第14話 甲子園のアイドルを打ち取れ!②
「ついに奴が投げる番が来たな」
観客席の後方には人知れず腕を組みながら試合を眺める榎戸と水晶の中のエレメント・ジャシーンの両名がいた。
『阿倍野晴明のあの様子だと、既にヘルガイストの存在に気付いておるな』
「かもしれない、動くなら初回しかない。奴の打順は三番だから、そこで仕掛けよう」
『よかろう、ヘルガイストの養分は十分過ぎるほど溜まった。今や彼奴《太田》は、自分の意識下で身体をコントロールできないことさえ分かっていないはずだ』
ジャシーンの眼の怪しい揺めきの向こうには今にも消えそうなほど線が細い青年の魂が映し出される。
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夕柳の攻撃が始まる。ベンチから晴明は、蜃気楼をまとったような太田の姿にジッとにらむ。
先頭打者の構えに応じて捕手がサインを出しているようだが、太田の視線はどこか違う方を向いているように思えてならない。そしてグローブで口を覆いながら頷いた時、明らかに蜃気楼の方が先に投球フォームを取ったのだ。その光景におもわず晴明は目を疑う。
それは映像で確認した太田そのもので、まるでこれから投げる球を予測しているかのような動きであった。
そして、モーショントレスするかの如く全く同じフォームで投げる。
その初球はまっすぐ吸い込まれるようにミットへ収まる。打者もあえて見逃したという様な雰囲気ではない。見逃さざるを得ないといった様子だ。
「す、すげぇ……」
誰もがそのピッチングに目を奪われる中、晴明の視線だけは太田の向こう側に注がれていた。
気が付いた時にはすでに、太田と幽霊とのオーラというか精神力のようなものがまるっきり入れ替わっていた。
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前の2人をあっという間に抑えてしまい、三番の晴明へと出番が回ってくる。打席に立つと一層ヘルガイストの姿がはっきりと見え、あえて視線は逸らすものの、今にも眼が合ってしまいそうなほどだ。というより、おそらく向こうもこちらの存在には気付いているはずだ。
先ほどまでと同じように、太田は霊に指南を扇ぐ。晴明は警戒するが、向こうのそれでも狙いどころが分かれば打てる見込みはある。どこに投げ込んで来るのか、もはや太田ではなくヘルガイストばかりを見ていると、奴は自らの胸元をちょんちょんと指さしてにやりと笑う。
それには晴明も、太田さえも驚く。
「俺に、俺にブラッシュボールを投げろと言うのか!?」
ヘルガイストは頷く。
ブラッシュボール、つまり打者の胸元をかすめ、相手を驚かしてのけぞらせるための威嚇球のことである。ヘルガイストは明確に相手を晴明だと理解したうえで、挑発をしようとしているのだ。
(野郎……。だが、今の太田の精神力じゃヘルガイストに逆らうだけの気力は残ってなかろう……)
ヘルガイストは投球フォームをやってみせ、太田を催促する。彼は数秒の葛藤ののち、構えをとる。晴明の頬を冷や汗が伝う。
振りかぶった太田の手元から離れた白球はまっすぐ《《晴明の胸元へ》》、かなりのスピードで向かってくる。
(なにぃ!?)
予測よりも内角を上がり込んでくる球は相手の思惑通りに晴明をのけぞらせる。
キャッチャーも「えっ?」と声を出し、あわや取り損ねそうになる。
思わぬアクシデントによりみんなが騒然とする中、めぐるとサキが客席から康作に声をかける。
「ば、ばんちょー! あれって!」
「まさか、あの相手投手の人って」
「ん……。おおっめぐるちゃんにサキちゃん! そのまさかじゃと思う、晴明のやつ狙われたんじゃ……」
「こんなところにまでヘルガイストが……」
正体がわかったところで何もできない状況に歯がゆさをおぼえながら、ただこの状況を眺めるほかなかった。
「ボ、ボール!」
アンパイヤの声でのけぞった姿のままの晴明はハッとする。
疑いの眼差しで構えていなければ当たり前のように死球を受けていてもおかしくないような球だった。つまり向こうは完全にこちらが認識していることを理解っているということだ。太田の方を向くとやつれた顔がさらに青ざめている。つまりは彼はもはやヘルガイストの操り人形と化している。
長考していると後ろから「君、大丈夫か?」と声を掛けられ、晴明は「問題ありません」と応える。ヘルメットを正して再び打席に立つ。
向こうがその気ならこっちにも考えがある、と太田の傍に立つ悪霊をキッと睨みつける。それでもやはり、晴明を挑発するように笑い続けるヘルガイスト。
(今のが俺の球か……? すっぽ抜けたわけでもないのに何故相手選手の胸元に……?)
