第16話 ヒミツのメカ『トラバイン』!?①
「うぅ~、まだまだ暑いなぁ……」
残暑による寝苦しさで真夜中に起きてしまったいなほ。眠い目をこすりながら喉の渇きを潤すため、冷たいお茶を求めて台所へと向かう。
廊下を歩いていると何か奇妙な音が聞こえてくる。床の軋みとは違う、もっと耳触りの悪い、機械が駆動するような音。耳を澄まして聞いてみると、どうやら庭先、もっと言うと納屋の方から鳴っているようだ。それにかすかに光が漏れ出ている。
「な、なんなのこの音……? まさか、泥棒じゃ、ないよね?」
いなほはスリッパを履いて庭に出ると、地面に転がっているシャベルを拾って手に取り、恐る恐る納屋の方へと近づいていく。そうして気づいたが、納屋の中からは二人分の抑えた話し声が聞こえる。
ゴクリ……、とツバを飲み込む。納屋の扉の横に背中をつけて立つと、ドッドッ……と心臓の鼓動が早く、大きくなる。その音が扉の向こうにも聞こえてしまうのではないか、と思えば思うほど脈は大きく打ち、それを抑えるかの如く胸元をぎゅっと握る。
深呼吸を一つ。
もう一度空気を吸い、意を決して勢いよく扉を開け――。
「誰!?」
勇ましくシャベルを構えるが、そこにいたのは泥棒でも幽霊でもなく、ヘッドライトをつけた兄、康作と祖父、邦作の姿があった。驚いた二人は口をあんぐりと開けたまま固まっている。いなほも驚きはしたが、ひとまず泥棒ではないことが分かると安どのため息をつく。
張り詰めた緊張が解けた時、康作と邦作が手に持つ工具に気が付く。そんなものを持って、2人して何をしているのかと思ったが、目の前にあるトラクターとコンバインに目を移して納得する。どちらもかなり使い込んでおり、まともに動かないシロモノだった。
「こんな夜更けに2人で農機の修理でもしてたの? 泥棒かと思ってたから緊張して無駄に汗かいちゃった」
暑そうにしながら手で顔を扇ぐいなほに、硬直の解けた邦作が頭を横に振る。
「違うぞ、いなほ。ワシらはこのボロの農機を改造しておったのだ」
「かいぞう……?」
「そうじゃ! そして今夜、その改造が終わり、こいつらは新たな姿に生まれ変わったんじゃ!」
邦作に続くようにして康作は妹に説明する。いなほが見ても二つ並ぶ農機はたしかに多少見かけはきれいにはなっているが、それ以外何の変哲もないように感じた。
2人は自信たっぷりにどんな改造を施したかを説明する。そのトンデモない内容に、いなほは「えぇ~ッ!」と驚きつつ、半信半疑になりながら改めて農機を確認する。
「こいつが日の目を浴びるのが楽しみじゃのう!」
「康作、興奮しすぎで壊すんじゃないぞ! ほれ、いなほ、もう閉めるぞ」
「う、うん……」
邦作に促され、一緒に納屋から出ていく。まだ気になっていたが、あくびを一つすると、本来の目的を思いだし台所へ向かう。
お茶を一杯飲んだころには眠気が襲い、先ほどまでの関心が薄れ、しずしずと自室へと戻って行った。
☆☆☆☆☆
翌朝、康作が登校していると後ろからヌッと晴明が現れる。連日農機の改造にいそしんでいた康作も大概であったが、晴明はそれ以上に目の下に大きなくまをつけて不健康そうな顔つきでフラフラと歩いている。
そんな珍しい姿を見てギョッとした彼はワケを聞く。
「ど、どうしたんじゃ晴明! らしくない」
「ふわぁ~、康作か……。いやこの頃、ド深夜に近所で変な音がするって声があってな。ヘルガイストかもしれないと思って調査を兼ねてパトロールしてたんだよ。おかげで眠くて眠くて……」
晴明は大きく口を開けてあくびをかます。はたから見ていても、今の晴明は立っていながらにしてもぐっすり寝てしまいそうである。
「変な音か……。どんなのなんじゃ?」
「どうも機械音、いや金属音? が鳴り響いててな……。毎晩毎晩決まった時間に鳴るんだが、所在が分かんねぇんだよ」
「機械音……。――ッ!?」
心当たりがありすぎた。夜な夜な家の納屋で祖父とともに機械いじりをしている康作。家族からもたびたび苦情が寄せられている。晴明が言っている事は確実にそれだ、と思わず息をのむ。
「クソォ……、もし誰かのイタズラだったら絶対そいつをDタイザンでねじり上げてやるからな……」
恨みつらみのこもった冗談ともつかない晴明の言葉に康作はサーッと血の気が引いていくのが分かった。こんなにも暑いのに涼しさを通り越して寒気を感じたのは気のせいではないのだろう。
「こ、今夜はもうならんのじゃないかの!」
「何でお前がそんなことわかんだよ……」
「の、農家の勘じゃ!」
「へへぇ、じゃあ今日はやっと寝られるってか?」
晴明は口元だけヘラヘラと笑って見せ、その後はほとんどの授業で居眠りをしていた。
何人かの教師に丸めた教科書で頭を叩かれていたが、疲れが勝った晴明に効果はなく、結局一日中眠りこけていた。
