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第99話 監査の外側

※この作品は毎日更新予定です。

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 翌朝。

 領主館の前には。

 王都へ戻る馬車が。

 三台並んでいた。

 監査は。

 終わった。

 支払い停止も。

 解除された。

 作業場からは。

 木槌の音が聞こえる。

 コン。

 コン。

 止まりかけた水車が。

 再び。

 形を作り始めていた。

 ベルクが。

 最後の書類を。

 箱へ収める。

「監査報告は」

「王都へ戻り次第」

「提出します」

「ああ」

「事後報告書は」

「十日以内に」

「分かっている」

 ベルクが。

 箱の蓋を閉じた。

「では」

「これで」

「特別監査を終了します」

「待ってくれ」

 俺は。

 一冊の古い帳簿を。

 机へ置いた。

「まだ」

「聞いてほしいことがある」

◇◇◇

 ベルクは。

 閉じた箱を見た。

 次に。

 古い帳簿を見る。

「今回の監査に」

「関係するものですか」

「直接は」

「関係ない」

「では」

「監査は終了しています」

「ああ」

「だから」

「監査官としてではなく」

「王国の財務を知る者として」

「聞いてほしい」

 ベルクは。

 しばらく黙っていた。

 やがて。

 椅子へ戻る。

「聞くだけです」

「それでいい」

 部屋には。

 ダン。

 ロイド。

 ダレン。

 イサク。

 ヴォルグ。

 ミリアも残った。

 俺は。

 十年前の帳簿を開いた。

◇◇◇

 十年前。

 バルドには。

 鮭だけではなく。

 畑があった。

 山の仕事があった。

 林業があった。

 漁師たちは。

 翌年も鮭が戻るように。

 獲る量を抑えていた。

 豊かな町ではない。

 だが。

 暮らしていける町だった。

 ある年。

 鮭の価格が。

 急に上がった。

 それまでの。

 倍近く。

 鮭を獲れば。

 金になる。

 そんな話が。

 町中へ広がった。

 漁師ではなかった者まで。

 川へ入った。

 畑を休む者が出た。

 山へ行かなくなる者が出た。

 漁具を買った。

 船を直した。

 川沿いに。

 小屋を建てた。

 借金をした者もいた。

 町全体が。

 鮭へ傾いた。

◇◇◇

 その後。

 鮭の買値が。

 下がった。

 元の価格より。

 さらに安く。

 しかも。

 ラングの商人は。

 誰に聞いても。

 同じ価格を示した。

 別の商人へ持っていっても。

 同じ。

 次の店へ持っていっても。

 同じ。

 鮭を売る者に。

 選択肢はなかった。

 それでも。

 漁をやめることはできなかった。

 漁具を買った。

 小屋を建てた。

 他の仕事を休んだ。

 借金も残っている。

 鮭を獲り続けるしかなかった。

 町は。

 鮭を獲るほど。

 貧しくなった。

 漁師組合は。

 崩れた。

 若者は。

 町を出た。

 船も。

 小屋も。

 一つずつ消えた。

 そして。

 領外へ出る鮭が減り。

 税収も消えた。

◇◇◇

「そこまでは」

「住民の証言ですか」

 ベルクが聞いた。

「ああ」

 ダンが。

 低い声で答える。

「漁師以外はな」

「鮭を獲れば」

「今までの倍で売れる」

「だが」

「気づいた時には」

「全員が同じ値しか出さなくなった」

「価格が下がった理由は?」

イサクが口を開く。

「紋章の男だ」

「あの男が商いの許可証の取消をちらつかせ」

「いや、俺達も儲かると思ってやったんだ」

ロイドがイサクを遮る。

「あなたは」

「ラング側の商人ですね」

「ああ」

「全員が」

「同じ価格を示したのですか」

「示した」

「誰が決めたのです」

「財務官の紋章をつけた男だ」

 ロイドは。

 首を横へ振った。

「俺たちにも」

「条件が回ってきた」

「その値で買えと」

「誰から?」

「一人じゃない」

「商会の上からも」

「取引を仕切る者からもだ」

「命令書は?」

「ない」

「結局、ラングもひどい契約を結ばされた」

俺は言葉を挟む。

 ロイドは。

 うつむいた。

 その後。

 財務官の紋章をつけた男が。

 この取引へ関わっていたことが。

明らかになった。

 商人へ渡された金の記録。

 価格と取引条件に関する契約書。

 男が。

 自分の立場を使い。

 取引へ介入した証拠。

 それをもとに。

 紋章の男は。

 逮捕された。

 賄賂。

 不当な契約。

 権限を利用した介入。

 そこまでは。

 証拠で示せた。

 だが。

 証明できないものが。

 一つ残った。

 最初に価格を上げたこと。

 町中を鮭へ向かわせたこと。

補助金が大量に使われたこと。

 逃げられなくなった後で。

 一斉に価格を下げたこと。

 それらすべてが。

 最初から計画されていたのか。

 誰が。

 その計画を作ったのか。

 紋章の男が。

 一人で描けるはずがない。

 さらに上から。

 命じられていたのか。

 そこを結ぶ証拠は。

 まだ。

 見つかっていない。

◇◇◇

「ベルク」

