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第96話 王都の目

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 王都監査局。

 その文字を。

 俺は。

 もう一度見た。

 領主館の売却。

 橋の管理契約。

 ノースとラングからの資金導入。

 水路と水車の共同管理権。

 王都の承認を得ない。

 領地資産の売却と。

 大規模事業。

 監査官の到着まで。

 七日。

 ミリアが。

 恐る恐る口を開く。

「監査というのは」

「悪いことをした人のところへ」

「来るんですよね?」

「違う」

「え?」

「悪いことをしていないか」

「確かめるために来る」

「では」

「大丈夫ですね!」

 誰も。

 答えなかった。

 ミリアの笑顔が。

 ゆっくり消えた。

「大丈夫では」

「ないんですか?」

「手続きだけを見れば」

「問題はある」

 領主館を売った。

 橋の管理権を渡した。

 外部から金を入れた。

 水路と水車の管理権も。

 三年間。

 ヴォルグとイサクへ渡した。

 どれも。

 バルドを救うために必要だった。

 だが。

 必要だったことと。

 正しい手続きを踏んだことは。

 同じではない。

◇◇◇

「来たか」

 ヴォルグが。

 封書を見ながら言った。

 俺は。

 顔を上げる。

「知っていたのか」

「知ってはおらん」

「では」

「なぜ驚かない」

「領主館を売り」

「橋を売り」

「水路まで造った」

「これだけ動けば」

「王都の役人も気づく」

 ヴォルグは。

 笑っていた。

 いつもの。

 腹の内を見せない笑いだった。

「それとも」

「見つからんと思っておったのか?」

「思っていない」

「なら」

「準備することじゃな」

 それだけ言うと。

 ヴォルグは。

 椅子へ深く座った。

 王都監査局を。

 知っている。

 そう見えた。

 そして、王都に伝わるのがあまりにも早すぎる。

 だが。

 ヴォルグが監査をよぶ。

 そんなことがあるのだろうか。

◇◇◇

「ダレン」

「はい」

「すべての契約書を集めろ」

「領主館」

「橋」

「水路」

「水車」

「ノースとラングから入った金もだ」

「承知しました」

「帳簿も」

「一枚残らず出す」

 ダレンの手が。

 止まる。

「一枚残らず、ですか?」

「ああ」

「ですが」

「王都の承認を得ていないものも」

「あるだろうな」

「隠さないんですか?」

 ミリアが聞いた。

「隠した瞬間」

「監査ではなく」

「不正になる」

 数字を。

 後から変えない。

 契約の日付を。

 書き直さない。

 都合の悪い書類を。

 燃やさない。

 それをすれば。

 俺が告発した王都の連中と。

 同じになる。

「正面から」

「全部見せる」

 ダレンが。

 深く頭を下げた。

「分かりました」

◇◇◇

 その日から。

 領主館の一室は。

 書類で埋まった。

 領主館の売買契約。

 借り戻すための賃貸契約。

 橋の管理契約。

 通行料金。

 契約期間。

 料金変更には。

 二社の同意が必要であること。

 水路と水車の資金。

 ヴォルグ。

 金貨百五十枚。

 イサク。

 金貨百五十枚。

 三年間。

 管理収入と修繕負担を。

 半分ずつ。

 三年後。

 すべてをバルドへ渡す。

 ロイドとの。

 五千匹の長期契約は。

 そのまま。

 新たに加工する鮭だけ。

 ラングへ優先交渉権を与える。

 独占ではない。

 価格も。

 漁獲量も。

 漁師が決める。

 契約は。

 何度も話し合った。

 誰か一人が。

 すべてを握らないようにした。

 だが。

 王都から見れば。

 別の問いになる。

 なぜ。

 王都へ申請しなかった。

 なぜ。

 複数の商人へ。

 領地の権利を渡した。

 なぜ。

 公の財産を。

 領主一人の判断で動かした。

 前世で。

 俺が審査する側なら。

 同じ質問をした。

◇◇◇

 ガロンが。

 領主館へ入ってきた。

「水車は」

「造っていいのか」

「ああ」

 通知は。

 監査の実施を知らせるものだ。

 工事の停止命令ではない。

「止める理由はない」

「役人が来てから」

「止めろと言われたら?」

「その時に考える」

「分かった」

 ガロンは。

 それ以上聞かなかった。

 屋根のある作業場では。

 木材が削られていた。

 軸。

 羽根。

 桶。

 冬に造るべきものが。

 少しずつ形になる。

 俺たちには。

 王都の返事を。

 待っている時間などなかった。

◇◇◇

 七日目。

 雪の街道から。

 三台の馬車が現れた。

 兵士は。

 十人。

 書記官が。

 二人。

 そして。

 灰色の外套を着た男が。

 一人。

 領主館の前へ降りた。

 年齢は。

 四十代半ば。

 細い顔。

 感情のない目。

 男は。

 王都の紋章が入った書状を開く。

「王都監査局」

「主任監査官ベルク」

「本日より」

「バルド領に対する」