その夜のこと。康作のうそぶいた勘とやらは外れ、結局奇妙な機械音が深夜の夕柳町に鳴り響いた。
☆☆☆☆☆
「康作のやろう、ええ加減なことを言いやがって……! 今晩も鳴り響いてるじゃねぇか……!」
キィィィーン! と耳鳴りの様に鳴りやまぬ高周波の機械音が普段静まり返るはずの夕柳町を襲う。近隣住民もその音に耐えかねてか、なかなか眠れないようで往々にして家の明かりがついている。どこかでは赤ん坊まで泣きだす始末だ。
この日の晩も夜回りをする晴明。しかし連日の昼夜逆転がたたったのか、だんだんと視界がぼやけていく。操縦桿を握る手すら感覚を失い、いまにも気を失いそうになる。そのたびに眠気を覚ますためエナジードリンクを飲んだり、自身で頬をパンッ! と叩くがそれらもまるで効果がない。
「くそっ、ここで俺が倒れたらだれが夕柳町を守れるんだ。しっかりしろ晴……明……!」
自身を鼓舞するもののやはり限界なのか、その場でガクッと眠りこけてしまう。Dタイザンもパイロットの居眠りを察知するや否や、マニュアル操作からオートマチックに切り替わり、Dフライヤーに変形する。結局この日も収穫はなく阿倍野神社に帰還する。
同じ頃、夕柳の片隅ではジャシーンと榎戸は鉄工所の跡地にて、新たに生み出されたヘルガイストの様子を見に来ていた。先日誕生させたそいつは、夜が更けると各所の工場廃墟に姿を現し、鉄やステンレスなど金属の屑を食べて成長していく。おまけにスクラップにむさぼりつく際、回転刃のような歯で刻むため、近隣の住人がもだえるほどの高音を発する。
さすがに生身の榎戸もそれを間近で聞いてはいられないのでイヤーマフをしてジャシーンに話しかける。
「ジャシーン、こいつはいったいいつになれば町を襲いだすんだ?」
それに対し、ジャシーンは水晶の中で自身のエレメント姿を揺らめかせながらクック……と不気味に嗤い、榎戸に伝える。ジャシーンの声はいわゆるテレパシーのようなもので、脳に直接語り掛けるためどれほど周りの音がうるさかろうが関係はない。
『もう既に始まっているぞ、水鏡よ……。このヘルガイストの発する音は今の貴公の聴覚も不快感を覚えていろう? それが連日連夜続いてみろ。この辺一帯の住人はその不快感が蓄積する上に眠ることもままならず、疲労し次第に弱っていく。それもこいつが成長すればするほど、その音も大きくなっていき、最後は町全体の活気は無くなり、心と身体が疲れ切った人々の隙に付け入る我々の様な霊が活動しやすくなる。負の感情は我らの何よりの糧であるからな』
「そうか! そのうえ毎晩上空をパトロールする晴明も昼夜休むこともできずにいる! 今日も奴は日がな一日眠りこけているくらい疲れ切っていた! いざヘルガイストの所在が明らかになっても、いくら無敵のDタイザンとはいえパイロットが不調じゃあその能力を発揮しきれずまともに戦えない!」
『左様……。今回の作戦は大規模にヘルガイストを投入できる仕組み作りと、Dタイザンを弱体化させる二段構えとなる』
「いや、それだけじゃない。金属を栄養源にする今度のヘルガイストは重量や装甲の硬さ、それにパワーも並大抵ではない。三段構えだ……! ジャシーン、これは勝てる……。勝てるぞ……!」
すでに勝利に酔いしれる両名をよそにひたすらヘルガイストは《《食事》》を続ける。
無慈悲にも対策の余地なく、疲弊しきった晴明や住民たちを嘲笑うかのように、ただいたずらに時間ばかりが過ぎていく。
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事態が変わったのはその翌々日だ。
晴明が本格的に体調を崩したのだ。
授業間の休憩時間中、移動教室のために立ち上がろうとした瞬間、これまで味わったことないような大きな立ち眩みと、目も開けていられないような吐き気が彼を襲い、バタンと地面に伏す。オーバーワークであることを押し殺し続けていたツケが回ってきた。
複数人で保健室まで担がれ、ベッドに寝かされる。
しばらくして目を覚まし、起き上がろうとしたが、状況を鑑みてしばらく安静だと保健医にたしなめられる。
昼休みに康作とめぐるそして聞きつけたサキや丹生谷兄妹も見舞いに来る。
「すまねぇ、心配かけさせて。康作も悪いな、運んでくれたんだって?」
「いや、それは構わんのじゃが……」
「ほんとだよ! 目の前でぶっ倒れるんだもん、びっくりしないわけないじゃん!」
康作が喋るのを遮るようにめぐるが割込む。
晴明は一瞬驚くが、彼女の目が赤いことに気がつき、また目尻いっぱいに涙を溜めているのをみて納得する。柔和な微笑みを浮かべて「悪かったよ……」と、照れくさそうに謝る。
サキはめぐるの肩に手をやり、「先輩が目を覚ますまでめちゃめちゃ心配していたんですよ〜」と、からかうが、恥ずかしい姿をバラされためぐるから強烈なチョップを食らう。
