第94話 最後の一日
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夜のうちに。
雲は消えた。
風も。
止まった。
翌朝。
空は。
恐ろしいほど。
澄んでいた。
ガロンが。
二基目の穴へ下りる。
つるはしを。
振り下ろした。
カン。
高い音が。
現場へ響く。
つるはしは。
土へ入らなかった。
ミリアの顔から。
血の気が引く。
「凍って……」
「昨日より深い」
ガロンは。
もう一度。
つるはしを振り下ろす。
カン。
凍った土に。
細いひびが入った。
「掘れないんですか?」
「掘れる」
ガロンが答える。
「時間がかかる」
残されたのは。
今日だけだった。
その一日も。
すでに。
削られていた。
◇◇◇
「今の速さなら?」
俺が聞く。
ガロンは。
穴の底を見る。
「日が暮れる」
「完成は?」
「その後だ」
暗くなれば。
高さを確かめられない。
石を下ろすのも。
危険になる。
焦って。
土台をずらせば。
冬の間に造る水車まで。
すべてずれる。
「急いで」
「間違えるわけにはいかない」
「ああ」
時間を削る。
だが。
必要な仕事は削らない。
俺は。
集まった人々を見る。
「掘る者を」
「交代させる」
「疲れてから替わるな」
「力が落ちる前に替われ」
つるはしを振るう者。
割れた土をさらう者。
籠へ入れる者。
籠を運ぶ者。
穴へ染み出す水を。
くみ出す者。
一つの仕事を。
短く。
繰り返す。
「荷車は?」
ダレンが答える。
「石を積んで」
「待たせています」
「必要な順に並べろ」
「食事は?」
ミリアが手を挙げる。
「ここへ運びます!」
「休憩は止めるな」
ミリアが。
大きく頷く。
◇◇◇
最初のひびへ。
つるはしが入る。
一人。
二人。
三人。
交代しながら。
凍った土を割る。
割れた土を。
すぐに運び出す。
つるはしが渡る。
籠が流れる。
空になった籠が戻る。
昨日まで。
冬支度をしていた者たちも。
再び。
列へ加わっていた。
屋根を直した大工。
薪を割った木こり。
干し草を運んだ農家。
皆が。
自分の家を守った後で。
町の未来を。
造りに来ていた。
◇◇◇
朝日が。
土台の穴へ差し込む。
凍った表面を越えると。
その下の土は。
まだ掘れた。
「入った!」
ミリアが叫ぶ。
「つるはしが入りました!」
「喜ぶな」
ガロンが言う。
「掘り始めただけだ」
「少しくらい」
「喜ばせてください!」
誰かが笑った。
すぐに。
次のつるはしが振り下ろされる。
笑い声は。
作業の音へ消えた。
◇◇◇
昼。
ガロンが。
穴の底へ縄を張る。
高さを見る。
「まだ低い」
「どれくらいだ」
「拳ほどだ」
ミリアが。
穴を覗き込む。
「それくらいなら」
「このままでも……」
「駄目だ」
ガロンの声が。
低くなる。
「サイズが決まらないと」
「冬の間に水車が作れない」
あと。
拳ひとつ分。
だが。
凍った土を。
穴の底すべてから。
同じ高さまで削らなければならない。
「やり直す時間はない」
俺が言う。
「ああ」
「だから」
「今」
「正しく造る」
ガロンは。
自分でつるはしを持った。
◇◇◇
ロイドが。
石を運ぶ。
イサクの荷車が。
次の石を届ける。
ヴォルグが連れてきた職人たちが。
縄を張り。
石の形を確かめる。
ダンは。
川ではなく。
空を見ていた。
「日が落ちる」
誰に向けた言葉でもない。
だが。
全員の手が。
わずかに速くなった。
俺は。
声を上げる。
「速さを変えるな!」
人々が。
一瞬。
俺を見る。
「急いで高さを間違えれば」
「今日一日が」
「全部無駄になる」
ガロンが。