「特別監査を開始します」

 俺は。

 書状を確認する。

 国王名ではない。

 王都監査局長の命令書。

 形式に。

 問題はなかった。

「領主レオンだ」

「必要な書類は」

「すべて用意してある」

 ベルクは。

 俺を見る。

「すべて?」

「ああ」

「隠しているものはないと?」

「ない」

「それは」

「監査の後で判断します」

 声に。

 敵意はなかった。

 だが。

 信用もなかった。

◇◇◇

 監査は。

 到着したその日から始まった。

 最初に出されたのは。

 領主館の契約書だった。

 ベルクが。

 書類を一枚ずつめくる。

「領主館を」

「ノースのヴォルグ殿へ売却した」

「ああ」

「売却額は?」

 俺は答える。

「鑑定は?」

「していない」

「他の買い手は?」

「募っていない」

「王都への申請は?」

「していない」

「売却後」

「同じ建物を借り戻している」

「ああ」

「賃料を支払う義務がある」

「ああ」

 ミリアが。

 俺とベルクを。

 交互に見る。

 質問へ答えるたび。

 俺たちが。

 悪いことをしたように聞こえる。

 ベルクは。

 次の書類を取った。

「橋の管理権」

「水路と水車の管理権」

「どちらも」

「領地の収入を生む権利です」

「そうだ」

「それを」

「外部の商人へ渡した」

「期間を限定している」

「期間があれば」

「自由に渡してよいと?」

「そうは言っていない」

「では」

「誰の承認を得ましたか?」

「俺が決めた」

 書記官の筆が。

 紙の上を走る。

 カリカリという音だけが。

 部屋へ響いた。

◇◇◇

「なぜ」

「王都へ申請しなかったのです」

「待てなかった」

「何を?」

「冬を」

 ベルクの手が。

 初めて止まった。

「申請して」

「審査を待っていれば」

「土が凍る」

「水路の基礎が造れない」

「水車も」

「加工所も」

「来年の鮭に間に合わない」

「だから」

「手続きを省略した」

「ああ」

「町を救うために?」

「ああ」

 ベルクは。

 しばらく黙っていた。

「領主殿」

「領地の財産は」

「あなた個人のものではありません」

「分かっている」

「町を救うという目的があれば」

「領主が自由に処分してよい」

「そう考えましたか?」

「考えていない」

「ですが」

「実際には処分した」

「ああ」

 反論は。

 できなかった。

 いや。

 反論してはいけない。

 監査官の問いは。

 正しい。

 俺が。

 王都でこの書類を審査する側なら。

 同じ問いを。

 もっと厳しく投げた。

◇◇◇

 ベルクが。

 ヴォルグを見る。

「久しぶりですね」

 ミリアが。

 小さく息をのんだ。

 俺は。

 ヴォルグを見る。

「知り合いなのか」

 ヴォルグは。

 笑わなかった。

「昔」

「一度会っただけじゃ」

「一度ではありません」

 ベルクが言う。

「ノースの鉱山監査で」

「三度」

「お会いしています」

「細かい男じゃ」

「監査官ですので」

 二人の間に。

 誰も知らない時間があった。

「ヴォルグ殿」

「なぜ」

「バルドへ金を出したのです」

「利益が出るからじゃ」

「それだけですか?」

「商人が金を出す理由に」

「他に何が要る」

「バルド領を」

「支配する意図は?」

 ヴォルグの目が。

 細くなる。

「あると言えば」

「満足か?」

「質問に答えてください」

「契約書を読め」

「三年後には」

「すべて返す」

「契約が守られれば」

「ですが」

 ベルクは。

 ヴォルグから目をそらさなかった。

「あなたは」

「契約を利用して」

「多くのものを手に入れてきた」

 部屋の空気が。

 変わった。

 ヴォルグの過去を。

 ベルクは知っている。

 何を。

 手に入れたのか。

 何を。

 奪われたのか。

 俺には。

 まだ分からなかった。

◇◇◇

 夕方。

 ベルクが。

 一枚の書類を差し出した。

「これは?」

「特別監査中の」

「暫定措置です」

 俺は。

 内容を読む。

 領主館に関する。

 新たな支払い。

 橋の管理契約に基づく。

 権利の追加移転。

 水路。

 水車。

 加工所に関する。

 新規の支出と契約履行。

 監査終了まで。

 一時停止。

「待て」

「水車は」

「すでに造り始めている」

「承知しています」

「止めれば」

「春に間に合わない」

「監査が終われば」

「再開できます」

「いつ終わる」

「必要な確認が」

「終わった時です」

 ミリアが。

 青ざめる。

「それは」

「何日ですか?」

「今は」

「答えられません」

 ガロンの職人へ払う金。

 木材を買う金。

 春の加工所に使う金。

 すべてが。

 止められる。

 雪は。

 土を凍らせた。

 だから俺たちは。

 凍る前に。

 必要な仕事を終えた。

 だが。

 今度は。

 王都が。

 俺たちの時間そのものを。

 凍らせに来た。

(第97話 裏切者はいるのか)



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