第17話 突撃、台風の目②
「で、普通の雨じゃないってどういうことだよ」
玄関で長靴を履く康作の背中に、晴明が投げかける。
康作は紐を結ぶ手を止めて、しばらく考え込んだのち、答える。
「なに、農家の勘じゃ」
「「農家の勘?」」
呆れの混じった晴明とめぐるの声がハモる。が、康作は続けざまにこう答える。
「雨が降る直前に《《におい》》がすると感じたことがあるじゃろ? 大気中の水分が土や埃と混じった、あのにおい。あれと同じじゃ。土の香り、風の触覚、草木の艶。どれもうまく言葉にはできん、直感的な指標がある。だから、それをあえて農家の勘として言わせてもらうが、この台風はワシから言わせてもらうと、普通のものとは根本的に『におい』が違うんじゃ。雨のにおいがせん。代わりに――《《妙な淀み》》があるだけじゃ」
「淀み……ね」
康作の言葉は、晴明にはよく理解できた。生まれた頃から長く作物とかかわる彼が、自然を読む力があるのと同じく、晴明自身にも霊力を感じ取る力があるのだ。言葉ではなく五感すべてで感じ取る力が。
晴明も神経を集中させる。すると、かすかではあったがピリッと、彼の感覚を刺激するものがあった。相手は自然現象のはずなのに、強烈な悪意を孕んでいるような違和感が。
「なるほどな。とはいえだからって、今にも洪水が起きそうなときに畑なんか見に行ってる場合か?」
「あれはワシのおちゃめな冗談じゃ。変な空気を作ってしまったからの、和ませようとおもって。しかし実際問題、この雨によって農作物がやられてしまうのはワシら農家にとっても死活問題じゃからな」
晴明もめぐるも「それもそうか」と、納得し頷く。
「ならなおさら、一人で行かせらんないんじゃない?」
「ああ、無論だ。この台風。どうやらヘルガイストが一枚噛んでいるようだぜ」
「ッ! つまり!?」
ゴロゴロゴロ……!
遠くで雷鳴が響く。
晴明はズボンのポケットからお札を取り出した。
「コイツの出番ってわけだ。召喚! Dタイザン!」
玄関の先、阿倍野神社のど真ん中に、Dフライヤーが召喚されると、「行くぞ康作。今回もお前の力が必要だ!」と晴明は康作に呼びかけ、二人は機体に飛び乗る。
「めぐる、悪いが留守番頼むぞ!」
「まっかせて! あんなもの、ぶっ飛ばしてきちゃってよ!」
高らかに親指を突き立てて、二人を見送ると、Dフライヤーはぐんッ! と、上昇する。モロに強風を翼に受けた機体は、煽られるようにして上下に大きく揺れる。それを敵からの挑戦状だと受け取った晴明は、スロットルを全開にして飛ばす。まずは『トラバイン』が格納される田端家へ急ぐ。
☆☆☆☆☆
Dフライヤーが田端家へ到着した頃には、康作がいなほへ連絡を入れていたため、すでにトラバインの発進準備は整えられていた。
納屋に並ぶトラクターとコンバインは、塗装も塗り直され、以前とは打って変わって装甲につややかかつ、鈍い輝きを帯びていた。
康作がDフライヤーから降りて、いなほの方に駆け寄ると、どろろろ……と、いう2台の重低音が重なり響いていた。
「お兄ちゃん、言われた通りエンジンはかけておいたけど。何をするの?」
「すまんな、いなほ。ワシらは今から、アイツをぶっ潰しに行く」
康作が曇天の空の上を指さすと、彼女は目を細めて聞き返す。
「アイツって、台風を? 晴明さんのDタイザンが、ならわかるけど。空も飛べないお兄ちゃんのマシンがなんで、どうやって行くのさ」
康作はトラクターに乗り込み、大げさにチッチッチ……と、指を振る。
「Dフライヤーにトラバインがまたがり、ヘルガイストと化した台風へアタックするんじゃ。これをワシと晴明とで打ち倒す」
自信たっぷりに言ってのける兄の言葉に、いまだ半信半疑ではあったが、「そういうことだ! いなほちゃん、ちょっくら兄貴を借りてくぞ!」と、いう晴明の言葉を信じ、見送る。
「行くぞォ! トラバイン、合体じゃ!」
アクセルをふかしたトラクターに、無人のコンバインが追従する。黒煙を吐き出しながら、エンジンが唸りを上げる。メーターがレッドゾーンに振り切った瞬間――、康作はレバーを引いた。
トラクターの左右に開かれたノーズから、鋼鉄の拳がせり上がり。
ガチャァァァンッ!
