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第97話 裏切者はいるのか

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 監査官たちが。

 部屋を出た後も。

 誰も。

 席を立たなかった。

 机の中央には。

 支払い停止の書類がある。

 ガロンの職人。

 追加の木材。

 春の加工所。

 王都が。

 そのすべてに。

 蓋をした。

 だが。

 俺が見ていたのは。

 別の書類だった。

 監査通知。

 領主館の売却。

 橋の管理契約。

 ノースとラングからの資金。

 水路と水車の共同管理権。

 王都は。

 正確に知っていた。

「おかしい」

 ミリアが。

 俺を見る。

「何がですか?」

「監査が来るのが」

「早すぎる」

 領主館を売ったことなら。

 いずれ知られる。

 橋の管理権も。

 契約を調べれば分かる。

 だが。

 出資額。

 管理期間。

 水路と水車の契約まで。

 監査局は。

 到着する前から把握していた。

「誰かが」

「王都へ知らせたんですか?」

「ああ」

 部屋の空気が。

 さらに重くなった。

◇◇◇

「知っていたのは?」

 俺は。

 一人ずつ顔を見る。

 ミリア。

 ダレン。

 ロイド。

 イサク。

 ヴォルグ。

 ダン。

 ガロン。

 全員が。

 契約の一部を知っている。

 だが。

 すべてを知っている者は。

 多くない。

「契約書を出した場所から」

「伝わった可能性は?」

 ダレンが言う。

「ないとは言えない」

「ですが」

「金額や条件まで」

「王都へ届くでしょうか」

「だから」

「誰かが伝えた」

 ミリアが。

 小さな声で聞く。

「裏切った人が」

「いるんですか?」

 俺は。

 答えなかった。

 まだ。

 何も分からない。

 だが。

 疑わしい男はいた。

◇◇◇

 ヴォルグは。

 窓の外で。

 雪を眺めていた。

「ヴォルグ」

「何じゃ」

「王都へ伝えたのは」

「お前か」

 ミリアが。

 息をのむ。

 イサクが。

 ヴォルグを見る。

 ダレンの手から。

 一枚の紙が落ちた。

 ヴォルグだけは。

 表情を変えなかった。

「わしを疑うか」

「監査官と面識がある」

「ノースの鉱山で」

「三度会った」

「監査が来ても」

「驚かなかった」

「驚く必要があるか?」

「通知には」

「お前との契約が」

「すべて書かれていた」

 ヴォルグが。

 ゆっくり振り返る。

「わしが知らせたと?」

「違うなら」

「そう言え」

「違う」

 短い答えだった。

「証明できるか」

「できん」

「しておらんことを」

「どう証明する」

 俺は。

 言葉を続けた。

「バルドの工事が止まれば」

「領主館の賃料も」

「返済も止まる」

「それでも」

「領主館はお前のものだ」

「町が潰れれば」

「水路も」

「橋も」

「安く手に入る」

 ヴォルグの目が。

 細くなる。

「なるほど」

「筋は通っておる」

「否定しないのか」

「否定はした」

「お前が」

「信じておらんだけじゃ」

 ヴォルグは。

 俺の正面へ立つ。

「一つだけ」

「教えておいてやる」

「何だ」

「わしが」

「お前から何かを奪う時は」

「王都の役人になど」

「頼らん」

 それが。

 否定なのか。

 脅しなのか。

 分からなかった。

「好きに疑え」

 ヴォルグは。

 それだけ言うと。

 部屋を出ていった。

 誰も。

 止められなかった。

 疑いは。

 晴れていない。

 だが。

 胸の奥で。

 何かが引っかかっていた。

 あの男は。

 怒っていた。

 静かに。

 深く。

 疑われたことに。

◇◇◇

 翌朝。

 監査は。

 昨日と同じ時刻に始まった。

 ベルクは。

 水路と水車の契約書を開く。

「出資額は」

「ノースとラング」

「それぞれ金貨百五十枚」

「ああ」

「管理期間は三年」

「ああ」

「収入と修繕負担を」

「半分ずつ」

「ああ」

「契約の変更には」

「双方の同意が必要」

「ああ」

 ベルクは。

 契約書を読み進める前から。

 内容を知っている。

「一つ聞く」

「どうぞ」

「その内容を」

「誰から聞いた」

「事前資料です」

「その資料を」

「誰が出した」

「情報提供者については」

「お答えできません」

「では」

「別の聞き方をする」

 俺は。

 監査通知を。

 机の上へ置く。

「なぜ」

「バルドが監査対象になった」

 ベルクは。

 少しだけ黙った。

「ガルディア公爵から」

「正式な申し立てがありました」

「ガルディアから?」

「公爵家の紋章を持つ者が」

「バルド領で拘束された」

「その件について」

「王都へ訴えが出されています」

「紋章の男か」

 ベルクは。

 答えなかった。

 だが。

 否定もしなかった。

「逮捕の正当性を」

「監査するのか」

「それは」

「監査局の管轄ではありません」

「では」

「なぜ来た」

「申し立てには」

「別の資料が添えられていました」

 ベルクが。

 書記官へ手を出す。

 書記官が。

 一通の書状を渡した。

「バルド領で」

「何が行われているのか」

「公爵家が照会した記録です」

◇◇◇

 最初の紙は。

 ガルディア公爵家からの書状だった。

 公爵家の紋章を持つ者が。

 バルドで拘束された。

 現在。

 バルド領で。

 何が起きているのか。

 領主代理として。

 直ちに報告せよ。

 その下に。

 返書がある。

 紋章の男の逮捕。

 領主館の売却。

 橋の管理契約。

 ノースとラングからの資金。

 水路と水車の建設。

 三年間の共同管理。

 書かれていることに。

 嘘はない。

 契約の期限も。

 三年後に。

 バルドへ戻ることも。

 記載されていた。

 最後に。

 署名がある。

 ダレン。

 俺は。

 その名前を見た。

 もう一度。

 見た。

 見間違いではなかった。

 ダレンが。

 悪意で書くはずがない。

 それは。

 分かっている。

 公爵家からの照会。

 領主代理としての。

 報告義務。

 ダレンは。

 義務に従って。

 正直に。

 全部書いた。

 ただ。

 それだけだ。

 だが。

 顔を上げると。

 ダレンが。

 蒼白な顔で。

 立ち尽くしていた。

「レオン様」

「私は……」

 言葉は。

 続かなかった。

 ヴォルグを疑った。

 仲間の顔を。

 一人ずつ見た。

 だが。

 裏切者は。

 いなかった。

 いたのは。

 義務に忠実な男と。

 その義務を知っていて。

 利用した男だ。

 誰かの弱さを。

 悪意ある者が利用した。

 その結果は。

 裏切りと。

 何も変わらなかった。

(第98話 事実の並べ方)


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