第18話 阻止して、素知らぬ文化祭①
「え゙っ!? 文化祭ライブに赤羽佳織を呼ぶんですか!?」
生徒会室内に風紀委員の丹生谷薫子の仰天した声が響く。生徒会長は眉一つ動かさずに薫子の方を向き、「言ってなかったかな?」と、涼しげに言う。
薫子は「聞いてませんよ!」と、動揺を隠せない様子だ。それも無理はない。
何を隠そう――いや本人は隠しているが、彼女こそトップアイドル赤羽佳織その人である。二重の意味で初耳だった。
(マネージャーからも何も聞いてないし、そもそも私が夕柳高校の生徒だってわかっているからそんな仕事受けないはずだし……)
うっかり聞き逃していたのかも知れない、と自身のスケジュールを頭の中で手繰っている最中、生徒会長はカラカラ笑いながら答える。
「とはいえ、まだ連絡はとっていないんだけどね」
「で、ですよね!」
「ん?」
「い、いえ! なんでもありません!」
薫子は頬につたう汗をハンカチでさっと拭い、生徒会室を出るとすぐさまスマホを取り出し、鬼の形相を浮かべたまま高速でタップして、彼女のマネージャーに向けてメッセージを送る。己が風紀委員であることはすっかり忘れて。
マネージャーは薫子とは打って変わって特に焦る様子もなく呑気に「大丈夫よ〜」などと愛らしいスタンプとともにメッセージを返してきたが、それでも彼女には一抹の不安は拭いきれなかった。
そして数日後、収録現場に行くとその予感は的中してしまう。
☆☆☆☆☆
インターネット番組の出演を待つ楽屋にマネージャーが入ってくるなり、突如としてそれはそれは見事な土下座をして、言い放つ。
「かおりちゃん、ゴメン! 社長が佳織ちゃんの学祭の仕事受けちゃった!」
スタイリストに髪の毛をいじられている薫子はそのまま固まり、顔を化粧台に向けたまま鏡に映るマネージャーを見ながら呆気にとられる。(スタイリストは哀れに思いながらも、彼女が石のように動かなくなったため、仕事がしやすいと感じたそうな)
やっと状況を飲み込み、脳みそが再起動した薫子は本当に今の事務所で大丈夫なのだろうかと大きなため息をつく。
「えぇ、どうするんですか……。当日私も委員会の仕事があるんですよ……?」
「社長がね、アナタのトコの生徒会長に丸め込まれたって言ってたのよ。いくら人が良いとは言え、昔から本当に気が弱いんだから……」
心の中で(社長のバカ! 会長もバカ!)と毒づく。マネージャーほどではないが、社長も実に間が抜けている。それこそ元々薫子が入ってくるまではそこまでパッとしない芸能事務所なだけあって、ここぞという時におしに弱い。今度の仕事を受けたのもその名残だろう。
もはや薫子が求めるのは、優先すべき別案件が割り込んでくる事だった。
だが、現実は残酷だった。
後日学内で開催された文化祭会議で、当日の仕事を増やしてもらおうと先輩たちに頼むと、
「丹生谷さんは当日の役回り少し減らしておいたわよ」
「えっ……!?」
「一年生なのに進んでいろんな取り決めしてくれたもんね! 流石に先輩の私たちがなーんもしないんじゃ、面目丸潰れだもんね」
「そ、そんな……私は大丈夫ですよ! 先輩たちに働かせるわけには!」
「本当にそういうところが可愛い! でもダメ〜、たまには先輩の顔を立てなさいって!」
「え、えぇ〜……」
委員会の仕事含めスケジュール調整も上手いき過ぎているほど上手くいき、とんとん拍子に文化祭ライブ出演の話が進んでいってしまう。
普段からアイドル活動のせいで休みがちなので、学校行事ばかりは流石に引き受けようとしたが、彼女の働きぶりや学校生活での品行方正さが逆に仇となった形だ。
危うし、丹生谷薫子。
☆☆☆☆☆
翌日、晴明は校内で薫子に捕まり、校舎裏に引き込まれた。
彼女は晴明に背を向けながら、焦りを孕んだ早口で言い放つ。
「『人気アイドル赤羽佳織、お忍びデート? 恋人発覚か!?』」
「な、なんだよそれ」
「近々週刊誌に載るかもしれないタイトルです。私は良いんですよ、以前にヘルガイストから救ってくれた人だって言えばいいだけですから」
「――ッ!? 藪から棒に何なんだ!」
「そんな風な内容を兄や田端先輩が読んだらどうなるでしょうね……」
ヒュッ……。顔面蒼白となり滝のような脂汗を流す晴明の喉の奥が鳴る。およそ死を覚悟した時に人が発する音だろう。ここ最近、学内の風紀を乱すような何かをやらかしたのか思い出そうとするも、心当たり多すぎてどれか全く見当がつかずにいた。
