第16話 ヒミツのメカ『トラバイン』!?②
―夜―
《《とある計画》》の為に田端家で待機していた康作、めぐる、サキの三人を、数日前までは汗ばむほど不愉快な気候だったのも忘れてしまうほど、ひんやりとした空気が頬をなでる。
野球部員たちは凌平の号令で全員が集まり、ヘルガイストを探し出すには頼もしいことこの上ないほど人員が割かれていた。めぐるが保健室で立案した作戦の通り、各々地図上にピックアップしたスポットへ配置に着く。
その中でも今回特にやる気を見せていたのが康作である。そんな彼の様子を意外に思っためぐるは茶化すように話しかける。
「珍しいじゃん、ばんちょーがリーダーシップとってやるなんて」
「……今回ばかりは、晴明にええ加減なことを言ってしまったからのう……。奴が疲れていることはわかっておったのに、ついぬか喜びさせてしまうようなことを言ってしまった。その罪滅ぼしも兼ねとる」
「へぇ~。さっすが、親友。いいとこあんじゃん」
「め、めぐるちゃん! からかわんでくれぇ!」
「はっは! 照れてる照れてる」
「ところで……」と、サキが割って入る。
「康作先輩がおっしゃっていた件、うまくいきますかね?」
康作は「分からん」と即答し、続ける。
「《《アレ》》は完成したばかりで、ろくすっぽテストもしておらん。うまくいくかは五分五分ってところじゃろうな……」
康作が視線を背後の納屋に移す。その中からはかすかな《《鉄》》の匂いがした。
「そんな弱気な……」
「しかし例えぶっつけ本番で失敗したとしても、Dタイザンの……晴明の助けに少しでもなればいいんじゃ。だから二人はうまくいくように祈っておいて欲しいんじゃ!」
かつてない康作の真剣なまなざしに応えるようにめぐるもサキも大きく頷く。
「オッケー!」
「分かりました!」
☆☆☆☆☆
「くそ~、ジャージでも羽織ってくればよかった」
「この時期は気候が変わりやすいからな。仕方ねぇよ」
ヘルガイスト捜索に協力する晴明たちのクラスメートでもある野球部員たちが、寒そうに腕をさすりながら、暇を持て余すように話している。
「しかしここに現れなきゃ、俺たち待ち損だぜ」
「バーカ、ヘルガイストが出てきたら真っ先にやられっちまうわ。出てくれないほうがいいのいいの」
「う~、でもよ……ん?」
一人が遠くの物陰でうごめくものを見つける。一瞬、背筋がゾっと凍り、おそるおそる懐中電灯を向けると、それが人影だと分かった。しかもそれは彼の知る人物である。
「ん? あれ、榎戸じゃねーか。おーい!」
(……ッ!? しまった、奴らなんであんなところに)
榎戸は瞬時に身を隠そうとも思ったが、名前まで呼ばれて今更手遅れだと観念し、彼のもとへ近づく。ヘルガイストの様子を見に来ただけのつもりが、意外な時間に意外な所で出くわしたものだから、内心緊張で手にじっとりと汗がにじむ。
だが、怪しまれてはならないと平静を保ちつつ、「や、やぁ。奇遇だね……」と挨拶を交わす。
「奇遇ってか……なぁんだお前もヘルガイスト探しに協力してくれるのか?」
「え、いや、僕は……」
「なるほど、そうだったのか! いいとこあるじゃねーか!」
「言ってくれれば、一緒に来たのによ!」
気さくに話されることが今の榎戸にとっては非常に鬱陶しかった。すぐにでもヘルガイストの方まで行きたかったが、対人コミュニケーションを苦手とする榎戸では、彼らを撒く手立てが思いつかない。
(まずいな、どうしようジャシーン……)
⦅ふむ、ここで正体が割れるのも得策ではないか……。いっそのことヘルガイストを暴れさせて、煙に巻くのはどうだ?⦆
(けれどあれじゃまだ未完成だ。もしDタイザンが来たら……!)