太田は自身の右手を見つめながらワナワナと震える。それまで指南役だと思っていたその存在に対し、全幅の信頼を寄せていたことに突如として恐怖を抱く。やはりこいつは自分の味方でも何でもないのだと、気が付く。
悪霊を振り払うべく肩を回してストレッチしてみせるが功を成さず、二球目も、そして三球目もブラッシュボールを投げ込んでしまう。そのうち一つは喉元をもかすめるが、晴明はそれを避け続ける。完全に太田は身体を支配され、操り人形と化していた。
こうもあからさまに危険球が続くと必然的に球場には大きなブーイングと落胆の声が響く。
その声が不調時のフラッシュバックを呼び起こし、マウンドに立ったまま次の球を投げられないでいた。
だんだんと周囲の声がどよめきに変わっていく中、晴明の声がそれを断ち切る。
「ここまでしておいてなぁに日和ってんだぁ!! もう一発ぶちかまして来い!!」
「おい、君……ッ!」
アンパイヤが注意しようとするが耳を貸すつもりもない。
太田も驚いてバッターボックスに立つ彼を見るがどうにもおかしい。《《自分に向かって怒鳴っている筈なのに目が合わない》》。視線が自分よりも右側、つまり悪霊に向かって啖呵を切っているようにも思える。
(あいつには、見えるのか……? コイツが……)
恐れおののいていると、悪霊が癇に障ったのか、普段通りの《《お手本》》をとるよりも先に、太田の身体を操作し、勝手に投球モーションに入る。
晴明はしめたとばかりグリップを握り神経を集中させる。
ビッ!!
投手の手から放たれた球は再び真っ直ぐ晴明を狙う。今度は胸元や首元ではなく、完全に頭部を狙って……。太田は今度こそ終わりだと感じ目を塞ぎ、あたりでは悲鳴も聞こえる。
だが、晴明は事もあろうに後ろへジャンプし、ボックスから出るか出ないかギリギリなところで構えると
「こんなハンパな牽制球、打ってくれよと言ってるようなもんだ!!」
カキィィィン! と、ヘルガイストの放つ危険球を捉え、あまつさえ痛烈なピッチャー返しにする。
念を込めたその一撃は、太田のほんのすぐ隣をかすめ、悪霊を貫く。
『ギャッ!!』
叫んだヘルガイストは霧散して太田の身体から離れていく。急に力が抜けてガクッとマウンド上に膝をおとすが、晴明には構う余裕などない。
散り散りになった悪霊は溜めに溜めた莫大な霊力を放出し、巨大化かつ実態として現れる。
短い時間の中であまりにも多くのことが起こり、あたりはパニックに陥る。
「そうだ、最初から男らしく正面切って向かって来いってんだ! 召喚! Dタイザン!!」
晴明の呼びかけに呼応するごとく、指先に挟んだ御札から放たれた光が点を貫き、バチバチと火花を散らしながら飛行機形態のDタイザン、Dフライヤーが球場上空に姿を現す。晴明が地面をけって飛び上がると、マシンから光が放たれて、吸い込まれていく。
「晴明ィ! ここから離れんと怪我人が出るだけじゃすまされんぞぉ!」
「ったりめぇだ。こんなとこで暴れられちゃあ防戦しながらで、こっちも敵わん。Dアンカーで奴を掴んで球場の外に放り出す!」
コクピットに着くと同時に、モニタに周辺の地図を映し出し、開けた土地を探す。ちょうど近くに緑地化によって作られた雑木林公園があった。
Dフライヤーの左右翼からピンチ型のワイヤーアンカーが発射されヘルガイストを捕える。暴れる相手に高圧電気を流し、動きを封じ込める。しかしそう長くは持たない。
バオッバオッとエンジンを吹かしながら上昇し、球場から飛び立つ。
しばらくはおとなしくしていたものの、林の直上で意識を取り戻し、ぶら下がったまま暴れ始める。
『……ッ! ギャァァァオッ!』
「クソ、限界か。アンカーアウト! イップスの選手を付け狙い、スポーツマンシップをも穢すヘルガイストめ、このDタイザンが胸の五芒星に代わって成仏させてくれる!」」
機体ごと振り落とされては元も子もないと、ヘルガイストの身を挟み込んでいたアンカーを切り離し、地面へと叩きつける。無論その程度で怯むはずもなく、空中に浮かぶDフライヤーに狙いを定めて豪速球の球体を発射する。
「性懲りも無く、また危険球を狙おうって考えだろうが、そうはいかねぇぞ! Dタイザン、ディフォーム! 出ろ、チェーンシャクジョウ!」
Dフライヤーはロボット形態に変わり、出現させたシャクジョウをバットに見立てて構えをとる。
ゴゥッ! と、飛んできた球をパカッと打ち返し、ヘルガイストをかすめる。
「お前が時の球なんざ、全て球種もコースもお見通しだ! 夕柳高のクリンナップを舐めるなよ!」
『ギギギギ……、グギャルルルッ!!」
怒りに震えるヘルガイストから再び発せられた球は、複数かつ連続でDタイザンに迫る。さすがに十数個の変則的な球では対処しきれず、もろに浴びてしまう。おまけに相手も学習したのか、仕掛けが施されていた。機体に触れた途端に爆発、直接触れていない球も誘爆し、Dタイザンが爆炎に包まれ、地面に落下する。
