第59話 異議有れ!
「――――――おい」
底なし沼に沈んだような重い意識が、苛立ちを含んだ低い声に反応して浮上する。
闇の様に暗い場所。
そこに横たわっているのは、死んでいた男・・・・・・竜道寺 流浪。
「おい、いいかげん起きろ」
重く響く声に、流浪は瞼を開けた。
「起きたか」
目が合った。
視界に収まらない大きな赤い体躯。
体皮を覆う鱗。
黄金を思わせる眼球。
赤い竜・・・・・・ドラゴンがそこにいた。
そしてドラゴンの生暖かい吐息に、流浪は跳び上がって退避する。
「な、は・・・・・・はぁ!?」
状況の理解が出来ずに素っ頓狂な声を上げる流浪に、赤い竜・・・ウェルシュドラゴンは馬鹿を見る様に目を細め、嘆息した。
そんなドラゴンの様子に気付くことはなく、流浪は周囲を見回し、自分とドラゴン以外何も存在しない暗い空間に困惑し、此処までの経緯を思い出す。
(確か、学校の帰りに寄り道して、バスがなんか来なかったから走って帰って、橋の上を走って――――――)
――――――そして、吸血鬼とヤバい神父と遭遇して。
「って、そうだよ、刺されて死んでんじゃん俺!?」
「そこまでは思い出せたか」
やれやれと呆れるドラゴンに、流浪の混乱は増す。
「・・・・・・いや、つか、何なんだよお前?」
「オレか? オレは・・・・・・赤い竜!赤い竜とも言う‼」
「ドラゴンは見りゃ分かんだよ!」
「名前か? 名は特に無いな、好きに呼べ」
「名前でもねぇよ‼」
「・・・・・・じゃあ何なのだ?」
「此処は何処で! オレは何でここにいて! お前は何処の誰で! なんか知ってんのかって聞いてんの!?」
「なら初めからそう言えばいいだろう。まったくこれだから人間というのは・・・・・・」
ドラゴンは「やれやれ、はー、やれやれシンドイはマジでやれやれ」と流浪をジト目で見るが、流浪はグッと堪えた。
現状何も分からない流浪としては、この何か知ってる風なドラゴンと事を荒立てたくはない。
「此処はお前の精神世界・・・所謂、心の中だな」
「心・・・・・・」
「お前は死んで生き返ったが、肉体の方まで意識が覚醒してないからか、まだ此処にいる」
「・・・・・・は? 生き返った?」
死んだとは流浪もなんとなく思っていた。
胸を貫かれて、心臓が潰れたのを感じ取ったからだ。
だから最初は此処はあの世の類かと思ったのだが、まだ死んではいないらしい。
「オレにはいくつか能力があってな。その内の一つに、一度だけ復活出来る【復活力】というものがある。あの吸血鬼女は、その力でお前を生き返らせようとしたんだろうな」
「・・・・・・」
ドラゴンが口にする吸血鬼女・・・【幻銀輝鉱】の様な白銀色の髪をした女性が頭に過る。
自分が死んだ後は大丈夫だったのかが分からないが、細かい事はよく分からなくても自分を生き返らせようとした事を考えれば、どうにかなったのか。
「そしてオレは赤い竜‼」
「それはもう聞いた」
「イギリスはウェールズの神獣である‼」
「神獣・・・・・・?」
「詳しい事は金髪の男にでも聞け。お前を蘇生させようとしてたんだ。よく知らんが味方かなんかなんだろう?」
「金髪?」
金髪の男と言われて頭を過るのは、昼間の部活勧誘時での騒動で乱入してきた生徒会長。
あの太陽の様な金髪と胡散臭げな顔は忘れようがないが、自分を蘇生させようとしたとはどういう意味だろうか。
「なぁ、その金髪が俺を蘇生させようとしたって――――――」
どういう意味かと、流浪がドラゴンに問おうとして。
『――――――ひとつ、提案があるのですが』
そんな声が、突如この暗い空間に響いた。
聞き覚えの無い男の声だった。
「誰だ? つか、何だ?」
「外だな。お前の精神の意識が戻ったから、肉体の意識も起きかけてるんだろう」
『異世界連合に属する勇人さんとしては、担当区域の四季島で起きた事件ですから自分が対応したい。氷室氏としては地球連邦政府青き惑星の調停者として担当している日本で起きた神獣案件だから其方で対応したい・・・・・・という事でまずはよろしいですね?』
『俺様の担当っつか、お前が依頼を寄こしたからってのもあるけどな』
『まぁ、概ねそんな感じで良いよ』
聞こえてくる3人の声の内、1人は聞き覚えのある声で、その声は今し方頭を過った生徒会長。
それらが『異世界連合』だの『青き惑星の調停者』なんてのはいったいどういう事なのか。
『共同対応が一番無難でしょうが、それは主に地球連邦の日本政府側のお偉いさんが拒否すると?』
『拒否っていうか横槍? 青き惑星の調停者が気に入らないからか何かにつけてイチャモン付けてくるからねぇ』
『案件如何こうっつか、難癖付けられるんなら何でもいい感じか』
