第93話 残り二日
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三本の線。
二基目の水車の土台。
二段目の水路。
加工所の基礎。
残された時間は。
二日。
全部を守ることは。
もうできない。
だが。
何を守るかは。
まだ選べる。
◇◇◇
俺は。
工程表を机へ広げた。
「一つずつ確認する」
最初に。
二基目の水車の土台を指す。
「これを」
「春へ回したらどうなる」
ガロンが答えた。
「水車を造れん」
「冬の間に?」
「ああ」
「土台の高さが決まらなければ」
「水車の大きさも」
「軸の位置も決まらん」
これは。
動かせない。
今。
終わらせなければならない。
次に。
二段目の水路を指す。
「これは?」
「全部は要らん」
ガロンの指が。
線の両端で止まる。
「水車から」
「どの高さで水を出すか」
「加工所へ」
「どの高さで入れるか」
「その二つが決まれば」
「残りは」
「春でも造れる」
ミリアが。
工程表を覗き込む。
「水路を」
「全部造らなくてもいいんですか?」
「高さが決まれば」
「つなぐ場所は変わらん」
「今必要なのは」
「水路ではない」
「水路の始まりと終わりだ」
俺は。
二段目の水路の線を消した。
両端に。
二つの印だけを残す。
最後に。
加工所の基礎。
「これは?」
ロイドの顔が。
険しくなる。
「加工所だぞ」
「ああ」
「鮭を運べても」
「加工する場所がなければ意味がない」
「春から造れば」
「夏までに間に合うか」
ロイドは黙った。
加工所の予定地は。
川から離れた。
安全な土地にある。
雪解けで。
川が増水しても。
建物を建てることはできる。
「材料は?」
ダレンが答える。
「木材は」
「冬の間に用意できます」
「職人は?」
「水車の製作が終われば」
「春から回せます」
ロイドが。
工程表を見る。
「間に合う」
短い答えだった。
「だが」
「余裕はなくなる」
「ああ」
「それでも」
「今やる必要はない」
ロイドが。
俺を見る。
「加工所を」
「後回しにするのか」
「違う」
俺は。
加工所の線へ。
一本の線を引いた。
「春へ送る」
「同じことだ」
「違う」
「捨てるんじゃない」
「順番を変える」
ミリアが。
小さく首を傾げる。
「加工所を守るために」
「加工所を止めるんですか?」
「ああ」
「水車がなければ」
「加工所へ」
「鮭は一匹も届かない」
ロイドは。
しばらく黙っていた。
やがて。
息を吐く。
「分かった」
「加工所は」
「春まで待たせる」
◇◇◇
残った工程は。
一つ。
そして。
二つの印。
二基目の水車の土台。
二段目の水路の。
始まりと終わり。
「ガロン」
「これなら」
「二日で終わるか」
ガロンは。
工程表を見ない。
窓の外の土を見る。
「加工所の人間を」
「全部」
「二基目へ回せ」
「積んだ石もだ」
「二段目の水路は?」
「職人を二人残す」
「高さを決め」
「石を置く」
「それ以上は要らん」
「加工所は?」
「杭と縄を残せ」
「積んだところは」
「雪で崩れんように覆う」
俺は頷いた。
「それで?」
ガロンが。
ようやく工程表を見る。
「二日だ」
「終わるのか?」
「終わらせる」
◇◇◇
現場へ戻った。
加工所の基礎で。
石を組んでいた者たちへ告げる。
「作業を止める」
ざわめきが起きた。
ロイドが。
積みかけの石組みを見る。
「ここは」
「春に再開する」
「今日から」
「二基目へ回ってくれ」
職人の一人が聞く。
「ここまで造ったのに?」
俺は。
加工所へ入る水の高さを示した杭を見る。
位置は決まった。
高さも決まった。
春に再開するための。
答えは残っている。
「無駄にはならない」
「今は」
「完成させる順番を変える」
ロイドが。
最初の石を持ち上げた。
「運ぶぞ」
職人たちが。
それに続いた。
◇◇◇
加工所から。
二基目の土台へ。
石が運ばれる。
荷車が走る。
人の列が伸びる。
二段目の水路では。
ガロンの職人が。
二か所だけ。
杭を打つ。
一つは。
二基目の水車から。
水が出る場所。
もう一つは。
加工所へ。
水と鮭が入る場所。
その間には。
まだ何もない。
だが。
二つの高さが決まれば。
春に。
つなぐことができる。
ミリアが。
二本の杭を見比べた。
「造っていないのに」
「水路が決まったんですね」
「今は」
「それでいい」
「全部造ることが」
「正解ではないんですね」
「ああ」
「間に合わせるために」
「今やらないことを決める」
これまで。
足りないものがあれば。
集めてきた。
金。
人。
材料。
だが。
時間だけは。
集められない。
時間が足りなければ。
仕事を減らすしかない。
◇◇◇
日が傾く。
二基目の穴では。
つるはしの音が。
途切れずに続いていた。
掘る。
運ぶ。
水を出す。
石を下ろす。
加工所から運んだ石が。
次々と。
土台へ組まれていく。
ガロンが。
一段目の高さを確認した。
「ここまでだ」
石工たちが。
次の石へ手を伸ばす。
ロイドも。
泥にまみれながら。
石を運んでいた。
ミリアが驚く。
「加工所を止めたのに」
「手伝うんですね」
ロイドは。
石を下ろした。
「加工所を」
「春に造るためだ」
それだけ言い。
次の石を取りに戻った。
◇◇◇
夕方。
ガロンが。
土台の中へ立つ。
昨日まで。
半分にも届いていなかった石組みは。
ようやく。
半分を越えていた。
「進んだな」
俺が言う。
「まだだ」
ガロンは。
空を見上げる。
雲は低い。
風は。
さらに冷たくなっている。
つるはしを。
地面へ振り下ろす。
カン。
朝よりも。
硬い音がした。
「明日は?」
俺が聞く。
ガロンは。
つるはしを引き抜く。
「掘れる」
ミリアが。
息を吐く。
「では」
「間に合いますね」
ガロンは。
二基目の土台を見る。
「明日中に」
「終わればな」
残り二日だった時間は。
もう。
一日しか残っていなかった。
今度は。
遅れる工程を。
俺たちが選んだ。
ダンが。
黙って空を見ていた。
「今夜は」
「晴れる」
「風もねえ」
ガロンの手が止まった。
晴れて。
風のない夜。
土が。
深く凍りやすい夜だ。
明日の朝には。
今日より。
つるはしが入らなくなる。
残されたのは。
一日。
だが。
その一日は。
夜のうちから。
削られ始めていた。
(第94話 最後の一日)
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