運転席後部にシャフトを伸ばしたコンバインが突っ込み、豪快にドッキングする。コンバインの前部もトラクター同様、左右に分割すると、体を支える脚となり、機体は重々しく立ち上がる。みるみるうちに、農機は巨大ロボへと姿を変えた。
「来い、康作!」
「おうよ!」
康作の掛け声とともに、トラバインは大きく跳躍し、Dフライヤーに飛び乗る。
「行くぜ! ぶっ飛ばされんようにしっかりつかまってろよ」
「当り前じゃ! 死んでも離してやるものか!」
売り言葉に、買い言葉。トラバインは姿勢を低くし、両腕でDフライヤーをつかむと、ジェットエンジンが噴射される。
あっという間に空へ飛びあがり、小さくなっていく二機の姿を、雨にさらされるのも厭わず、いなほはいつまでも目で追い続けた。
☆☆☆☆☆
台風の中心へ近づけば近づくほど、機体の揺れが激しくなる。Dフライヤーのみならまだしも、背中にトラバインという大きなウエイトを載せているため、操縦にも神経を使う。
おまけに激しさを増す雨のせいで、視界はお世辞にも良好とは言えない。キャノピ越しにビシビシと叩きつける大粒の水滴が、煩わしいことこの上ない。
だが、それでもトラバインよりはましである。
Dタイザンほど良質なサスペンションを積んでいない機体は、揺れがダイレクトに伝わるため、酔いとの戦いでもあった。もはやワイパーも意味をなさないほど、ぐっしょりと濡れたフロントガラス。強化ガラスとはいえ、この暴風雨の中では視界も、不安も拭えない。
「お、オエ~……。どうにかならんのか……。ヒーローの凱旋がとんだゲロまみれになってしまうぞ……」
「文句言うな! ヘルガイストを倒すまで我慢しろ! 心配ならゲー袋を隣に置いてるんだな」
いまだ姿を現さぬヘルガイストに苛立ちを覚える中、何かがピカッ! と、発光したかと思うと、一筋の閃光が二機を襲う。
間一髪でそれをかわす。当たったらひとたまりもないのは一目瞭然だった。
「なんじゃ、雷か!?」
「いや、違う。雷なら真下へ落ちるはずだ……。アレは明確に俺たちを狙ってきていた」
「……なるほどのう。つまり、逆を言えばあの先に確実にヘルガイストがおるというワケじゃな」
「だな。スピードを上げるぞ!」
稲妻が飛んできた方角へ、ビュンと機体を飛ばす。二撃目、三撃目と攻撃が襲ってくるが、アクロバティックに避けていく。
やがて、前方の雲の奥に巨大な影が浮かび上がる。
「アイツが大将、ってことか」
「敵は近いぞ、晴明。突撃じゃ!」
「アタァーック!!」
ヒュウッ!
