終わらない物語
次の日
粋川の葬式がひっそりと行われた。両親はすでに他界しており、あんなことがあったからか他の親族は無視を決め込んでいる。参列したのは秋津と利、そして——
葬式が終わり、利は三人目の参列者に話しかける。
「あまり面識のない人の葬式に来てくださるとはお優しいのですね。神結清十郎さん。」
静かに座っている老男はこちらに顔を向ける。
「いやいや、娘の友人なんだ。来ないわけがない。」
「本当にそれだけですか?罪悪感でもあるのでは?」
神結は黙った。構わず話を続ける。
「佐藤穂香は二年前に売人を始めた。一般人がいきなり売人になれるわけない。だれかの紹介がいる。そういえば、神結さんは陸軍にコネがあるようで関王会の幹部の城島はそこで知ったのですか?」
「誰だね?その人は?」
白を切るつもりだな。
「いいでしょう。最後まで聞いてもらいますね。——では二年前になにがあったか。その時期にあなたが進める〝海上移動要塞計画〟が疑問視されだしましたよね? あなたの計画が本格的に始まったのは三年前、計画自体はそれよりも前からあったと聞きました。随分とお金がかかったでしょう。でもなんとか建造にこぎつけたのに予算が膨らみ、反対派が出てきて計画に遅れが生じそうになった。困ったあなたは消極派を懐柔しようとしたが、資金がない。だからあなたは佐藤穂香を使って資金を集めた。友人の父で娘を失ったあなたを手助けしたかったのかはわからないが、協力者になった彼女はある日、あなたの闇に気が付いた。佐藤がアクセスしたファイルは海上移動要塞の設計図だ。そして、アクセスキーは実は有効だった。だが、何者かがそれを書き換え無効にした。ではそのアクセスキーは誰のものだったのか。言わなくてもわかりますよね? 何かを知った佐藤は逃走を図ろうとしたが、計画的に殺された。」
ここまで聞いた神結は笑い出し言った。
「おもしろい妄想だね。不正でアクセスキーを使われていることがわかれば変更するのは当然だ。たしかにあの娘は私のことを気にかけてくれた。ただ、そのような娘をぼろ雑巾のように捨てられるとでも?」
「たしかに普通の人はそうでしょう。だが、あなたは違う。あなたの目は誰にも興味を持っていない。私にはわかる。」
神結の目はひどく冷たく希望の光などない。
「君もそうなのか?」
「いいえ、私はもう違う。」
神結は一瞬隣にいる秋津を見た。
「人は目的のためなら夢中になれる。それが復讐だとしてもね」
なるほどやはり粋川を焚きつけたのか。佐藤穂香の最後を教え、怒りと復讐心を引き出した。
「そんなにその鉄の塊が大事なんですか?」
神結はゆっくりと目を閉じた。
「あれは私の理想に欠かせない。佐藤さんもそれに賛同してくれた。」
そう言うと再び目を開き、いつもの優しい表情で私たちに言う。
「ところで証拠があるのか?」
証拠はない。佐藤穂香のもう一つの送金先にはたどり着けなかった。粋川を焚きつけた証拠もない。私が黙っているのを見て神結は歩きだした。
「それでは失礼するよ。」
背を向けて行く神結に秋津は言った。
「陽七は、今のあなたをどう思うか‼ 私はあなたを捕まえる‼」
一度足を止めたが、再び歩みを始め、去って行った。
高校銃乱射事件と佐藤穂香の遺体遺棄事件は被疑者死亡と生存した被疑者が錯乱状態での書類送検となった。このまま不起訴処分となるだろう。
「結局、あの部屋に来ていた男の正体もわからない。最初は神結氏だと思ったが体格は違う。おそらく、地下駐車場のカメラを切ったのはその男だろうな」
利はオフィスで寛ぎながら語る。
「綾小路を監視していた捜査員が殺されていたのも含めて神結氏の仕業だろう。」
利が葬式で語った推理は銃乱射事件の直後で手に入れた情報からの推察によるものだ。ただ、手に入れた情報も神結のアクセスキーが使われていたことだけだった。
「でも、あの手紙は一体、なんだったのか?」
実は件の計画との関わりについて辿り着くことができたのは秋津の家に届いた一通の手紙だった。秋津のズタボロになった家の大家が手紙の件を教えてくれた。秋津は手紙を再度、読み直す。
「〝海上移動要塞の秘密を守って〟か。」
差し出し人は不明ではあるが、これのおかげで神結清十郎と海上移動要塞関連での不審な金の動きまで調べることができた。だが、そこまでのことだった。賄賂をもらったやつの摘発ができるかもしれないが、すべての真相を暴くことはできない。もっと前に分かっていれば違った結末を迎えることができたかもしれない。今後は利も秋津もこの件について捜査をすることはできない。黒幕がわかっているのに証拠がなくて逮捕できず、他の犯人にも罪を償わせることもできなかった。なんとも後味の悪い事件となった。
「凛はいつ戻るんだ?」
「今日には帝都の情報省に出向する。もうそろそろ時間だな。」
「じゃあ送ろうか?」
席を立つ秋津と一緒に利も席を立ちながら訊いた。
「いや、大丈夫だ。」
「なら玄関まで送ろう。」
正面玄関にて利と秋津は向き合う。最初に会った日から十日が経っていた。初めて会ったときはお互いにぎすぎすしていた。一時は互いに銃を突き付けたこともあった。それから、なんとか打ち解け、信頼するまでになった。
「いつか、また会えるといいな」
利は秋津との記憶を思い返していた。秋津は思い出したように言った。
「聞きそびれたが、いつか、駆琉の話を聞かせてくれ。何に悩み、何を成し遂げられなかったのか。」
「ああ、いつかな」
秋津は手を振りながら去っていく。