「う、ぐわぁぁぁッ!」
周りの木々にも火が移り、惨事に見舞われる。いくら頑丈なDタイザンとはいえ、爆発による外装の破壊に加え、これだけの火力にさらされては内部機器が耐火しきれず、各部の配線が溶け始め各所でシステムフリーズを起こす。が、かろうじて一部武装はまだ生きている。
「油断しすぎたか、消火ミサイル発射!」
腰部のポッドから放たれたミサイルが空中で炸裂し、粉状の消火剤を広範囲にバラまくと、機体に燃え移ったのも含めて一瞬にして鎮火する。
「打ち返せば何とかなるとは思ったが、触れた瞬間爆発するようじゃ対処のしようもねぇぞ……」
再び相手が爆弾を放とうとしたとき、聞きなれた怒号が晴明を襲う。
『ゴルァッ! 晴明、てめぇ夕柳の正捕手だろうがッ! そんな球ァ捕れないでどうすんだ!?』
一部始終を見ていたチームメイトや相手チーム、それに観客が見つめる中、拡声器を持った部長凌平がDタイザンに向けて怒鳴り散らしていた。
思わずそんな無茶なと思いスピーカーを通して反論する。
『そんなこと言ったって触れたら爆発しちまうんすよ! どうやれってんですか!?』
『この間抜け! お前は野球やるとき素手で球とんのかよ! 普段守備のとき何身に着けてんだ、このタコッ!』
「……? ハッ、そうか。ミット……。ミットだ! 部長、ありがとうございます」
何かを思いついた晴明は凌平に感謝し、ヘルガイストのほうへ振り向く。
『試合にも、ヘルガイストにも負けたら承知しねぇぞ!』
「わかってっすよ……。 ペンタグラムホールド!」
晴明の掛け声とともに、Dタイザンの胸の五芒星が光ったかと思うと、その星形のレーザーをてにとり、マシンの体制を低くして、今度はキャッチャーのような姿勢で対峙する。
ヘルガイストからは容赦なく爆弾が放たれたが、晴明はそれらをどれも取りこぼすことなくペンタグラムホールドの中に収める。
全弾キャッチしてしまったことに榎戸は戦慄をおぼえる。
「こ、ここまでDタイザンを痛めつけてなお決定打にかけるのか……!」
『阿倍野晴明の能力の高さは認めていたが、想像のはるかに高いやつ自身の精神力とそれをカバーできるだけのDタイザンの機体性能も兼ね備えているとは……。これはまた日を改めるほかないか、水鏡』
「くそっ……。あと一息ってところを……」
榎戸に加え、ジャシーンも歯噛みしながら、もはや結果は見えているとその場から立ち去る。そんなことをつゆも知らない晴明はやられた分をきっちり清算するかの様に
「どうやらあまりいい投手じゃないようだな。どれ一つストライクゾーンに入ってないぜ。そら、これまでの分も含めてお返しだ!」
と言うと、無数の爆弾が固められた五芒星を振りかぶって投げつける。Dタイザンから放たれた火の玉ストレートが悪霊に命中し、レーザー内に閉じ込めて、すさまじい爆発を引き起こす。と同時にアミュレットを取り出しボロ雑巾のようになったヘルガイストへ突きつける。
「ドーマンセーマン、現世の恨みごとヘルガイストを燃やし尽くしてしまえ! 必殺、エクスペル・バーン!」
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『大きなアクシデントにも見舞われましたが、無事再開。甲子園予選大会第三回戦もいよいよ大詰めです。九回ウラ2ストライク2アウト、1-0と英智高校リードのまま迎えたこの場面で、先ほどヘルガイストによるトラブルに巻き込まれていたものの、文字通り憑き物が落ちた英智の投手太田君と夕柳の捕手にして先ほどDタイザンでそのヘルガイストを退治した阿倍野くんの対決です。ここで阿倍野くんを打ち取れば英智が甲子園へ王手をかける!』
「……阿倍野、さっきはありがとう。でもそれはそれ、これはこれだ。この1球で勝負を決める。今度こそ、自分の意思で投げてみせる」
「……あたりまえだ。勝ちを譲ってもらおうと思って助けたわけじゃない。あんな状態じゃ真剣勝負なんてできやしないからな。全力で来てもらわなきゃそれこそ困るよ色男。うちの部長は怖いんでな」
「フッ、うちもそうだよ」
「ンンッ、今は見逃すが私語は慎むように」
「「すみません」」
アンパイヤに諭された二人は口先では謝りながらも謝る気など微塵もなかった。ただ目の前の戦いに全神経を注いでいた。そうして覚悟が決まった瞬間。太田の手からは白球が放たれ、まっすぐミットに吸い込まれ勝負が決まる。
晴明のバットを握る指がギュッと強く、そして熱くなるのを感じる。
「ゲームセットッ!」
夕柳高校の夏は終わった。
その後、華々しい復活をとげた甲子園のアイドル、エース太田圭一が、躍進に躍進を重ねた英智ナインに優勝旗をもたらすこととなったのは、言うまでもないだろう。
第15話もお楽しみに!!
次回更新は2026年8月29日(土)17時30分を予定しております。
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