翼が風を切りながら、中心部へ向かう。
しかし――、これまでとは比べ物にならない爆発的な暴風が、Dフライヤーの機体を弾いた。
「うわっぷ!」
晴明は思わず目を閉じてしまう。
Dフライヤーは翻弄されるまま、中心円をなぞるように流されていく。
「くそっ! あれじゃどうやったって近づけねぇ」
吐き捨てるように言いながら、晴明は雲の奥のヘルガイストの睨みつける。
だが――、康作だけはしっかりと目を見開き、《《視て》》いた。
「晴明。もう一回アタックせい……」
「何言ってんだ! 結果は同じだろ!」
「ええい、黙っとれ! ワシの言うとおりに飛ぶんじゃ!」
「……? わ、分かった。どうなっても知らねぇぞ!」
Dフライヤーは大きく旋回し、再び中心へ突っ込む。
先ほど、マシンが弾かれた地点へ差し掛かった瞬間――
「右じゃ! 目一杯右へ切れ!」
康作が叫ぶ。
晴明は言われるがままに操縦桿を思いきり倒す。すると、さっきまで暴れるだけだった機体が、スッと風の中へ滑り込んだ。
「次は左じゃ! 上! そんでもって右! ええい、もっとじゃ! もっと右に倒さんか! よし、そのまま《《流れに乗れぇ》》!」
「ま、まさか……」
康作の指示通りに操縦桿を操ると、機体がぐんと前へ引き込まれる。
暴風の壁に、確かに“道”が開いていた。
Dフライヤーは完璧に気流へ乗っていたのだ。
「お前、この気流を読んでいるのか!? あの一瞬で!?」
「さっき突入した時、機体が妙な跳ね方をしてのお。この風には確実に抜けられる通り道があると分かったんじゃ」
道理である。
揺れは激しいままだが、Dフライヤーの挙動は安定している。ヘルガイストの影が、みるみる濃く――、そして大きくなっていく。奴に近づいているのは明白だった。
晴明はその観察眼に感心し、口元が緩む。
「へっ、今日はやけに冴えてるじゃねえか。農家の勘か?」
「かもしれんの……。抜けるぞ!」
康作の言葉通りに、急にパアッと、視界がひらけた。
『彼奴ら、あの乱気流を抜けたというのか!?』
ヘルガイストを視ていたジャシーンが、雲間から抜けてきたDタイザンの姿に驚愕する。水晶を通してみていた榎戸も同じく、悔しそうに唇をかみながら呟く。
「おまけにあの農機ロボ……トラバインといったか――までもが一緒にいる」
『しかし、奴の持つ《《回転力》》は、Dタイザンの武器などいともたやすく弾いてくれよう……』
この程度で、ジャシーンの怪しげな笑いがいまだ解かれることはない。
晴明たちにとって、久しぶりに見たような気がする太陽光線は、キラリと二機を照らしつける。
だが、じっくり拝んでいる場合ではなかった。
「ヘルガイストは――ッ!」
晴明がキャノピに手をついて周囲を見回す。その時、急に影が落ちた。
まさか暴風圏に戻されたのか!? 、と慌てて見上げる。
だが、違う。
上空には、雲をも押し広げるほど巨大な『単眼』がひとつ。まるで生き物のように蠢きながら浮かんでいた。
ヘルガイストの本体だ。
縦に裂けた瞳孔がギョロリと動き、コクピットの二人を舐めるように見下してくる。
あまりの気味の悪さに、生唾を飲み込む。相手にこちらの緊張が伝わったのか、『単眼』はニタリ、と歪んだ薄ら笑いを浮かべた。
思わず晴明は苦笑してしまう。
「ク……クク……。ったく、あの野郎。《《台風の目》》だからって、本当に目の形してる奴があるかい」
「ああいうふざけた見た目をしておる奴が、案外強敵なんじゃもんな……」
康作が、呑気なことを言った――その瞬間。ヘルガイストの巨大な眼球が、ギュン、と高速回転を始めた。
渦を巻いた大気が一気に収束し、塊となった突風が二機に猛然と向かってくる。
これまでで最も激しい揺れに、身体が機体ごとバラバラになりそうになる。
体勢を崩したトラバインは、踏ん張り切れずに落下する。
「うわぁぁぁ!」
「康作!」
落ち行くトラバインを急降下したDフライヤーが追い抜き、キャッチする。
「大丈夫か?」
「すまん、油断しとった。だが、同じ手は何度も食わん!」
「ったりめえだ――。なんだ、何の声だ……?」
「声……?」
晴明が「しっ……」と、耳を澄ますように促す。
どこからか聞こえてくる無数の声に集中する。
『――早く晴れますように』
『――これじゃあ、何もできねぇよ~。はやく復旧してくれ!』
『――助けてッ!』
祈りの声だ。この台風が早く収まってほしいという祈りの声が響いていた。
「なんでなんだ……?」
そう疑問に思ったときに、晴明が敵を見上げると、グンッと体躯が大きくなるのを目撃した。晴明の瞳孔が開く。
「……そうか! こいつは、自らで発生させた台風被害に怯える人間たちの、助けを乞う祈りを養分にして成長しているんだ!」
「なんと! びっくりするぐらいのマッチポンプじゃのう!」
「ふざけやがって! 人の祈る気持ちを弄ぶヘルガイストめ! このDタイザンと――」
「トラバインが――」
「「胸の五芒星に代わって成仏させてくれる!」」
Dフライヤーは初撃でショルダ・ブラスターやランバス・ミサイルの応酬を浴びせる。だが、回転する眼球にすべて届かない。
「弾き返された!? 野郎……あの回転で起こした風をバリア代わりにしているのか……!」
「晴明、Dフライヤーを奴に接近させるんじゃ!」
「何か考えがあるんだな?」
「回転には回転を……つまり奴と逆回転の衝撃波、ハーべストブレイク・ソニックをぶつけるんじゃ!」
「逆回転……。そうか、相殺してやろうって魂胆だな? 行くぞ! 振り落とされんなよ!」
「ガッテン!」
二人の掛け声とともに、Dフライヤーのジェットエンジンが燃焼し、加速する。
眼前に迫る《《眼》》は恐ろしげなものだったが、今の彼らはその恐怖心にも打ち勝っていた。
「どこまで、近づく?」
「もっと、もっとじゃ! ワシがいいというところまで……ここじゃ! ハーべストブレイク・ソニックゥーッ!」
トラバインの脚部、コンバインの刈取り部の刃がキュィィィッ! と、高速で回りだす。それが赤白く光を放った時、勢いよく射出される。
パッシュウゥゥッ!