⦅問題なかろう。今のヘルガイストの強靭さをもってすれば、弱っている阿倍野晴明なぞ、赤子の手をひねるも同然⦆
(そ、そうか! 晴明が弱っているなら……今しかない……! 頼む)
⦅承知だ、水鏡。ヘルガイストよ、やれ!⦆
「おい、榎戸。どうした顔色が悪いけど……ウッ!」
同級生が顔中にびっしょりと汗をかいた榎戸を心配して近づこうとしたその時、突然何かが吐き気を催すほど大きく、そして超音波かと思うほどの甲高い音が街灯を震わせ、光を瞬かせる。
ギャリギャリギャリッ!
「なんだこの音!!」
その不愉快さゆえ、反射的に耳だけでなく目も塞いでしまう。バゴォッ、と音を立てアルミ製の仮囲いのパネルを破壊したヘルガイストが姿を現す。
「「で、でたぁ!」」
その異形の姿を目の当たりにした二人は一目散に逃げ、すぐさま凌平に連絡を入れる。
「ぶ、部長! 出ました! ヘルガイストが出たんです!!」
『ナニぃ!? すぐに晴明たちに知らせる』
「早く頼みます!」
「あ、ちょい! 榎戸は!? あいつはどうした!?」
「あ、そうか……! いや、無理だ! もう戻れっこねえって!」
ヘルガイストの笑い声にも思える爆発的な金属音が、夜の夕柳町を襲う。
☆☆☆☆☆
ヘルガイストの出現は凌平を介して晴明や康作たちの耳にすぐさま届いた。
報告を受けた康作は真っ先に動き出す。
「じいちゃん! 出番じゃ!」
「よし来た!」
彼の掛け声に合わせて、邦作が納屋のシャッターを勢いよく開ける。めぐるとサキの目には白熱球の光を浴びたトラクターとコンバインが飛び込んでくる。だが、やけに古めかしいその姿にめぐるは開いた口が塞がらない。
見慣れたものと少し違う点は、トラクターに運転席をシールドするように分厚い鋼板が備え付けられていることや、コンバインの刈取り機がやけに鋭さを持っていることだろうか。
「ば、ばんちょー……? あれ、ただの農機じゃ……」
「あんなのでヘルガイストと戦おうと……? 先輩無茶ですよ!!」
サキの制止も無視して、康作は思い切りトラクターの運転席に飛び乗りキーを捻る。
ばるんっ! ばるんっ!
どぉ、どどどど……
重低音を鳴らし、起動するトラクター。それに連動するようにコンバインもエンジンをスタートさせる。
「これがワシにとっての切り札じゃ! 二人とも下がっとれ、動かすぞ!」
二台のヘッドライトがカッと点灯したかと思うと、康作はギアを入れてアクセルペダルを踏み、ばふっ、ばふっ、とマフラーからディーゼル特有の臭い黒煙を吐き出しながら前進するトラクター。その後ろを、リモートコントロールされた無人のコンバインがぴったりとついていく。
「お兄ちゃーん! 晴明さんの邪魔しちゃだめよ~!」
「わーっとるわい! 」
いなほの掛ける声に、康作は悪態をつく。
めぐるはいまだ不安そうにトロトロと走る農機と邦作を交互に見る。
「ちょっと、康作のおじいさん! 本当にアレ大丈夫なの!? 全然頼りないんだけど!」
「ふふ、めぐるちゃん。侮っちゃいかんよ、ワシらが作ったあの『トラバイン』こそ、晴明くんを助ける強大な武器になるはずじゃ。まあ、とくとご覧あれ」
「「とら、ばいん……?」」
邦作の言葉に、二人はクエスチョンマークを浮かべたが、今は遠くの康作の背中をただ目で追うことしかできなかった。
☆☆☆☆☆
凌平に指示された場所にたどり着いた康作は、足元のヘッドフォンを装着する。これで多少は外の音をシャットアウトできる上に、晴明たちとも無線通信ができる。
「あれじゃな、敵は――」
ヘルガイストを発見した康作は、左手でシフトレバーを操作し、さらにトラクターのスピードを上げる。
「な、なんだあれは……?」
『が、ガラクタが向かってきているのか……?』
場違いな空気の下に急に現れた農機を目撃した榎戸が思わず声を上げ、ジャシーンでさえも動揺する。しかし行く手を阻むものだと直感し、ジャシーンは攻撃を命じる。
命令に応じたヘルガイストは刃の回転速度を上げ、二、三枚射出し、《《ガラクタ》》に向けて攻撃を加える。だが康作はそれに臆することなく、ハンドルを右へ左へと切り、迫りくる回転刃を避けつつ、計器を一瞥する。タコメーターの針がレッドゾーンに達したのを確認し、康作は座席右に位置するレバーを思い切り引っ張る。
「行けるな。合体じゃ、トラバイン!」
掛け声とともに、レバーを手前に引くと、トラクターのノーズががぱっと左右に開く。その中から収納された拳が姿を現し、再び榎戸たちを驚かせる。
「変形!? まさか……!」
《《両腕》》を展開しきると、今度は運転席下部のシャフトが伸びて座席がぐんと上がる。後方をずっとトレスしていたコンバインが徐々に近づき……ガキィン!