小さく頷いた。
「今の速さでいい」
「止まるな」
◇◇◇
午後。
穴の底が。
ようやく。
ガロンの示した高さへ届いた。
「石を入れる」
待っていた荷車が。
動き出す。
石工が選んだ石を。
縄で下ろす。
一つ。
また一つ。
土台の外側から。
石が組まれていく。
住民たちは。
運ぶ。
職人たちは。
組む。
誰も。
別の仕事へ手を出さない。
誰も。
自分の仕事を止めない。
六十五人の名前。
その横へ書いた日付。
今。
現場にいる者だけで。
工程表が。
動いていた。
◇◇◇
日が。
山へ近づく。
残った石は。
三つ。
一つ目が。
下りる。
二つ目が。
組まれる。
最後の石を。
荷車から下ろす。
大きい。
土台の高さを決める。
最後の一石だった。
「縄をかけろ」
ガロンの声が飛ぶ。
四本の縄が。
石へ回される。
男たちが。
縄を握る。
「下ろすぞ」
石が。
ゆっくりと持ち上がる。
一歩。
また一歩。
穴へ近づく。
足元の土が。
雪と泥で滑る。
一人が。
膝をついた。
縄が傾く。
「止めろ!」
ガロンが叫ぶ。
石が。
宙で止まった。
男が立ち上がる。
「大丈夫だ」
「縄を替われ」
「まだやれる」
「替われ」
男は。
悔しそうに縄を離した。
すぐに。
別の男が入る。
止める。
替える。
また動かす。
急ぐために。
無理をさせない。
それも。
この十日間で。
学んだことだった。
◇◇◇
「下ろせ」
最後の石が。
穴へ入る。
「右」
「少し戻せ」
「止めろ」
ガロンが。
石の隙間へ手を入れる。
細い石を差し込む。
木槌を振る。
コン。
コン。
乾いた音が。
夕暮れの現場へ響く。
誰も。
声を出さない。
ガロンが。
縄を見る。
反対側へ歩く。
もう一度。
高さを見る。
日が。
山の端へ触れた。
「ガロン」
俺が呼ぶ。
返事はない。
木槌が。
もう一度。
振り下ろされる。
コン。
ガロンが。
ようやく立ち上がった。
「終わった」
一瞬。
誰も動かなかった。
ミリアが。
聞き返す。
「終わった?」
「ああ」
「二基目の土台は」
「完成だ」
歓声が。
川辺を揺らした。
◇◇◇
誰かが。
空を指した。
白いものが。
落ちてくる。
一つ。
また一つ。
今度の雪は。
地面へ落ちても。
溶けなかった。
ガロンは。
完成した土台を見下ろす。
「これで」
「冬に水車を造れる」
ロイドが。
加工所の予定地を見る。
「春には」
「加工所を造る」
ダンが。
川を見る。
「秋には」
「鮭が来る」
ミリアが。
両手を握った。
「間に合ったんですね」
「ああ」
俺は。
二基の土台を見る。
一基目。
二基目。
その先には。
まだ何もない。
水車も。
加工所も。
完成していない。
だが。
来年へ進むための。
順番は守った。
土は。
これから閉ざされる。
だが。
冬の時間は。
今。
開いた。
◇◇◇
翌朝。
現場は。
白い雪に覆われていた。
ガロンが。
土へつるはしを振り下ろす。
カン。
刃は。
ほとんど入らなかった。
ミリアが。
完成した土台と。
凍った地面を見比べる。
「本当に」
「昨日が最後だったんですね」
ガロンは。
つるはしを担ぐ。
「ああ」
「今日からは?」
「水車を造る」
職人たちが。
屋根のある作業場へ向かう。
俺は。
領主館へ戻った。
机の上には。
工事の日程表とは別に。
もう一枚の紙がある。
来年の鮭。
一万九千匹。
そのうち。
新しい加工所で扱う。
五千匹。
工事の次に。
組まなければならないものは。
来年の収入だった。
(第95話 来年の数字)
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