悪夢は続く、どこまでも
署内には当直以外は帰宅しているのか静かである。その静かな署内の休憩室にて取り調べを終えた利たちはこれまでの話をまとめる。
「事件はこれで解決したが、読川の死の真相が残っている。情報から読川は晴林に弱みを握られていた。そしてなにかしらのいざこざがあり、読川を晴林が自殺に見せかけて殺害した。インサイダーの件を絡めると晴林は読川を使って会社の内部情報を手に入れた。殺害理由もそのことが原因かもしれん。」
利の推理に秋津も反論がないようで頷いている。ただ、利自身は自分の推理に納得できていない。
「残る疑問は、内部告発者が誰かという点とあのアキラという女が何者でどうやってあの空間のことを知ったのか。」
当然、利はそのことを聞いたが、彼女は答えなかった。黙るということはなにか重要なことがあるという裏付けにはなる。
「考えてもわからないな。とりあえず、今日は帰るか。」
時刻はもう日付が変わる直前まで差し掛かっていた。帰ろうとする利に対してどこか不安げな表情をする秋津は問いかける。
「なあ、駆琉。私もあんな目をしていたのか?」
友人を失っただけでなくそれが殺人だと知った状況は秋津にも当てはまる。あの目—悲しみと苦しみ、後悔そして憎悪が合わさった目を利は知っている。利は本当のことを伝えるか悩んだ末に言った
「ああ。」
利は短くそう答えた。
次の日になり利と秋津は昨日のことを山田たちにも伝えた。その上で今後の方針を相談する。
「これで幽霊事件は解決だが、これで終わりにはしない。だが、正式な捜査ではない。その上で全員には続けるか個人の判断に任せる。」
場合によっては処分の可能性もあると考えた利は選択の機会を与えたが、どうやら必要ないみたいだ。みな、覚悟が決まった顔をしている。
「よし、では山田と上条はマンションに関するすべてを集めろ。なんでもいい。設計図、過去の売買取引、すべてだ。」
元気よく頷いた二人は早速、取り掛かる。すると利の携帯に電話がかかる。呼び出し名は藤木部長とある。
「はい?」
『話は聞いたわ。事件を解決したそうね?まさかだとは思うけど読川の件の捜査を続けているわけじゃないでしょうね?そこは金融庁の捜査に立ち入ることになるわよ。』
「‥‥まさか、電話はそれだけですか?」
『いいえ、あなたに頼まれた件についてよ。‥‥それと途中で放り投げたら許さないわよ。』
どうやら、見抜かれているようだが、なにやらお許しが得られたらしい。
利は秋津を連れて静岡に来ていた。ここに来た理由は読川のご両親に直接、会うためであった。記録にある住所に着くと一軒家が建っており表札には読川とあった。利はインターホンを鳴らすと女の声で返事が返ってきた。
「警視庁の利です。佐代里さんの件でいくつか確認をしたいことがあります。」
少しすると玄関ドアがひらき、少し老いた女性が現れた。
「中へどうぞ。」
リビングに通された利たちはテーブルに促され席に着く。読川の母親はお茶を差し出すと自身も椅子に座った。
「娘について今更、警察の方がなんのようですか?」
「すみません。突然押しかけてしまい。実は、佐代里さんのご友人を名乗る人物が警察に逮捕されてしまいましてその確認でこちらに伺いました。アキラという名前の女性をご存じですか?」
「いえ、わかりません。もしかしたら芳名帳に名前があるかもしれません。少々、お待ちください。」
しばらくすると再び戻ってきた母親は利たちに芳名帳を出す。
「拝見いたします。」
利は一枚一枚名前の記載を確認していく。その中から該当する人物を見つけた。
「あった。昌とある。これを見ろ。」
利はその名前を秋津に見せる。その名前を見た秋津は驚いた。
「黒木昌、黒木ってあの黒木か。」
「ああ、間違いないだろ。すぐ下に黒木義明もある。あの女性は黒木の妹さんだ。」
