第13話 ネジ一本の懐古録①
夏休み真っ盛りの朝、晴明がDタイザンの整備を終え、ワックス掛けに勤しんでいると、誰かが石段を登るジャリジャリという足音が聞こえてくる。こんな朝早くに誰だろうとじっと眺めていると康作の祖父、田端邦作だということがわかった。
近所でも有名な発明好きのじいさんで、よく何かを作っては子供たちに披露しているらしい。
「おう、晴明くん。朝から精が出るのお」
「あ、邦作さん。おはようございます」
農家を生業としているからか、歳の割には背筋をシャキッとさせたその老人は手に下げている紙袋から何かを取り出し、晴明に向かって投げる。孫《康作》にも引けを取らない良いピッチングだ。晴明がキャッチするとそれが豆大福であることがわかる。ラップに包まれたそれは市販品のものではなく、田端家で作られた自家製だ。
「ありがとうございます」
「かまわん、あとで食べられい。ところで晴臣のヤツはどこじゃ?」
どうやら晴臣、つまり晴明の祖父に何か用があるとのことだった。2人は旧知の仲で、今でもよく連んでいるとか。先日は老人会デビューを果たしたそうな。
晴臣はその老人会でやけにモテた自慢をし、祖母からローキックを喰らっている。
「ウチのじいちゃんなら今出かけてますよ。すぐ帰ってくると思うんですがね」
「そうか、ならここで待たせてもらうとするかの」
邦作はそう言いながら、その辺の岩に腰を下ろし、紙袋から豆大福を出して食べ始める。晴明は「茶でも入れてきましょうか?」と聞くが、邦作は「ええよ」とそれを制止し、ワックス掛けを続けるように促す。
「しかしDタイザンを大切につこうてくれてるようじゃな」
「よく無茶はさせますけどね」
「いやいや、晴明くんはまだええほうじゃ。晴臣のヤツのほうがもっと雑に扱っとったけぇの」
邦作はDタイザンを眺めながらしみじみと言う。ある程度の整備を終えた晴明はジャージのケツポケットに軍手を突っ込むと、ピョンと飛び降りて、適当なところに腰を下ろす。小休暇を挟もうと、もらった大福のラップを剥がし、かじりつく。自然な優しい甘じょっぱさが、汗をかいた身体に沁み渡る。
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「そういやDタイザンって邦作さんが作って、ウチのじいちゃんが操縦してたんすよね。当時はどんな感じでしたか?」
前々から聞いてみたかったDタイザンの話を、今がちょうど良いタイミングだと思い、問いかける。
それこそ晴明の父親が生まれるよりずっと前からあるほどだ。
「ん? あぁ、あの頃の話か。あの頃はまだ日本各地に悪霊が出現してたような時代でな。晴臣のヤツが日本中を飛び回れるようなものを作れと言ってきよったんじゃ」
「それであんなもの作り上げたんすか?」
半分呆れたような口調でDタイザンを指差す。
「まあ若かったっちゅうのもあるわな。コイツはワシにとっての最高傑作と言っても言い過ぎじゃないけんの」
「――改めて思い返すとすげぇよな。こんな複雑なマシンを何十年も昔に作ってんだもんな。今の俺や康作じゃあこうはいかないだろうな……」
晴明は邦作の話に感嘆を漏らす。ちょっと自虐気味な言葉に笑いながら、邦作は自身の頭をトントンと叩いて、「お前らとは、ここの出来が違うわい」と茶化して言う。
事実そうなのだから否定はできない。手先の器用さは康作だが、頭の良さは妹のいなほが継いでいるように思える。邦作は「しかし――、」と言葉を続ける。
「当時大学生じゃった頃は晴臣の奴が少し羨ましかったわ」
「ウチのじーちゃんが羨ましい?」
「ワシはその時、大学で学んだことを活かして技術者の道を進むか、親の跡を継いで農家になるかを決めあぐねていたころじゃったからな。両親はその当時としては珍しく、農家の跡継ぎを強要してこんかったんじゃ。それどころか、ワシがやりたいことを好きなだけやればよかろうとまで言ってしまう始末でな」
「信頼されてんだ」
晴明の言葉に邦作がニコリと笑う。
