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第95話 来年の数字

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# 第95話 来年の数字

 五千匹。

 俺は。

 紙の中央へ書いた。

 新しい加工所で。

 最初の年に扱う鮭だ。

 ミリアが。

 数字を覗き込む。

「五千匹だけですか?」

「だけではない」

「でも」

「来年の鮭は」

「もっと増えるんですよね?」

「ああ」

 俺は。

 その上へ。

 もう一つ数字を書いた。

 一万九千匹。

 ミリアの目が。

 大きく開く。

「そうだった」

◇◇◇

 今年。

 確保できた鮭は。

 九千匹。

 来年は。

 新しい漁場と。

 川へ戻る鮭を合わせて。

 さらに一万匹を見込んでいる。

「合わせて」

「一万九千匹」

 ダンが。

 数字を見る。

「予想だ」

「ああ」

「必ず獲れるとは限らん」

「分かっている」

 天候。

 川の流れ。

 鮭の戻り。

 どれも。

 俺たちには決められない。

 だから。

 一万九千匹を。

 確定した収入にはしない。

 だが。

 来年の計画を立てるには。

 予想が必要だった。

「加工所へ入れるのは」

「五千匹」

 ロイドが頷く。

「最初の年なら」

「それが限界だ」

「もっとできないんですか?」

 ミリアが聞く。

「できるかもしれん」

「だが」

「最初から限界まで入れれば」

「何か止まった時に」

「全部腐る」

 水車。

 桶。

 洗浄。

 塩漬け。

 乾燥。

 どこか一つが止まれば。

 後ろの工程も止まる。

「五千匹で」

「流れを固める」

「それから増やす」

 最初の年は。

 最大の生産量ではなく。

 止まらずに処理できる量を選ぶ。

◇◇◇

「残りの」

「一万四千匹は?」

 ミリアが聞く。

「俺たちが南に売りさばきに行く」

 ロイドが答える。

 ダンが。

 窓の外へ目を向けた。

「ラングへは息子に運ばせる」

「ダンさんの息子さんが?」

「ああ」

 若い漁師たちが。

 鮭を積み。

 バルドからラングへ運ぶ。

 鮮度の良いものは。

 ロイドたちが。

 生のまま売る。

 一度に売れば。

  値が下がる

 売り切れない分は。

 ラングの加工所へ回す。

 燻製と塩漬け。

  保存できる鮭へ。

 変える。

 イサクが。

 紙の上へ。

 三本の線を引いた。

「塩漬けにする分」

「生で売る分」

「燻製にする分」

「獲れ高で決める」

「最初から」

「数を決めないんですか?」

「漁はその日次第だ」

「市場に合わせられん」

 生で売る。

 多く獲れれば 、塩漬け加工をする。

 それでも多ければ。

 燻製へ回す。

 売る場所も。

 ラングだけではない。

 さらに先の町へ運ぶ。

 ダンが獲る。

 息子が運ぶ。

 ロイドとイサクが売る。

 一万九千匹を。  一つの売り方へ。

 押し込む必要はなかった。

「父親が獲って」

「息子が運ぶんですね」

 ミリアが。

 少しうれしそうに言う。

 ダンは。

 何も答えなかった。

 だが。

 口元が。

 わずかに緩んでいた。

◇◇◇

  売上から。

 漁師への支払い。

 塩。

 樽。

 運賃。

 人件費。

 加工所の維持費。

 橋の通行料。

 一つずつ。

 差し引いていく。

 ミリアが。

 紙の上を目で追う。

「減っていきます……」

「売上と」

「残る金は違う」

「分かっています」

「その顔は」

「分かっていない顔だ」

「今」

「理解している途中です!」

◇◇◇

 まず。

 五千匹の加工分。

 最初の年は。

 高く売れることよりも。

 確実に売れることを優先する。

 次に。

 一万四千匹。

 すべてを生鮭として。

 一匹銀貨七枚で売った場合。

 金貨九百八十枚。

 燻製へ回せば。

 塩も。

 薪も。

 人手も必要になる。

 俺は。

 最も低い条件で。

 計算を置いた。

「来年」

「バルドに残る金は」

 ミリアが。

 息を止める。

「最低でも」

「金貨六百枚前後」

「六百枚……」

 いや、まて。

 その内、塩漬けの利益は。

 金貨百五十枚程度だ。

 残りはダンとロイド達の取引だ。

 バルド領としての収入はない。

 残り四百五十枚は。

 ダンたちと。

 ラング側に残る金だ。

 まずい。

 しかし。

 バルド領として取り分を設定しても。

 その役割からしておかしくはない。

