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ノルン  作者: 不知火桜
case2 幽霊退治
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25/25

ありがとう

 黒木昌と再び取調室で対面する秋津は真剣な眼差しで相手を見据える。以前、会ったときと少し雰囲気が変わり、どこか余裕のようなものを感じる。非常に難しい取り調べになることは分かっているが、秋津の要望通り、ここは彼女に任せることにした利はマジックミラーの向こう側から様子を伺う。

「黒木昌さん。あなたのこととお兄さんの事はもうわかっている。あなたが、あの空間の存在を知ったのはお兄さんが国税でマンションの構造を知っていたから。そして、あなたは読川とは友人と言ったが、正確にはお兄さんの婚約者、将来、義理のお姉さんになる予定の人物だった。あなたたちは読川を殺した犯人である晴林の犯行の証拠を欲した。あなたは証拠を回収し、持ち出すことが役割。お兄さんはマンションの外側からの監視と証拠をつかんだ時の合図を確認すること。壁面にある小窓とあの空間がわずかながら通じて外と意思疎通ができることは確認済みだ。ここまででなにか間違っていることはあるか?」

 秋津はこれまでの捜査情報を繋ぎ合わせて説明する。そうすることでこちらは全てを知っていると相手へのプレッシャーにもなる。予想通り、彼女が動揺していることがわかる。秋津もその反応を見過ごさなかった。

「あなたたちはその証拠を警察に提出することはしなかった。その証拠は自分たちを納得させるためのものだった。どうしてそんなことをするのかは私にはわかる。」

 秋津は彼女の眼を見ているとまるで鏡を見ている気がしてきた。

「私もあなたと同じ経験をしたことがある。」

 俯いていた昌は顔を少し上げ、秋津をみた。

「私も、大事な友達が殺されたことがあった。私もあなたと同じように犯人を憎んだ。だが、殺してもなんにもならない。残るのは無だけ。」

 昌はそれを聞いて机を叩きつけて立ち上がった。その顔は内にある様々な感情が入り混じったものとなっていた。

「それでも私たちはやらないといけないの‼佐代里さんの仇がとれるならその代償も引き受けるわ‼」

 対して秋津は落ち着いた表情で言う。

「いや、あなたに残るのは無力感。私の友達を殺した犯人は私じゃない人に殺された。その人は私と同じ気持ちを抱いた人だった。そしてやり遂げた。そのあと待ち構えていたのはただの殺人鬼として扱われるだけの世界。真実も嘘すらも何もかもはっきりしない。そしてそれをただ、眺めることしかできない。あなたに待っているのは復讐をやり遂げたお兄さんがただの犯罪者で言われもない言葉を投げられ続けられるのを変えることができないまま死ぬまで見続ける世界。」

 秋津の言葉に彼女は脱力するかのように座り込む。

「まだ、いまならお兄さんを止められる。お願いだ。お兄さんが最後になにをしようとしているのか教えてくれ。」

 彼女は再び秋津の眼をみるとそのまま泣き崩れるのだった。



 静岡県内 某霊園

 もう日が沈み、暗闇を月明りだけが照らしている。こんな時間に墓地に人は本来、いないが、一人男がとある墓の前に立っている。墓には読川家と書かれている。その男—黒木はずっと誰かを待っているようだ。そんな彼に近づく人物がいた。

「ここに晴林は来ない。」

 暗闇から現れた利に黒木は顔を向ける。反対側からも秋津が現れ、逃げ道を塞いでいた。ただ、黒木に逃げる様子はない。

「全て妹さんから聞いた。あんたは晴林を手に入れた証拠でここにおびき寄せる。そして、復讐を遂げようとしたな?」

 失敗したとわかった黒木は空を一瞬、仰ぐと語り始めた。

「佐代里の元気がなくなっていることには気が付いていたが、俺はなにも知らなかった。佐代里が自殺してからしばらく経っても後悔し続けた。なんでもっと気にかけなかったのか。そんな中、昌が打ち明けてくれた。怖くて今まで見て見ぬふりをし続けたが俺の姿を見て話してくれた。すべてを知っていた昌の方がよっぽど後悔していた。」

 黒木は懐から煙草を取り出し、火をつけて一服した。

「それからあいつについて調べた。あいつは佐代里を汚しただけじゃなく、金儲けにも利用した。なによりも許せなかったのは佐代里の住んでいたところに住んでいたことだ。殺人犯がのうのうと殺した佐代里の家に住んでいるんだ。」

 黒木の顔は憎しみでいっぱいなのがわかる。愛する人をここまでコケにされて黙っていられるはずもない。

「あの天井裏は国税に居た時に知った。最初は俺があそこで張り込む予定だったが、昌が償いたいと言って譲らなかった。結果、証拠はあった。もうあいつを疑う余地はない。警察はすでに自殺として処理している。それにあいつの罪は法で裁くには生ぬるい。警察であるあんたらにはわかるだろ?」