秋津は予想外の人物の登場に驚いていたが、利は左程驚いていない。利は母親に質問をする。
「この黒木とはどういったご関係なんですか?」
「義明くんは娘の婚約者でした。今、言われれば妹さんもいました。娘の葬式以来、お会いしていないのですが、なにか娘についてなにか進展があったのでしょうか?」
「すみません。それはわかりません。ただ、なにか関係している可能性があります。」
利の言葉を聞いた母親は目を大きく見開き、利に詰め寄る。
「娘はやっぱり殺されたのですか!?」
「殺されたとはなにかご存じなのですか?」
母親は視線を少し逸らし黙り込む。それを見て利は確信する。
「黒木から連絡があったのですね。」
「先ほど、無念を晴らすと‥‥」
読川の実家を去った利たちは車で東京に戻る。その途中、利の携帯に電話がかかったが、運転中であるため秋津にスピーカーにして出てもらった。どうやら上条からのようだ。
『不動産屋にあのマンションについて聞いたら建築の際に最上階はロフト付きで大きく作る予定が現場のミスやら設計ミスやらで使えなくなって塞いだらしいです。それと六年前、前の前の大家が脱税で捕まっていました。調査資料にはあの空間に証拠を隠していたとありました。』
「なるほど、わかった。国税に当時の調査官を問い合わせてくれ。それから黒木の居場所も確認してくれ。」
『黒木ですか?わかりました。』
電話を切ったあと秋津は利に質問をする。
「黒木が怪しいことを初めから知っていたのか?」
「確証はなかった。顔の広い藤木部長に金融庁の担当者に聞いてもらったんだが、インサイダー取引の捜査は内部告発者による通報だったが、黒木が持ってきた案件だったらしい。だが、黒木は何をしたいんだか。」
黒木は嘘をついていた。だが、なんのためにその必要があったのかわからない。その時、取り調べ時の昌の顔を思い出す。秋津の表情に似ていると思っていたが、鮮明に思い出してくる。あれは秋津があの時、一人で飛び出して行く前と同じだ。何かを成そうと—。
「しまった!」
利はそう叫ぶとアクセルを踏み込む。利の反応に秋津は驚く。
「ど、どうした⁉」
「やられた。薬物課の刑事を呼んでくれ。」
「どういうことだ?」
「黒木昌はあの時証拠があるという自信に満ちた表情をしていた。あれは単なる自信じゃなかった。あったんだよ。実際に。」
警視庁に戻ってきた利たちはちょうどマンションで現場検証を行った薬物課から連絡があった。
『ブツは見つからなかったが、部屋のあちこちに微量ながら、覚せい剤の反応があった。それから、我々が到着する前に金融庁の証券検査官が一人家宅捜索に来たらしい。』
利は一言、感謝を述べて電話を切るとすぐに所轄署の刑事に電話を掛ける。すぐに晴林の身柄を確保するように伝えたが、
「退院しただと⁉」
『ああ、もう事件は解決したし、本人が希望してさっき退院した。』
「今すぐ探し出してくれ。大至急だ。」
オフィスに戻ると上条が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「当時の国税官に黒木の名前があって黒木は今日はまだ、来ていないって言うんです。なにがどうなっているんですか!?」
混乱する上条を利は落ち着かせる。
「今は落ち着け。黒木を重要参考人で引っ張る。お前たちは晴林の捜索にあたれ、所轄には連絡してある。」
混乱しながらも気を取り直す上条と山田を行かせた利は黒木の捜索を考える。
「彼は次になにをする。証拠をつかんで警察に行くわけではない。まさか」
利の頭では最悪の状況が浮かんだ。
「駆琉、黒木の居場所だが、妹に聴いてみよう。私に任せてくれ。」
秋津は鋭い視線を決意に満ちた表情で利を見据える。