「そうじゃろうな。けど農家の仕事も嫌うとったわけじゃないからの。むしろ好きじゃった。そうやってワシが進路に悩んでおる間に、確固たる意志を持って神社の跡取りになった晴臣が輝いて見えての……。本人はそれしか道がない、なんて照れ隠ししようたがな。Dタイザンを作ろうと思ったきっかけは、ある意味アイツに対する敬意の念があったんかもじゃろう、晴臣の思いに報いてやろうっちゅう」
「で、邦作さんは結局どうしたの? 今じゃ農家さんやってるけど」
「二足の草鞋を履いてやろう思うてな、農業をしながら技術者の道に進んだったわい! 案外、テクノロジーと農作業は切っても切れん縁があるからの! 時代と共に農業は進化する。道具然り、天候管理然りテクノロジー様様じゃ!」
邦作は残りの豆大福をヒョイと口に運び、手についた粉をはたき落とすように膝をパンッと打つ。そしてズボンのポケットをゴソゴソといじり、取り出した何かを手のひらの上に乗せる。どうもなんでもないような市販のビスにしか見えないが、それをじっと見つめながら昔を懐かしむような遠い目をして話し始めた。
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「おい、邦作! 近所の工務店から板金もらってきたぞ!」
とある工場跡の倉庫に走ってくる人影が一つ。彼は重い鉄の扉をガラガラと開けて嬉しそうに大きな声を上げる。その声が倉庫中に反響すると、奥の方でひょっこりと誰かが姿を現わす。作業着を機械油で汚したその人物も満面の笑みを浮かべながら図面を見せつける。
当時すでに親の跡を継ぎ神社で働いていた晴臣と大学で機械工学を学んでいた邦作の2人は、とある計画を練っていた。すなわち『Dタイザン』製作の計画である。
「来たな、晴臣! こっちもついにロボットの図面が完成じゃ!」
「どれどれ、D……タイザン? これがこいつの名前か?」
「ああ、そうじゃ。コイツは陸空海、それぞれの用途に合わせて4段階に変形するんじゃ」
「変形だと!?」
邦作は作業台へと移動するとその上にA0サイズの大判の用紙、つまりDタイザンの青写真を広げてみせる。図面を見ても何が何やらサッパリな晴臣は細かく引かれた線に目を回すが、対する邦作はまるで小学生のように目をキラキラと輝かせながら説明する。
確かに素晴らしい出来ではあったが、ある一つの不安がよぎる。
「……で、俺たちだけで実際作れるのかよ?」
晴臣が見てもわかるのはその大きさだった。20メートルを超えることに度肝を抜かされていた。
が、しかし邦作は呆れたように言う。
「アホ言え。こんなもの2人で作れんのは十分に理解しとる。じゃが安心せぇ、夕柳の商工会や建設協会にも根回しはしとる。Dタイザンが完成のあかつきには夕柳町全体が潤う、っちゅう風に言うて職人を寄越すように話はつけて来た」
「……流石だよ」
そんな口八丁手八丁で大人たちを動かすような営業力を持つ、恐ろしく頼りになる友人の笑顔を見て、晴臣は思わず苦笑いする。しかし事実、昨今の日本全国に現れる悪霊の被害は深刻化しており、早急にDタイザンのような存在が必要とされていた。
各地ではすでにそれぞれがそれぞれの方法で悪霊払いをする者たちが現れているほどだ。
無論、晴臣たちもその1人である。
「早速これを複製して各所に配る。そしたら製作開始じゃ」
「ああ、今から待ち遠しいな!」
真夜中に2人の笑い声がこだまする。その日、廃倉庫が『夜な夜な謎の笑い声が聞こえる』心霊スポットになったのは言うまでもなかった。
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数日が経ち、材料と人手が揃うのもそう時間がかからなかった。倉庫いっぱいに人、物が溢れる。
晴臣の想定よりもはるか多くの人が、それも休日だというのにもかかわらず駆けつけて集まって来ていたので驚いた。
祭りや祝い事がある時には阿倍野神社へ足を運んでくれるため、みな顔見知りではあるものの、やはりいざこの光景を見るとさすがに気が引けた晴臣は恐る恐る訊く。
「本当に良かったのかよ……。明日だって仕事もあるんだろ?」