 人裁くことができる法は常に正しいとは限らない。被害者に関係者にどれだけの苦痛を与えても法で裁けないときもある。利にも警察官をやっているとそのような経験がある。

「それでも、人を裁くのは法でないといけない。法を無視すれば始まるのは終わらない憎しみの連鎖だ。法はその連鎖を止める最後の防波堤だ。」

「なら‼あいつをどうやって裁くんだ⁉人殺しすら裁けない法になんの価値がある⁉」

 黒木は感情を爆発させた。しかし、利はそれを冷静に見据える。そしてある事実を述べる。

「晴林は人を殺していない。」

「え?」

 利は真実を語り始める。

「検死の担当者に問い合わせた。検死の際、薬物検査は行われていた。結果は反応なし。晴林が覚せい剤を使って眠らせるようなことはしていない。それからもう一つ、晴林がすべて自供した。あの日の出来事について」

 ここに来る直前、晴林は確保されていた。そしてこれまでに分かっていることを伝えたら諦めてすべて自供した。

「あの日、晴林はたしかにあの家に来ていた。だが、その時には読川は自殺していた。その際、机にあった遺書を持ち去った。遺書は別のところに隠していたのを証言にあった場所の通りにあり、回収した。筆跡から本人で間違いない。遺書にはインサイダーに関わったことの告白とあんたへの謝罪だ。晴林とのやり取りを印刷した紙も一緒に入っていた。・・・・・黒木、読川は自殺だったんだ。」

「じゃあ、あいつの行動はなんだったんだ⁉」

「晴林は読川に恋愛感情を抱いていた。異常なほどに。たまたま、大学で妹さんと一緒にいるところ見たのが始まりだったそうだ。インサイダー取引をさせたのは二人の将来のためのものだったと本気で思い込んでいた。あの写真は二人との愛の証明、読川の家にわざわざ、移り住んだのも彼女を感じるため。常軌を逸した行動だった。ただ、それだけだ。」

 黒木の予想とは全く違う真実に彼は愕然とする。だが、晴林の行動が決して許されないのは事実だ。

「晴林は覚せい剤を使って読川に似た女性に同様の事をしていることがわかった。晴林はその件についても裁きを受けることになるだろうな。」

「じゃあ、佐代里への罪はどうなるんだ?」

 黒木は声を震わせながら利に尋ねた。

「読川の自殺の真相は必ず、法廷で明らかにさせる。法の範囲内で最大限にその罪を背負ってもらう。だからあんたも裁きを受けろ。」

「失礼。」

 黒木に近づいた秋津は彼のそばにあったバッグを素早く回収する。中を覗くと包丁が入っていた。利も彼に近づき、手錠を取り出した。

「黒木義明。銃刀法違反の容疑で現行犯逮捕する。」



 警視庁に戻ってきた利は藤木に一連の報告を行う。

「——以上が事の経緯です。」

「ご苦労様。」

 藤木はそう言うと長い足を組みながら腕を前に組んだ。

「それで、どうして銃刀法で逮捕したの?」

「殺人予備罪の成立が難しいと思ったからです。それに彼らはすでに罪を背負っています。」

「罪?」

「はい、彼らは救えたはずの読川を救えなかったという罪を背負っています。本人たちもその自覚があります。これにくそ野郎への罪までも背負う必要なないでしょう。」

 顔色一つも変えることなく言い切る利に藤木は笑顔を見せる。

「それが本音ね。いいわ、検事には私から話しておく。もう行きなさい。」

「ありがとうございます。」

 執務室を出ると秋津が待ってくれていた。一緒に廊下を歩き始めたタイミングで秋津が話しかける。

「上条はやはり落ち込んでいたぞ。」

「やっぱりそうか。」

 友人が捕まればそれはショックだろう。

「だが、これで私と同じ思いをさせなくて済んだ。」

 秋津は悲劇を止められたことに安心していた。そんな秋津に利は気になることがあった。

「やっぱり、後悔しているのか?」

「それは穂香を助けられなかったことか?それとも粋川を助けられなかったことか?どちらにしろ、私の答えはYESだ。後悔はしている。ただ、浸ってはいられない。浸るのは事件を解決してからだ。」

 秋津には強い決意があるようだ。ただ、利はそんな秋津を心配していた。しかし、利はそれを口にはしなかった。

「そうだな。だが、休息は必要だな。幽霊事件は解決したからゆっくり休むか。」

 利は背伸びをしながら廊下を歩く。早期解決したが、疲れるものは疲れる。すると今にも小さく消え去りそうな声がした。

―ありがとう―

 利は振り返ったが、そこには誰もいなかった。

「どうした?」

 立ち止まった利に秋津は不思議そうに言った。

「なんでもない。」

利は少し笑うと再び歩き始めるのだった。


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