しかし、まだ相手の回転を止められるだけの勢いは得られていなかった。
康作が雄叫びを上げる。
「晴明、ターンせい! 急速ターン!」
「おう!」
ドゥッ! と噴出されたバーニアは空気を切り裂きながら、Dフライヤーを旋回させる。ふと、晴明の頭にそのあとの光景がよぎる。
「おい、回転を止めたはいいものの、とどめはどうやって刺すんだ? Dタイザンに変形しないと、エクスペル・バーンは放てないぞ!」
「十……いや、八秒じゃ」
「えっ!?」
「せいぜいジャンプの滞空時間は八秒じゃ! できそうか?」
「詠唱を省略すれば……、威力は減少するから、命中させないとだが……」
「あんなデカい的、当てられん方がどうかしとるわい!」
モニタの向こうで康作がいたずらっぽく笑う。
「すぐに拾い上げてやるよ! チャンスは一度きりだ、行くぞ!」
再び、『台風の目』に突撃を加える。
康作が、先ほど以上に刃の回転速度を上げると、ギィィィィ! と、異音を上げながら赤色から青白く回転部が発行していく。
「今じゃ!」
Dフライヤーを思い切り蹴り上げて、トラバインが《《翔ぶ》》。大の字に広げられた四肢を、一度縮めて、その脚だけにすべてを集中し、再び空を切るように、伸ばして、放つ。
「ハーべストブレイク・ソニックゥーッ!」
「Dタイザン、ディフォーム! ペンタグラム・ホールド」
トラバインからソニックブームが発射された瞬間、Dタイザンも変形し、レーザーを放つ。
ドッパァァァン!
ヘルガイストの瞳、つまり『台風の目』のさらにど真ん中に、康作の技が入った。
バリアが、解かれる。
『ヘルガイストの回転を打ち消しただと!?』
「ば、バカな!」
ヘルガイストの巨躯は、ペンタグラム・ホールドの星形レーザーに固定されると、周辺の雲もかき消され、辺り一面がスカッと青空に変わる。
「行くぞ! ヘルガイストォ! エクスペル・バーン」
Dタイザンのアミュレットから放出された炎は、細く、小さくも確実にヘルガイストの芯を捉えた。
『ギュワァァァァ!!』
炎に突き刺されたヘルガイストは絶叫とともに大空に霧散。だが、晴明はそれに気を取られず、急いでDフライヤーに変形し、トラバインをキャッチする。
「お前も無茶するよな」
「なーに、こればっかりはお互い様じゃ」
煌めく海をバックに、二機は夕柳町へと戻っていった。
☆☆☆☆☆
その日の晩、ニュース番組では台風が突如として消え去ったことが大きな話題となっていた。番組内ではキャスターたちが驚きの声を上げており、晴明たちはそれを見て笑っていた。
そして、それぞれの日常がまた顔を出す。社会科見学当日のカケルは、てるてる坊主にウインクしながら感謝を述べ、リュックサックを背負って登校、それを見送っためぐるは創立記念日の休みを楽しむべく、晴明や康作たちと街へ繰り出していった。
第18話もお楽しみに!!
次回更新は2026年9月26日(土)17時30分を予定しております。
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