「何のつもりか知らないが、脅迫のつもりか!? きったねぇ! アイドルきったねぇ!」
「そう言わないでください! ……またちょっとしたことでトラブルが舞い降りてしまって。私のことを知ってるのは校内でも兄か先輩しかいないんです」
野球部部長《兄》の名を笠に着て頼み事をすれば、晴明は必ず断れないと知っているので、卑怯ではあると理解しつつも、半ば脅迫という形をとって彼に詰め寄る。
当然、晴明は必死に抗う。
「じゃあ、凌平先輩に頼み込んだらいいじゃねぇか! なんで俺に頼み込むんだよ!」
「……こういっちゃなんですが、兄は私を溺愛かつ、今の活動を応援しているので、これをさらに売れるチャンスだとして、絶対にステージに上がるよう後押しするに違いないんです」
「ステージ……? 仕事の話か。なら別に受けたらいいじゃねぇか。たく、命の恩人に対する仕打ちがこれかよ!」
「それは本当にすみません! でも、次なる命の危機にさらされてるんです! 学園祭のステージなんですよ、夕柳高校の!」
「……詳しく教えてくれ」
それを聞いて、事の重大さにさしもの晴明も正面切って話を聞こうと襟を正す。
イチから説明を求める晴明に、薫子はことの経緯を身振り手振りを使って説明し出す。
「な、なるほどな。まさかの事態だけれど……」
「な、何とか辞めさせる方法はないですか!?」
「ンなこと言われたって、俺には専門外なんだぞ……。そんなすぐにいいアイデアが――」
「出るわけねぇだろ」、と言葉をつづけようとした晴明であったが、すぐに何かをひらめく。
「先輩?」
「ちょっと耳を貸せ。いいか、ここはお前の立場を最大限に利用するんだ」
「た、立場? 赤羽佳織の?」
「いや、違う。丹生谷薫子のほうだ……」
「……?」
☆☆☆☆☆
「学園祭は赤羽佳織が出るのか……」
掲示板に貼られた学園祭における生徒会主催のお知らせポスターを見た榎戸は一人呟く。ジャシーンも聞き覚えのある名前に思考を巡らせ、思い出す。
『赤羽……確か貴公が懇意にしている「あいどる」……? とやらであったな』
「あぁ。あのお堅そうな生徒会連中の考えにしては気の利くイベントだ」
珍しく嬉しさで口角の上がる榎戸ではあったが、フラフラ頼りなく歩いていると廊下いっぱいに広がってやってくる三人組の生徒とすれ違いざまにぶつかってしまい、危うくジャシーンの水晶を落としかけてしまう。
「お! ごめんごめん!」
ぶつかってきておきながら、半笑いで口先だけの謝罪で済ます相手に榎戸はカチンとくる、が言葉に詰まって「あっ、いえ……」とだけしか返せない。彼の声が届いているのかいないのか、三人は悪びれる様子もなく再び広がって歩き出し、談笑に戻る。
榎戸は彼らを恨めしそうににらみつつ、姿が見えなくなってから悪態をつき始める。
「な、なんて失礼な奴らだ……! 人にぶつかっておいてあの態度はなんだ……!」
その様子を見たジャシーンは水晶玉の中でメラメラと揺れながら怪しげに笑う。
『あのような無礼な輩をヘルガイストに変えてしまうのはどうだ?』
その提案に榎戸もニヤリとして、「そいつはいいや」と賛同すると、三人組のあとを追う。
まだ近くにいた三人はペチャクチャと何やら会話をしているようだったので、後ろをぴたりとついて耳を澄ますと何やら赤羽佳織についてのことを話していた。
「しかし、うちの風紀委員には参るよな〜。せっかく生徒会長が直談判したってのに……」
「だよなぁ、かおりんが学祭に来てくれたらぜってぇ盛り上がるのによ〜」
「でも、風紀委員1年の女の子……。気が強そうだけれど可愛いよなぁ……」
3人の話を聞いた榎戸はみるみる表情を変えて、踵を返す。
その変わりように、ジャシーンがたじろぐ。
『ど、どうしたのだ水鏡』
「どうしたも、こうしたもあるものか! すぐさま生徒会目安箱に風紀委員の横暴について抗議するんだ!」
『さ、左様であるか……』
⦅以前もそうであったが、この水鏡がたかだか、人の形をした偶像にここまで執着できるとは……。あいどる赤羽佳織はいかような人物なのだ……⦆
ジャシーンが当惑する中、無論この話はすぐ様全校生徒に広まり、あの康作の耳に届くまでさほど時間を要さなかった。