『そんな感じー、嫌んなるよねぇー』
『だから出来れば別々に・・・というより、何方かのみの対応で片方は介入しないで欲しいということですね?』
『異世界連合としては別にどっちでもいい感じだがな。ま、竜道寺流浪の身柄は俺様が預からせてもらうが』
『えー、そりゃなくない? 結構暴れ散らかしたんだから彼の身柄は青き惑星の調停者が預かるよ』
『鳳凰学園の生徒なんだが?』
『日本が国籍でしょ?』
「くっくっくっ・・・・・・モテモテだな、お前」
「嬉しくも何ともねーよ」
何で野郎同士で自分を取り合いになっているのか。
というか暴れ散らかしたって何?と、流浪の頭に新たな疑問が過った。
『どちらも竜道寺流浪の身柄を預かりたい。ですが当然、彼の身は一つ』
『ま、な』
『普通はそうでしょ。プラナリアみたいに分裂でもするんならともかく』
「お前、分裂とか出来るのか?」
「出来るわけねーだろ!?」
「何だ、つまらん」
「・・・・・・・・・・・・ッ‼‼」
ブチ切れそうになる流浪は拳を震わせるが、
『それで、提案の話なんですが――――――』
聞こえてきた言葉に、我を忘れることになる。
『――――――竜道寺流浪を真っ二つに切り裂いてみてはどうでしょうか?』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「「え」」
言葉の意味を理解するのに数秒掛かった竜道寺流浪と赤い竜。
『・・・・・・あーん?』
『えーと・・・・・・御免、どういう事?』
『実は彼に宿った赤の心臓は、復活する力があるんですよ』
『・・・・・・赤い竜にそんな能力あったっけ?』
『あー・・・・・・たぶん象徴の逸話じゃねーか? 確か、赤い竜は昔はウェールズ人の象徴じゃなかったが、当時の象徴だったダチョウの羽に、何年か経った後に代わって、赤い竜が象徴として確立されたとかなんとか』
『成程。逸話が能力化した感じか』
自分が死んで生き返ったのはそれが理由かと、竜道寺流浪は理解した。
が、そうではなく。
『それが何で真っ二つに叩っ斬る話になるんだ?』
『赤い竜が出てきて復活したように見えますが、アレはまだ竜が身体を乗っ取っただけで人としての彼は完全に復活した訳ではありません』
『・・・・・・それで?』
『ですので、完全に復活の力が適応される前に――――――彼を心臓ごと真っ二つに切り裂こうかと』
「「何でだよ!?」」
堪らず精神世界で叫ぶ流浪とドラゴン。
だが当然、外界にその叫びが届くことはない。
『左右真っ二つに切り裂かれた彼は、どう復活すると思いますか?』
『それは・・・・・・アレ、どうなんの?』
『基本的には肉体のどっちかを本体にして復活するな。残った方の身体は消滅するか残ったままかは能力にもよるから何とも言えんが』
『ええ。ですので、真っ二つに斬った左右の身体を勇人さんと氷室氏で其々分けて、復活した方の身体を持っていた方が身柄を預かり、この件を対応するという事で・・・・・・どうでしょうか?』
「『どうでしょうか?』じゃねぇよ!? 人の身体に何しようとしてんだよ!?」
「つか、ちょっと待て! もう意識が精神世界まで出てんなら【復活力】はもう発動し終えてんだが!? また殺されたら復活は出来んぞ‼」
「は!? どういう事だよ!?」
「オレの【復活力】は1回きりだ‼ 一度使ったら二度は使えねぇんだよ‼‼」
「・・・・・・え、じゃあもし真っ二つに斬られたら――――――」
――――――普通にまた死ぬ?
「おいざっけんなよ! せっかく生き返ったってのにまた死ねってか!?」
「ざけんなはこっちのセリフだ! オレの心臓がお前に移植された以上、お前の命と俺の命はもう繋がってるも同然なんだぞ!? お前が死んだらオレまで死んでしまうではないか‼‼‼」
「知らねぇよ! どうしろってんだよ!?」
「起きろ! 今すぐ起きろ‼ 起きて外の奴等を止めてこい今すぐ‼‼」
「もう起きてんだけど!?」
「肉体的に起きんと意味がないわ戯けがッ‼‼‼」
「だからどうやって起きんだよ!?」
「知るか! なんかこうガっとやれガっと‼‼‼」
「分かるかああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼」
どれだけギャーギャー喚いて叫んでも身体が起きることはなく、精神世界で無意味な悲鳴が響く。
なんとかして外にいる奴らに声を届けようとしても伝わる様子はない。
『・・・・・・・・・・・・』
『・・・・・・・・・・・・』
外にいる二人の気配が、互いに見やって頷いたような気配がして。
『『異議なし』』
「「異議有れええええええええええええええええええええええええ‼‼‼‼‼」」