その3人の後ろからズイ、と姿を現した凌平が、ベッドに横になる晴明を呆れた目つきで見下ろす。
「まあしかし、晴明よ。お前もさっさと誰かに頼れば良かったんだ」
「うぐっ……」
図星を突かれた晴明は今度はバツが悪そうに目線を背ける。
「ちょっとお兄ちゃん。デリカシー……」
「いや、だってそうだろ?」
凌平が薫子から膝で脇腹をこづかれながら続ける。
「そもそもお前1人で夜も昼間も見回るのは無理があるだろ。お前や康作は《《俺ほどじゃないにしろ》》同級生や後輩に慕われているんだ。そいつらに助けを借りたってバチは当たらんだろうて」
「うっ……正論。余計な一言さえなければだけど」
少しツッコミたい所はあるにせよ、凌平の言い分は正しい。事実、ヘルガイストを倒せるのはこの町では自分のみだという気持ちがあった。自負や誇りを超えて、高慢さが滲み出ていた結果がこれかもしれないと反省する。
「誰かに頼る、か」
口の中で先輩の言葉を反芻する。
その姿を一瞥しためぐるが元気よく「ハイッ!」と挙手をする。
「丹生谷先輩、発言してもよろしいでしょうか!」
凌平はゆっくりとうなづき「うむ、許可する」とだけ言う。薫子だけ「偉そうに……」とジト目で兄を睨みつける。
そんな二人のやりとりをよそに、発言権を得ためぐるはポケットにしまっていたマジックペンと一枚の紙を晴明のベッドの隣にある机の上に勢いよく広げてみせる。
「さて、じゃあ早速作戦を練らないとね! 晴明は昔から人を頼るのヘタクソだもん。たまにはアタシたちにも手伝わせてよね」
彼女が全員が顔を寄せて覗き込むと、一つはルーズリーフでもう一つは夕柳町周辺マップであった。
「先輩、これは? それに作戦って」
サキの質問にめぐるはウインクをして答える。
「異音や騒音が聞こえた場所をこれで洗い出してヘルガイストが次に現れそうなところをあらかじめ推測しようってわけ!」
「そっか、今日から底を手分けして探せば……!」
「間違いなく、奴を見つけ出すことができるわけだ。待ち伏せ作戦ってわけか、よぉし!」
先ほどより血色の良くなった顔の晴明がめぐるからペンを受け取り、地図上に書き込んでいく。
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「なるほど、つまりこれまで晴明がパトロールした周辺はこれで絞れたわけだ」
夜な夜な金属音や機械音が鳴り響く場所は、地図上に◯で記す。するとそれらのエリアにはいくつかの共通点が浮き上がって来た。
「よくよく考えたら、工業団地近辺で騒音騒ぎがあったんだな。これまでのヘルガイストは直接人を狙うことが多かったから、人気のない所は勝手に候補から外していたな」
「こっちなんかはくず鉄置き場があるわね」
「本当ですね、……でもこの辺りって今は住宅街は別として、工場としては使われていないエリアだったりしません?」
「なるほど廃工場か、そりゃあヘルガイストにとっては絶好の隠れ家になってそうじゃのう」
地図をなぞりながら何か思うところがあったのか、めぐるが発言する。
「……ねぇ、これって。工場地帯は他にもいくつかあるのに、住宅が多い場所をわざわざ狙っているように思わない?」
「それって……?」
「ヘルガイストは狙わざるを得ない理由があるから工場や捨て場に出現して……。もし、その上で副産物として近隣住民の不快指数を上げるような騒音を発しているのだとしたら」
めぐるは何か思いついた様に顎に手を添える。晴明も彼女が言わんとすることを理解した様子で声を上げる。
「ッ! つまり次に現れる場所を絞る事はできるわけだ」
「それなら各エリアをピックアップして偵察から始めて行こう……。って言っても、この人数で回りきるにはだいぶエリアが広いか……」
「そんなことだったら俺は部員に声をかけて手伝わせる。薫子、ウチの部の練習って名目で夜間外出許可をでっちあげてくれ」
「普段なら、風紀委員として止めるところだけれど……、誰でもない阿倍野先輩のためだもんね。りょーかい、任せて!」
「に、兄ちゃんのためではないのか……」
情けない声を出しつつも、凌平はさっそく部のグループに招集をかける。
康作はそんなやり取りを横目に、めぐるとサキに向けて、小さく手招きする。
「どうしたのばんちょー?」
「康作先輩、何か異議でもありましたか?」
「いやそうじゃなくてな、実はかねてより立てていた計画があるんじゃが……」
コソコソ話をし始める三人の姿に疑問符を浮かべつつも、晴明は今晩の作戦決行のため、もうひと眠りすべく、おとなしくベッドに潜り、目を瞑る。
引き続き第16話後半もお楽しみに!!
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