「はい」

「監査では」

「どう見る」

 ベルクは。

 帳簿を閉じなかった。

「賄賂があれば」

「不正です」

「公的な権限を使い」

「特定の商人へ利益を与えたなら」

「調査対象になります」

「価格を合わせる契約も?」

「自由な取引を妨げる内容なら」

「問題になります」

「では」

「バルドを潰したことは?」

 ベルクが。

 俺を見る。

「それは」

「別の問題です」

「別?」

「価格が上がった」

「住民が鮭へ参入した」

「その後」

「価格が下がった」

「その結果」

「地方が衰退した」

「それだけでは」

「不正とは言えません」

 ミリアが。

 眉をひそめる。

「町が」

「こんなになったのに?」

「監査は」

「結果の残酷さを」

「裁く制度ではありません」

「金の流れと」

「規則に反した行為を」

「確認する制度です」

「では」

 ロイドが。

 ベルクを見る。

「王都の人間が」

「地方を食い物にしても」

「帳簿が合っていれば」

「問題ねえのか」

 ベルクは。

 すぐには答えなかった。

「監査上は」

「問題にならないこともあります」

 部屋の空気が。

 冷たくなる。

「ひどい話ですね」

「領主様は町のために良いことをしても」

「最初は問題だと言われたのに」

 ミリアが言った。

「ええ」

 ベルクは。

否定しなかった。

が、視線を落とした。

「ですが」

「ひどいことと」

「違法なことは」

「同じではありません」

◇◇◇

「だから」

 俺は言った。

「頼みたい」

「何をです」

「紋章の男が」

「十年前」

「誰の指示で動いたのか」

「王都側の記録を」

「調べてほしい」

「私は」

「あなたの味方ではありません」

「味方になれとは」

「言っていない」

「証拠がなければ」

「ああ。その証拠を探して欲しい」

「監査官の権限には限りがある」

「それでいい」

「権限の範囲で」

 ベルクの目が。

 わずかに動く。

「事実がなければ」

「何もするな」

「だが」

「事実があれば」

「消すな」

 ベルクは。

 長い間。

 俺を見ていた。

「調べられるのは」

「財務官としての任命記録」

「出張の記録」

「公金の支出」

「報告書」

「契約に使われた印」

「その程度です」

「十分だ」

「十年前の文書です」

「残っていない可能性もあります」

「それでもだ」

「結果は」

「約束できません」

「公正に見てくれればいい」

「監査官として」

「確認できる記録は確認します」

「それ以上は」

「できません」

「ああ」

「それでいい」

◇◇◇

「相変わらずだな」

 それまで。

 黙っていたヴォルグが言った。

 ベルクが。

 ヴォルグを見る。

「誰のことです」

「おまえさんしか、おらんだろ」

「ノースの時と同じじゃないか」

「あれは…」

ベルクの声が大きくなる。

「いやいい」

「領主さんがお願いしたこと」

「やってあげてやれ」

「確認できる範囲で」

「調べます」

「さて」

 ヴォルグは。

 俺の顔を見る。

 そして。

 小さく笑った。

「なるほど」

 それだけだった。

 だが。

 昨日までとは。

 少し違う目だった。

◇◇◇

 ベルクが。

 領主館を出る。

 書記官たちが。

 箱を馬車へ積む。

 馬が。

 白い息を吐いていた。

「では」

「王都へ戻ります」

「約束は守ります」

「ああ」

「事後報告を」

「忘れないでください」

「忘れない」

 ベルクが。

 馬車へ足をかける。

 その時だった。

 街道の向こうから。

 一頭の馬が。

 雪を蹴り上げながら。

 走ってきた。

 馬上の男は。

 身体を伏せ。

 必死に手綱へしがみついている。

「ヴォルグ様!」

 声が。

 領主館の前へ響く。

 ヴォルグの表情が。

 変わった。

 馬が止まるより先に。

 男が転がるように降りた。

「ノースからです」

「何があった」

 男は。

 息を整えることもできず。

 叫んだ。

「ゴブリンです!」

「数は?」

「分かりません」

「森だけではありません」

「鉱山の周りにも」

「街道にも」

「次々と現れています!」

 ミリアが。

 目を見開く。

「ノースに?」

 男が。

 何度も頷く。

「これまでにない数です」

「町へ向かっています!」

 誰も。

 すぐには言葉を出せなかった。

 ゴブリンは。

 廃れた土地に湧く。

 町が痩せるほど。

 数を増やす。

 昔から。

 そう言われている。

 だが。

 ノースは。

 鉱山で栄える町だった。

「おかしくないですか?」

 ミリアが。

 ヴォルグを見る。

「ノースは」

「栄えているんですよね?」

 ヴォルグは。

 答えなかった。

 握った拳が。

 わずかに震えている。

「ヴォルグ」

「どういうことだ」

 長い沈黙の後。

 ヴォルグが。

 低い声で言った。

「誰が」

「ノースが栄えていると」

「言った」

 王都へ帰るはずだった。

 ベルクの足が。

 馬車の前で止まった。

(第100話 栄える町の妖魔)



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