第15話 20XX年地中の旅①
「もうすぐ夏休みも終わりかー。はぁ……」
ツクツクボウシの鳴き声を意識しだして消沈し、縁側でアイスを食べながらひとりごつ晴明。風鈴の音に耳を傾け、スマホで動画を垂れ流してボーッと眺めていると、玄関の方から聴き馴染みのある声が聞こえてくる。ただその声は、ちょっと焦っているようにも感じ取れる。
「にーちゃーん、晴明にーちゃーん!」
「ん?」
自分を呼ぶ声の主の正体を暴くべく、踏み石においてあった下駄を履いて玄関側に顔をひょいと覗かせるとそこにはめぐるの弟、カケルがたっぷり日に焼けた姿で立っていた。おそらく夏休み中も野球の練習をしていたのだろう。帽子による日焼け跡がクッキリとついていた。
「ありゃ、カケルじゃねーか。どうした?」
「うぅ……、にーちゃん、助けて」
健康的な小麦色で気が付かなかったが、どうやら目には大量の涙を浮かべている。
そんなカケルに晴明はオロオロしながら「なにがあった!?」と、震える両肩を掴んで聞くと、この時期の子供たちにありがちな返事が返って来た。
「な、夏休みの宿題がまだ終わってないんだよぉ!!」
うわぁ! と、泣き出すカケル。だが、
――ピシッ!
夏の暑さで乾ききっていた晴明の脳にも衝撃を与え、熱湯に入れた氷のごとく大きな亀裂を走らせた。
無論その理由は彼もまた、夏休みの宿題を終わらせていない一人であったからだ。だが、晴明は動揺を隠し、余裕ある大人の素振りを見せながら、
「とりあえず、話は聞こう」
そういって、晴明はカケルを家に上げ、麦茶や氷菓を用意するなどして丁寧にもてなす。
☆☆☆☆☆
麦茶をあおって落ち着きをやや取り戻したカケルは肩からかけていたバッグの中から一枚のプリントと一冊のノート、そして丸められたA0サイズの模造紙を取り出す。
プリントを差し出された晴明はその内容に目を通す。
「なになに、自由研究……。自分が気になるものを見つけて研究し、模造紙にその結果を書き起こそう。かっこ、休み明けに発表会の時間をとります、かっことじる……。こりゃあ、また難題だな……。」
晴明は静かに腕を組んで考える。晴明もこの手の宿題が得意では無かった。とはいえわざわざ姉のめぐるではなく自分を頼ってきたことに意味があり、それを無碍にはできない。
そしてプリントに描かれた文字を再度読み、そして何かを思いついたかのようにあぐらをかいた膝をバシッ! と、景気よく叩く。
「カケル! 自由研究とは自由なのだ! だから何をやったって許されるはず!」
「え、うん。そうだね……」
カケルは晴明の圧に若干気圧されながら、しかし頷く。その返答に満足した晴明は言う、
「この夕柳町の地下都市を探しに行こう!」
晴明は床にダンッ、と左足の裏を叩きつけ片膝立ちになり、右手に拳を作って真剣なまなざしを作る。
言われたことの意味をいまいち理解できていないカケルは、困惑した表情で「え……?」とだけ漏らし、晴明の顔を見続ける。
ツクツクボウシの鳴き声が一層大きくなったような気がした。
☆☆☆☆☆
家を出て、階段を降りた先にDタイザンが、戦車形態、つまりDビークルの姿で停まっていた。
カケルはさらに頭にハテナを浮かべながらノートと筆記用具、そしてバインダーを両腕に抱える。
「にーちゃん、地下都市を探すってなに……?」
Dビークルの始動準備を淡々と進める晴明に恐々と質問する。
「あれ? なんだ、お前聞いたことないのか? この夕柳町の真下に巨大な古代都市があるって噂」
「し、知らないよ。そんな話」