あと少しのところで合体するところを、機体同士が上手くかみ合わず、互いを弾いてしまう。
「しまった!」
「なんだ、こけおどしか! やれ、ヘルガイスト!」
すかさず、ヘルガイストは回転刃を二台に向けて放つ。今度は避けようがない。
「なんのこれしき!」
だが、康作は《《トラクターの腕》》を伸ばして刃を見事キャッチする。
『無茶苦茶だ、奴はでたらめ過ぎる!』
「今度こそ成功させちゃる。見とれよ化け物め!」
農機同士が改めて合体し始める。今度はしっかりと座標が合い、うまく連結すると。コンバイン部分もゆっくりと、しかし雄々しく立ち上がる。
「出来たっ! これぞ合体農機、『産地直送トラバイン』じゃあッ!」
トラバインは呼吸するかのようにガスを吐き出して戦闘態勢をとる。
背中から大きなクワ型の武器を取り出すと、一度踏み込んで、ヘルガイストに向かって突進する。
「土魂グワの威力、受けてみろ!」
があぁぁぁん!
ヘルガイストの間合いに近づき、トラバインの振り下ろした土魂グワの刃が、胸部に命中する。しかし――
「コイツ、ぼっけえ固ぇ!」
金属を食べて育った相手の装甲は非常に強固なものだった。
「ふ、ふふっ。何度も驚かせてくれるが、やはり無力……。このヘルガイストは十分に成長していた! 勝てるぞ!」
榎戸がたっぷりと口角を上げて笑っていると、遅れてDタイザンがやってきた。だが今の彼にとっては恐れるに足らずだった。
「無駄さ、Dタイザン。このヘルガイストこそ最強だ!」
現場へ到着した晴明は、康作の操るトラバインを目にして驚く。
「すまない康作、遅れた……」
「おう、晴明! もういいのか?」
「少し寝たからな。万全ってワケじゃねえが……ってなんだそのロボット!?」
「今は説明しよる場合じゃない。奴の装甲を焼き切ってくれ!」
「わ、分かった。 行けぇ、ショルダー・ブラスター!」
Dタイザンの両肩から火を噴くカノン砲は動きの鈍い敵にいとも簡単に直撃する。が、まったくのダメージを負っていない。次にランバス・ミサイル、トゥートップ・バルカンと砲火を浴びせるがまるで歯が立たない。
「固すぎる……」
「このトラバイン、かなり馬力があるはずじゃが、奴は一切の攻撃を受け付けん……」
「なにか、弱点はないのか? あの装甲さえ剝がれれば……」
「装甲を……剝がす? ……それじゃあ!」
何かを思いついたのか、康作が晴明に指示を出す。
「奴の後ろに回り込んで、数秒動きを止められんか?」
「何かあるんだな、策が……」
「おうよ! やみくもに固いところを狙ってもダメならば、ワシがこのクワで装甲をひっぺ返して、脆いところをむき出しにしてやる! 農家の底力じゃ!」
「数秒と言わず、一分は止めてみせる。任せたぞ、康作!」
「無理はするなよ!」
二機のマシンが動きを止める。榎戸とジャシーンは観念したか、ととどめを刺そうとしたその時、掛け声すらなく晴明と康作は左右に分かれて飛び出す。
晴明が敵の背後に回り込んで取り押さえる。
『Dタイザンが捨て身だと!?』
ジャシーンはたじろぐが、それもほんのつかの間。じたばたと身をよじるヘルガイストは背中へ刃を移動させて回転し、Dタイザンのボディを削る。
「この野郎、味な真似を!」
暴れるヘルガイストを抑える行為は、晴明にとってただでさえ消耗している体力をさらにダウンさせる。
(くッ、ダメか……、早くしてくれ康作!!)