「どうしたんだ」

 ロイドが俺の顔色の変化に気づく。

 俺は迷ったが状況を説明する。

 加工所以外で収入が得られないことを。

「ははは」  ヴォルグが大きな笑い声で口を挟む。

「新任領主さんは、まだ、地方の税収の仕組みをしらないようだ」

「地方領は、産物を領外に出す時に、販売額に応じて税を徴収できるんだよ」

「だから、その鮭の取引はすべて税収となる」

「領主様、すみません、私がお伝えしていなかったです」

 ダレンが、申し訳なさそうに謝る。

 関税か取引税のようなものか。

「そうすると、いくらになる」

「詳しくは計算しないとですが」

「領外販売による税収は」

「金貨百五十枚ほどです」

「加工所の利益と合わせて」

「金貨三百枚ほどになるかと」

 翌年。

 加工所で扱う鮭を増やせば。

 収入も増える。

 来年だけではない。

 再来年。

 その次。

 鮭が戻り続ける限り。

 バルドには。

 毎年。

 収入が残る。

 これまでのように。

 一度売って終わる金ではない。

 仕事とともに。

 繰り返し入る金だ。

「少し足らない……」

 ミリアが呟いた。

「借金返済するには…」

「いや、しかし目途が立った」

 目の前の返済を。

 その場しのぎの金でつないだ。

 領主館。

 橋。

 水路。

 一つずつ。

 金に変えた。

 だが。

 ようやく。

 売らずに生み出す収入が。

 数字になった。

◇◇◇

 ダレンが。

 帳簿を閉じなかった。

「レオン様」

「何だ」

「次の返済は?」

 ミリアが。

 明るい顔で答える。

「金貨五百枚ですよね」

「後二百枚だ」

 決して小さい数字ではないが。

 俺たちは明るい気持ちになっていた。

 ダレンは。

 ミリアを見た。

「しかし、その三百枚が入るのは」

 ミリアの笑顔が止まった。

「鮭を売った後です」

「鮭が来るのは?」

「秋……」

 ダレンが。

 帳簿の一行を指す。

「次の返済は」

「初夏です」

 部屋から。

 音が消えた。

◇◇◇

 来年の事業は。

 利益が出る。

 次の返済額。

 金貨五百枚も。

 秋まで待てば。

 それまでに二百枚を用意すればいい。

 だが。

 返済日は。

 鮭より先に来る。

 初夏までに。

 確実に入る金を。

 金貨五百枚用意しなければいけない。

 ミリアが。

 困った顔で聞く。

「秋に払うのでは」

「駄目なんですか?」

「返済日は」

「こちらの都合では動かない」

「でも」

「払えることは分かっているのに」

「払えることと」

「その日に金があることは」

「違う」

 工事を止めるか。

 橋の収入を前倒しするか。

 鮭の代金を。

 先に受け取るか。

 ラングへ借りるか。

 ヴォルグにまた借りを作るか。

 どれも。

 簡単ではない。

 特に。

 ヴォルグからは。

 すでに。

 あまりにも多くの借りがある。

「次は」

「返済ですね……」

 ミリアが。

 小さく言った。

「ああ」

 次に越えるべき山は。

 見えた。

 初夏までに。

 金貨五百枚を用意する。

 来年の鮭を。

 秋の利益ではなく。

 今の信用へ変える。

 その方法を。

 考えなければならない。

◇◇◇

 扉が。

 強く叩かれた。

 ダレンが立ち上がる。

 伝令が。

 雪を肩に乗せたまま。

 部屋へ入ってきた。

「王都からです」

 差し出されたのは。

 厚い封書だった。

 赤い封蝋。

 中央には。

 見覚えのない紋章。

 ダレンの顔色が変わる。

「これは……」

「知っているのか」

「王都監査局です」

 ミリアが。

 不安そうに聞く。

「監査?」

「帳簿を」

「確認する人たちですか?」

 俺は。

 封を切った。

 最初の一行を読む。

 次に。

 監査対象を見る。

 領主館の売却。

 橋の管理契約。

 ノースとラングからの資金導入。

 水路と水車の共同管理権。

 王都の承認を得ない。

 領地資産の売却と。

 大規模事業。

 最後に。

 監査官の到着日が。

 書かれていた。

 七日後。

「レオン様?」

 ミリアが。

 俺の顔を覗き込む。

「顔色が悪いですよ」

「何が書いてあるんですか」

 俺は。

 封書を机へ置いた。

 次の問題は。

 返済だと思っていた。

 だが。

  違った。

 俺たちが。

 次の希望に進もうとした瞬間。

 王都が。  こちらの動きを見つけた。


(第96話 王都の目)


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