「なんじゃあ、風紀委員の奴ら! ワシらのかおりんの学園祭ライブを邪魔しおってからに!」
(その風紀委員サマこそ、お前の好きなかおりんなんだけどな……。しかし今度は上手くいったな)
晴明は自身の考えた作戦が思った以上に効果があったことに驚きつつも、愉快な気持ちでいた。
☆☆☆☆☆
晴明の作戦はこうだ。
「お前の立場、そう風紀委員としての立場を利用して今度のライブ中止を適当な理由でもつけて声高に叫ぶんだ。例えばそうだな……人気アイドルを追って校内に無関係な人間まで押し寄せて来て、混乱と危険を招く恐れがある……とかさ」
「な、なるほど。その理由だと無理はないですね。ただでさえ口煩くて嫌われている我々風紀委員だからこそ、生徒から反感を買おうにも元々のダメージも少ない」
晴明は「自覚はあるのか……」という言葉を飲み込み続ける。
「それに教師陣を巻き込むんだ。警備員を雇う必要があって費用がかさむ、とか言ってさ。そうすりゃイチ文化祭にそこまでかける必要があるのか? と、なるだろ。間違いなく人気アイドルという説得力が後押ししてくれるしな」
「先輩、天才ですね!」
「まぁな、小狡い事を提案させたら右に出るもんはありゃせんよ」
薫子は目をまんまるに羨望の眼差しを送る。流石の晴明も自信ありげにフフンと鼻を鳴らす。
だが、数日後。事態は思わぬ方向に転換する。
☆☆☆☆☆
晴明の小賢しい作戦よりも、生徒会のほうが一枚上手であった。彼らはライブ開催を実現するべく、奇妙なくらい巧妙に陣頭指揮をとり、学校のHP上にまで特設ページを設け、内部学生用、外部来客用のチケット抽選販売を開始した。つまり、キチンと入場制限がかけられるような手筈が整われてしまった。
おまけに地元商工会がせっかくの機会だと、警備員のボランティアを買って出たのだ。なんなら商工会連中に赤羽佳織のファンが一定数おり、自らスポンサーになりたいとまで言い出す始末。
このことが後押ししたためか、生徒会長曰く、「今年の学祭は、わが校始まって以来最大規模の来客数が見込めるぞ~!」とのことだった。
事実、学校の脆弱なサーバーが一時落ちるレベルでアクセスが殺到するが、それでもチケットは足りない。
二次抽選、三次抽選と、飛ぶように売れ行く。
チケット抽選は激烈で、なかなか席をとれないどころか、チケット狩りや高額取引転売ヤーまでもが現れだす事態に発展する。しかし学内の転売、カツアゲ騒動などを引き起こした張本人たちは、生徒会の暗躍により瞬く間に検挙された。
(騒ぎを起こした者たちはその話題に触れると一様に、身を屈めて震え出し、「生徒会が……生徒会が来るッ!!」と半狂乱して話にならない)
晴明の思惑に反し、ライブの準備は着々と整っていく。
配られたプログラム表を目にした晴明は、両手を上げておどけたように降参のサインを示す。
「流石にここまでされたら万策尽きたな。じゃあ俺はここまでで!」
「え、ちょ、先輩!? 逃げるんですか、先輩〜!!」
「馬鹿野郎! 人聞きの悪いことを言うんじゃねー!!」
遠くへ逃げ行く晴明の言葉だけが、廊下に響いた。
その後、薫子は再び生徒会室に呼ばれて、出頭する。何も悪いことはしていないはずなのに、そこへ行く道中はまるでこれから処刑台へ上るのかというほど、足取りは重かった。
「丹生谷さん! これで風紀委員的にも、問題解決したんじゃないかな?」
「え、えぇ……。そうなりますね……、ここまで徹底した準備なら我々も文句の付け所がありません……」
「赤羽さんも、ここまでの準備に感銘を受けてくれれば嬉しいなぁ! ねぇ、丹生谷さん!!」
「……そ、そうですね! きっと、喜んでくれますよ! アハハ!!」
(な、なんで会長は私にいちいち聞くの!? 私、探り入れられてる!?)
件の騒動解決の件といい、この底の見えない会長への恐怖が一層深みを増した気がした。「敵わない」と、悟ると彼女はその天命を受け入れ、自身のアイドルとしての仕事の一環、ステップアップのためだと腹を括る。
生徒会主導による、赤羽佳織を文化祭に招待する手はずは整った……かに見えた。
だが、それが新たなヘルガイストを生む土壌になっていることは誰も気づかなかった。
引き続き第18話後半もお楽しみに!!
感想、レビュー、ブクマ、評価、是非お待ちしております!!