「なぁんだ、今の小学生はそんな噂しないのか。あったんだよ、俺たちが子供の頃に」
心なしか、地下都市の話をする晴明はウキウキとしていた。無理もない、それは彼らが子供の頃に再三聞かされた噂話・都市伝説の一つであったからだ。
夕柳町は実に不思議な土地柄で、それこそ霊を引き寄せる力があることは周知されているが、その理由の一つに地下に眠る都市が関係しているのではないか、という通説がある。
事実、建設工事を行う際のボーリング調査中に数多くの出土品や、不自然なほど広々とした空間が存在するというケースが多々みられ、それらの存在を裏付けている。
ただ、それを解明しようとするものはこれまで誰一人としていなかったのも不思議ではあったが、日本全国で遺跡が発掘されるのも珍しい話ではなかった上に、所詮噂話に過ぎず、本気にする者が現れなかったのだ。
しかして、子供の頃にそんなことを聞いた晴明は、大きくなっても胸の内に残り、いつしかその噂を究明したいと目論んでいたのだった。そしてカケルの宿題を手伝うと言うていで、ついにその時がやってきたと言うわけだ。
「まぁ乗れよ。地下都市はなくとも実際道中で調べものに適した興味深い題材が見つかるかもしれないしな」
「た、確かにそうだけど……」
「それに! 地底人とばったり出会ったりするかもしれないだろ!」
「えぇ……。そんなのいるわけないじゃん」
「ぐぅ……。今どきの小学生は意外と淡白なんだな……」
予想外に冷たい反応を向けられた晴明は、少しへこたれつつも2人でDビークルに乗り込む。スイッチの操作により、マシンの先頭に二基のドリルが出現し、回転を始めたかと思うとゆっくり掘削しながら地中に潜っていく。
ちなみに掘っているのは阿倍野家の私有地ではあるが、全く許可をとっていないので、晴明はこの後祖父にしこたま怒られることが確定している。
☆☆☆☆☆
暗い地中の景色はカケルの予想とは裏腹に実に退屈なものだった。しかしその退屈さの中にもカケルは変化を見つける。
「にーちゃん、なんか土の色が場所によって違うね」
「地層だな。砂や泥、火山灰みたいなものが堆積して層になるんだ。地域によって層に違いが出るみたいだが、それによって歴史を紐解く鍵にもなるらしい」
「へぇ、物知りだね」
「最近マンガで読んだ」
「頼むから最後まで尊敬させてよ……」
呆れ顔のカケルをよそに、晴明はヘラヘラと笑いながら話し続ける。
「でもこのまま掘り進めていって何もなきゃあ、地球を貫いて、ブラジルにまで行ったりしてな!」
「それは流石に俺も知ってるよ……。マントルがあるから途中で燃え尽きちゃうでしょ。それでなくとも日本の裏側はブラジルじゃなくてアルゼンチンやウルグアイに近い大西洋上だってネットで見たよ」
「……やはり今どきの小学生は意外と淡白なんだな」
カケルの夢のない冷静な物言いに、晴明は客観的に見て自分が浮かれすぎてることに気づき、しばらく恥ずかしさで押し黙ってしまう。
が、彼の沈黙はそう長く続かなかった。ドリルの先端がカチーン、と甲高い音を発する。岩盤にでも当たったのかと思ったものの、そうでもなさそうだ。
モニタ越しに確認するそれは、一部分だけしか見えていないが、明らかに人工物にしか見えない金属の塊だ。鈍く黒光りするその物体をまじまじと見る。
「んだ? これは……」
「うわ、あからさまに怪しいよ……。爆弾だったりして」
「それにしちゃああからさますぎるだろー」
「まああからさまだよねー」
「「わはははは――ッ」」
