!」
Dタイザンがヘルガイストを押しのけて立ち上がると、バルカン砲を敵が千切れない程度に掃射する。相手が再生を始めるよりも先に捕えようと、チェーン・シャクジョウを再び握り、チェーンを限界まで伸ばす。その先端をカウボーイの要領で振り回し、投擲すると、二体まとめて巻き付ける。
「これで動きは封じ込めたぞ! とことん浄化してもらうこったな!」
『~~♪』
薫子の歌はなおもその場にいる全員を魅了し、ヘルガイストを弱体化させる。逆に晴明は歌が応援となり、みるみる力が湧いてくる。
形勢が逆転した姿を目撃した榎戸が、薫子とDタイザンを交互に見る。
「赤羽佳織が……、《《Dタイザンのために歌っている》》!? なぜ、奴のためなんかに……!!」
想像したくもない状況に、彼は頭を掻きむしり、絶叫する。
「やめろ赤羽佳織! Dタイザンの応援なんかするんじゃない! う、歌うなーッ!」
だが、その願いもむなしく、Dタイザンがしばりつけたヘルガイストの魂も残るは《《1つ》》だけとなった。右腕でしっかりとシャクジョウを握りながら、タイザン・アミュレットを腹部から射出し、左腕でつかむ。
「こうなりゃ、ペンタグラムホールドを掛けるまでもねえや! ドーマンセーマン、現世の恨みごとヘルガイストを燃やし尽くしてしまえ! 必殺、エクスペル・バーン!」
☆☆☆☆☆
ヘルガイスト消滅後、文化祭は再開された。
だが、赤羽佳織のライブを執り行う予定だった体育館は、騒動のせいでステージはめちゃめちゃになり、機材もライトも使い物にならなくなっていた。
これ以上続けることはかなわないのかと、康作たちファンは意気消沈する。しかし――、
「おい、なにやってんだ! かおりんがグラウンドでライブの続きやるってよ! 早く行こうぜ!」
「えっ!? でも、オレ抽選には漏れたし……」
「関係ないって、みんな集まってるんだから!」
その言葉を聞いた、全員が校庭へ走り出す。朝礼台の上にはステージ衣装のままの薫子が立っていた。
生徒会が奔走し、かき集めた屋外用の機材をスタッフたちは突貫でセッティングする。その間彼女は拡声器を使い、話し出す。
『みなさん、さっきはヘルガイスト騒ぎで大変だったけど、一緒に歌ってくれてありがとう! 会場はむちゃくちゃになっちゃったけど、何とか今日予定していた歌だけは届けたいと思い、この場を提供してもらいました』
薫子は頑張ってくれたスタッフに、感謝を示すようにウインクをする。それに応えるように準備が整った音響スタッフはにこやかに親指を突き立てて、彼女にOKサインを出す。
薫子は深く頷くと、再び観客のほうに向きなおす。
『光やスモークを使った凝った演出のない、完成度も低いステージかもだけれど、精一杯歌わせていただきます! まずは一曲目、「ウラオモテワタシ」!』
語りを終えると、拡声器を足元において、マイクを持ちかえる。
演奏が鳴り、薫子は踊り始める。突き抜けるほどの青空に燦然と輝く太陽をスポットライト代わりに、彼女は歌う。
そんな薫子の姿にファンはもとより、たまたま観に来ていた人までもを虜にする。
確かに、演出のないそのライブは少し物足りない。しかし、他のどんなステージよりも確実に思い出に刻まれる、伝説のライブになったことは間違いないだろう。
その後合わせて三曲を歌い上げた彼女に、盛大な拍手が送られた。
彼女は改めて感謝を述べる。
『改めて本日はありがとうございました! でも今日のライブは、完全なパフォーマンスを出せず、中途半端になってしまったので、チケットは全額返金対応とさせてください! 生徒会長さん、いいですよね?』
薫子は生徒会長のいる方へ笑顔を向ける。
彼は思わぬ言葉に、一瞬キョトンとするものの、すぐに笑顔を返す。
「大丈夫ですよ。赤羽さんが思うままにしていただければ」
ワァッ! と、歓声が上がる。
薫子は本当に楽しそうに笑顔を振りまきながら高らかに叫ぶ。
『そしたら、最後の一曲――!』
ジャシーンには最後までアイドルの魅力が分からなかった。だが、人の作り出した偶像『赤羽佳織』が、人を魅了する力があることだけはわかった。また1つ、人間に興味関心を抱き、そして独り高笑いする。
☆☆☆☆☆
文化祭が終わり、普段の静寂が戻った夕柳高校の一角。一日の間に様々な出来事が起こり、ヘトヘトになって中庭のベンチに座り込む薫子の頬に、冷たいものが当たり「ひゃっ!」と、驚く。うしろから晴明が、冷たい缶ジュースをあてがってきていた。
少しムスッとするも、素直に受け取り、プルタブを開ける。ひと口飲むと、清涼感が喉を通過する。彼女の隣に、晴明が腰掛け、振り返るように話し出す。
「……ほんと、付け焼刃のボランティアじゃ、ろくに避難誘導もできないなんて。詰めが甘いですね」
「まったくだな、風紀委員サマ」
わざとらしく眼鏡を直すしぐさをして見せる薫子の様子に、苦笑しながら晴明は答える。
「……バレて、ないですよね?」
「さぁな、そこまでは俺も保証できんな」
「ですよねー……」
心配そうにうつむく薫子の、缶に晴明は自身のカツンとぶつける。
「今日は一日ご苦労さん」
彼は、それだけ言うと一気に煽って空になった缶を、少し遠くにあるゴミ箱に投げ入れる。
薫子はジュースを握る手元をじっと見て、呟く。
「二人分です」
「あん?」
「風紀委員とアイドルの二人分の仕事したんだから、もう一本奢ってください!」
「そのおねだりは赤羽佳織のか? それとも丹生谷薫子?」
その質問に、下唇に指をあてて考える。しばらく唸ったのち、指を少し上にスライドさせ、晴明の方を向いて、少し幼げにいたずらっぽく笑って答える。
「ヒミツです!」
そんな笑顔に負けた晴明は、
「しょうがねぇな」
と、言いながらせっかく据えた腰をもう一度上げなおし、自販機に向かう。
どれにしようか、とボタンを押し購入。取り出し口に手を入れた瞬間、少しだけ考えてから、小銭を取り出し、再び投入。そしてもう一本余分にジュースを買う。
最初に渡したのは風紀委員の分、この一本はアイドルの分、そしてみんなを守ろうとしたヒーローの分として余分に一本。汗をかいた缶の水滴が、晴明の腕に伝う。
ゆっくり沈む夕日とともに、お祭りの空気感は徐々に消え、いつもどおりの日常の顔を出してくる。
第20話もお楽しみに!!
次回更新は2026年10月10日(土)17時30分を予定しております。
感想、レビュー、ブクマ、評価、是非お待ちしております!!