「いいってことよ。こちとら氏神様《阿部野神社》に納めるものを作るってんだ。仕事のゲン担ぎにはちょうど良いってもんよ!」
「そうそう。それにオメェたちはみんなが困ってんで、助けようとしてんだろ? 立派なことじゃねぇか。その心意気に答えたいと思ったまでよ!」
「だよなぁ、みんなァ?」の言葉に男たちは「オォッ!」と、力強く答える。その答えが何よりもの説得力だと。そして確信する、この魂が『Dタイザン』を素晴らしいマシンに作り上げると。
やはり人手の多さと言うのは武器だ。晴れの日も雨の日も関係はない、1つの住宅が経つほどのスピードで、あっという間にDタイザンが形作られて行ったのだ。ある職人は足場の敷設を、またある職人は機械仕掛けや電気配線を、そして外装・内装……、と。
倉庫の表にそびえる巨大なマシンは凛々しく悠然としたさまを感じさせる。
「田端のところのせがれはやるなぁ」
「あぁ、親父とは頭の違いがえれぇ違いでぇ」
「ちげぇねぇや!」
目の前に出来上がって行くマシンと比較しながら、職人がみな邦作の引いた図面の完成度の高さに感心をおぼえる。本人も褒められて悪い気はしない。晴臣に向かってはにかみながらVサインを送る。彼にとっては自身の夢に近づくその一歩の様なものである。
散々褒めちぎられて流石に恥ずかしくなり、照れる邦作の脇を晴臣が小突く。
「よかったじゃねぇか。作り手として本望だろ」
「まぁな。じゃが晴臣、コイツはお前が動かしてやっと完成するんじゃ。ワシらの努力が報われるか、水泡に帰すかはお前さんにかかっとる」
「へっ、お前は俺を誰だと思ってるんだ。完璧に乗りこなして見せらぁよ」
そう言って、晴臣はDタイザンのピカピカなボディに手を触れる。金属特有の冷たい感触がしたが、何か熱いものがこみあげていた。
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Dタイザンはついに完成した。
竣工式を行おうと、倉庫前には今度の製作に関わった人間が集まっていた。近所の寿司屋まで景気良く、握りと酒まで用意しているのをみた晴臣は(宴会をするのにちょうどいいネタに使われたのでは?)とも思ったが、後々からも相伴にあずかろうと考えていた。
そんな折、商工会の若い衆が血相を変え、息せき切って倉庫にやってくる。
「隣町に化け物が現れたって! それも山みてぇにどエラデカい奴が」
「何! 被害は?」
「数人が襲われてケガをしとる」
マシンの完成とともに近所で悪霊が現れたとの報告があった。不謹慎ながらも良いタイミングだと、会話を聞いていた晴臣と邦作は顔を見合わせて強く頷く。
「早速出番が来たようじゃな」
「あぁ、サクッと倒しておっさんらを喜ばせてやろうぜ」
「一応内蔵する武器は分かっとろうの、まずショルダ・ブラスターが……」
「何回も言わなくったって大丈夫だっての、一通りは頭の中に入れてある。必殺の技は最後に取っておくんだろ? じゃ、行ってくる」
晴明は親指を突き立てDタイザンの足元に立つ晴臣。Dタイザンの胸元から晴臣に向けて光が伸び、彼をコクピットへと吸い上げた。シートに座った晴臣はスイッチを押して火を入れる。
ドゥドゥ……と、エンジンの重低音が鳴り響き、ワァッと歓声が上がる。
「よし、立ち上がりは上々よ! 頼むぞ、新しい相棒よォっ!」
晴臣の言葉に返答するかの如く、カメラアイがキラリと光り、Dタイザンは初めての一歩を踏み出す。そこでさらにひとしきりの歓声が上がる。
邦作からの無線指示が入り敵の出現場所を確認して、ペダルを踏み込む。
地面を蹴りジャンプするDタイザン、そのまま晴臣は思い切りレバーを引いて叫ぶ。
「Dフライヤー、ディフォーム!」
あっという間に戦闘機へと変形し、鷹のように鋭く空を切って飛んでいく。その雄姿を眺めながら邦作たちは手を振って見送る。
Dフライヤーはヒューッと飛行機雲を残して現場へと急行する。
第13話後半もお楽しみに!!
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