張り付いた笑顔のまま二人は見つめ合い、無言でDビークルを後退させ、スイッチを勢いよく弾き上げる。すると側面天板部に位置する複数のハッチが開き、中から護符が射出される。それらがDタイザンの周りを囲むように宙に舞い、ぼんやりとした蚊帳のような膜、つまり結界バリアを展開させ機体を包み込む。
その一連のほんのわずか後に例の金属物は衝撃によりカッと白く光ったかと思うと、すさまじい威力で爆発する。
バリア越しに爆風が襲い、マシンの中の両名は大きく揺さぶられる。
「な、なんだなんだ!?」
「あっぶねぇ! バリアがなきゃDタイザンとはいえ持たなかったぞ……」
(明らかに部外者を拒む罠だ……! しかしなんだ、真意が分からん……)
飛び散る砂埃が視界を遮る。しかしそれがだんだんと晴れた時、およそ地底とは思えぬ眩い光がコクピット内に差し込んだ。その明るさはまるで太陽の下に照らされたのかと勘違いする程の眩しさであった。
「まさか!? マントルまで貫いちまったのか!?」
「そんなはずないよ、そこまで深く潜ってないもん!」
やっと目が順応してきた二人が見たものはマントルよりも衝撃的な内容であった。
見下ろす景色は、いわゆる古代遺跡のような石造りの代物ではなく、日本史の教科書で見たような《《木造建築》》が軒を連ねる姿であった。Dビークルでもやすやすと通れそうなほどの幅を持つ大通りがど真ん中にあり、それを挟むように規則的に並ぶ低層の建造物はまるで歴史資料館にでも迷い込んだのかと見紛う景色だ。
「なんだ……? さっきの爆発で地上に戻ったのか?」
「そんなはずは……。Dタイザンの深度計だって地下のほうに振ってあるからここは完全に地中だよ。にーちゃんの言ってた地下都市が本当にあったんだ!」
「しかし、思っていた都市というよりは城下街……って感じだな。お、降りるぞ……」
「うん……」
そういって晴明はDビークルを慎重に進め、ビークル下部のバーニアを噴射させながら、そっと通りに降り立つ。低い天井の存在が、かろうじてここが地下だと認識させるのだが改めて見回してみても、まるで地上に飛び出したかのような異様な明るさが2人を包み込み、頭を混乱させる。
「うーん、夢でも見ているのか? 狐につままれているのか? ……狸には化かされたことはあるが」
「とにかくすごい発見だよ! 地底にも文明があるっていう証拠がそろっているんだから! しゃ、写真に残さなきゃ!」
「あ、おい! カケル!!」
晴明がしみじみ眺めているとカケルは興奮しながらカメラを取り出し、勇んでコクピットハッチを開けて、外に飛び出そうとする。
その首根っこを捕まえて、晴明は静止させる。
「まて、うかつに飛び出すな! さっきみたいに爆弾がないとも言えないんだぞ!」
「う……。そ、そっかぁ……」
「妙だ。さっきから人っ子一人見当たらないはずなのに、ずっと見られているような……、気配だけはするんだ……」
「気配……、地底人ってこと?」
「分からん……。分からんが、警戒するに越したことはないな……」
古い長屋から無数の目に覗かれているような気味の悪さを背中にじっとりと感じながら、晴明は赤外線式マインサーチャーを起動し、機体を徐行させて進める。
ふと、キャノピー越しにゆららとうごめく何かが見えた。
「な、なんだ!?」
Dタイザンのセンサがかすかな電磁波を捉えた。同時に晴明の神経に気配がピリリと感じられることから、確実にそれらの正体が霊である証左となる。感覚を研ぎ澄ますことによって、それが確実な悪意へと変わる瞬間がわかった。
突如として、Dタイザンへ白く鋭い切っ先が伸びる。
ビュッ……ザンッ!