康作に止めてみせると言い切った手前、言葉にはしなかったが心の中で絶叫した。
「どこじゃ……。どこに刃を入れれば奴は……。ッ! 見えたッ!」
トラバインは再度ヘルガイストの正面から突撃し、大きくクワを振り下ろす。
《《継ぎ目があった》》のだ。装甲と装甲をつなぐ、《《継ぎ目が》》。
だから農家の勘なのか、康作はそれを探し当てられた。
パキィッ……!
刃がしっかりと入っていく。そして――!
「百姓一徹! どぉりゃああ!!」
完全に装甲を捉えたクワを思い切り振り上げる。
ベリベリベリィッ!
固い装甲の下には未熟なヘルガイストの《《身》》が露になった。同時に榎戸の余裕も完全に消え去っていた。
間髪入れずに、トラバインの蹴りが剥き身に入る。
「ハーベストブレイクゥゥゥ!!」
コンバインの刈取り部の刃が、これまでの仕返しと言わんばかりに高速回転する。もはや敵に反撃するだけの余裕はなかった。トラバインはバックステップで敵から離れると、
「今じゃ! 晴明!」
康作はとどめを促す。
すでにタイザン・アミュレットを取り出し準備していた晴明が声高に叫ぶ。
「よし来た! ドーマンセーマン、現世の恨みごとヘルガイストを燃やし尽くしてしまえ! 必殺、エクスペル・バーン!」
燃え盛る火柱の中、ヘルガイストの金属をこすり合わせる音が、無念の雄たけびのようにこだまする。
☆☆☆☆☆
ヘルガイストが消滅してすぐ、同級生たちは、やはり榎戸が心配で現場に戻ってきていた。あたりを見回すと、ボゥッと覇気なく立ち尽くす彼の姿を発見し慌てて近寄る。
「おい、無事だったのか!」
「え、あ、ああ……」
「ていうか、またしてもヘルガイストやっつけちまったな! いやあ、晴明もすげぇけど、康作もやるな!」
彼らは榎戸の肩を無理やり組んで喜び合う。しかし複雑な心情だった。負けてしまったのに感情を出しながら悔しがることもできないでいるから。
榎戸は弱々しく口角を上げて、二人に「や、やったね……」と調子を合わせた愛想笑いしかできないでいた。やがてエクスペル・バーンの火が消えてもなお、ただぼんやりと、そこにいるだけだった。
☆☆☆☆☆
しばらくして、闇の中からトラバインとDタイザンが姿を現した。田端家で二人の凱旋を待っていためぐるたちが駆け寄る。
「おかえり!」
「おう! 無事成敗してきたぞ!」
「ばんちょー、やるね! 流石バッテリー、いいコンビだったじゃん!」
「まあのう、ワシらにかかればこんなもの……」
康作が鼻高々に言葉をつづけようとしたとき、Dタイザンの機体がぐらり、と揺れ、ずぅん……と、前のめりに倒れて膝をつく。
「「晴明!?」」
その場にいた全員が晴明に何かあったのでは、と驚いて、急いでコクピットハッチを開く。シートには、ぐったりとうなだれる彼の姿があり、慌てて降ろそうとする。しかし、
「スゥ……スゥ……」
と静かな寝息が聞こえ、それが晴明から発せられていることを知ると、皆安堵で胸をなでおろす。
凌平は苦笑しながら「このバカ、驚かせやがって……」と頭を小突くが起き上がる様子はない。
「ま、でも。これでコイツも安心して眠りにつくことができるってわけだ。少し寝かせておいてやるか。康作、手を貸してくれ」
「わかりました!」
凌平はそう言って、晴明をDタイザンから降ろし、担いで康作の家の中へ運び入れる。今の彼は全員から寝顔を見られているともつゆ知らず、夢すら見ない。
今夜は、誰も騒音に悩まされることなく眠れる。
夕柳町に久しぶりの静かな夜が訪れた。
第17話もお楽しみに!!
次回更新は2026年9月19日(土)17時30分を予定しております。
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