ビークルの状態でかつ狭いこの場所では、素早く動くことができないまま、ショルダ・ブラスターの砲身が切られる。
「チィ、クソッ!」
「い、今の何!?」
初撃をかわせなかったことが晴明にわずかな隙を作らせる。気づけばビークルは四方を囲まれていた。日本刀のようなものを片手に、鎧兜を身にまとう無数の骸の幽霊がボウッ……と立ちすくんでいる。しかしそれらがただ、突っ立っているようには思えない。
気を緩めれば、即座に攻撃を仕掛けて来るのでは、と思うほどにピンと張りつめた空気を醸し出していた。
それにもう一つ、気づいたことが、
「奴ら、デカいな……」
「た、確かに……。三、四メートルはあるよぅ」
よくよく観察するとこの大通りも家屋も幽霊の姿も、そのすべてが一回り大きいのだ。
いくらビークルのほうが巨大とはいえ、向こうが晴明らを威圧するのには十分なサイズであった。
その間にもじりじりと甲冑の骸骨は間合いを詰めて来る。Dタイザンもフォームを人型に変えてしまいたいところではあったが、さすがにその巨躯では天井を崩落させ、生き埋めになる恐れがある。
ぐっと、息をのんだ瞬間、骸が一斉にDタイザンめがけて飛び込み、袈裟切りを行う。
ガキィン!
周りに衝撃波を与えるかの如く響く高音は、気を貯めていた晴明が刹那的に展開したバリアから発せられたものだ。なんとか攻撃をしのいだ。だが明らかに、念の込められた相手の刀剣は尋常でない強さを誇る。刃を立てられている複数個所からピシピシと音を立て、バリアはいずれ破られる。そうなれば彼らはただなぶり殺しにされるに違いない。
「効くかどうかはわからんが、一か八かだ! カケル、しっかりつかまっていろよ。しゃべると舌ァ噛むぞ!!」
「――ッ!?」
そういうと晴明は「うおおお!」と雄たけびながら、アクセルペダルを明いっぱい踏みながら、操縦桿を前後互い違いに倒しながら機体をその場で高速回転させる。
同時にトゥートップ・バルカンを乱発させ、自らバリアを砕く。その破片と弾丸が予測不可能な動きをとり、複数の敵を貫く。
これら一連の攻撃は相手が強力な悪霊であれば期待はできなかったが効果はあった。骸にヒビが入るとバラバラに崩れ落ちる。
『キャァァァァ!』
吐き気を催すほど、気持ちの悪い断末魔を聞くや否や、残骸になった奴らはボンと破裂して煙を立てながら消える。晴明はブレーキを踏み抜きビークルを緊急停止させる。カケルが座席から転がり落ちるが、そんなことに構っている場合ではない。
幽霊どもが消えた箇所にわずかな隙を見出し、スロットルをあけてマシンを飛ばす。
「にーちゃん! な、なんだよこれ!?」
「俺にだって分からん! 分かるのは俺たちを敵と認識して始末しようとしてるってことだけだ。とにかくここから離れるぞ!」
バリバリバリと音を立て、木造建築を巻き込みながら直進するDタイザン。その建物からもさらに鎧の骸骨が姿を現し、出てきては晴明たちに迫りくる。
「……怖いよ」
「俺もだ。 ……ここで他の武器なんて使おうもんなら天井が崩落しかねん! 照明弾を使うからな、カケル目を瞑れ!」
バシュッ――ビカッ!!
先ほど護符が放たれたところと同じ、ビークルの天板から音を立てて発射された照明弾。それが空中で爆ぜると驚くほどの眩い光を放つ。周りがいくら明るくとも、また目をふさいでいたとしてもまぶたを貫通するほどの光は思った以上の効果を上げる。晴明らを追いかける霊たちは再び『キャアァァァァ!!』と苦しむように金切り音のような悲鳴を上げる。一心不乱にマシンを走らせ、大通りを抜けると、もう追っ手の姿や建物は見当たらない。少し開けた広場にポツンと佇んでいた。
短時間の出来事であったが、晴明たちをどっと疲れさせるには十分すぎるほどに十分だった。
引き続き第15話後半もお楽しみに!!
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