第92話 善意の値段
俺は工程表を最初から作り直した。
六十五人。
その数字は消さなかった。
間違っていたのは人数ではない。
その横に日付がなかったことだ。
ミリアが机の向かいから覗き込む。
「減らさないんですか?」
「人数は減らさない」
「では」
「何を変えるんです?」
「日数だ」
誰が何日来られるのか。
いつ冬支度へ戻るのか。
俺は六十五人の名前の横へ、一人ずつ来られる日を書き始めた。
工事へ出た日。
割れなかった薪。
直せなかった屋根。
運べなかった干し草。
無償で差し出されたのは人手ではない。
その者たちの冬までの時間だった。
「善意にも」
「限度がある」
「お金を払うんですか?」
「金だけでは」
「冬支度は終わらない」
俺は立ち上がった。
「時間で返す」
俺は急ぎ住民の冬支度のリストを作成した。
◇◇◇
俺たちは町を走った。
一軒目、屋根に穴。
二軒目、薪が足りない。
三軒目、家畜小屋が閉じていない。
ダレンが書く。ミリアが次の家へ走る。
屋根の穴を塞ぐ。
最初から最後まで直すのではない。
同じ作業を続けて行う。
干し草をまとめる。
各家の家畜小屋に運ぶ。
家畜小屋を順番に閉じていく。
薪を割る。
十本ずつにまとめる。
保存食を雪の入らない場所へ移す。
塩と穀物の残りを確認する。
そして住民に得意な作業を割り当てる。
「領主様」
ミリアが疑問な顔を向ける。
「何してるんですか」
俺はミリアだけではなく、住民皆に理解してもらい、作業チームを作った。
「大工は」
「屋根だけを回れ」
「木こりは」
「各家で薪を割るな」
「一か所でまとめて割れ」
「荷車は」
「干し草と薪を運べ」
「一軒ずつ全部終わらせるな」
「同じ仕事を」
「続けて片づける」
そしてヴォルグが連れてきた職人も、現場で余っていた荷車も町へ回した。
ヴォルグは何も言わなかった。
一方、現場ではガロンと職人たち、それに町から来た二十二人が、二基目の土台を掘り続けていた。
確実に来る者だけで工程を組み直している。
人数は少ない。
だが、誰が来るか分からない昨日より、仕事は止まらなかった。
「石」
ガロンが言う。すぐに石が届く。
「水」
桶が渡される。
「縄」
次の者が差し出す。
少ない人数でも迷いがない。
ダレンが作業の進みを書き込んでいく。
「進みは」
「昨日の半分です」
「ですが」
「作業は止まっていません」
ガロンが頷く。
「誰が来るか」
「先に分かっていれば」
「仕事は組める」
「現場に必要なのは」
「それだ」
翌日の夕方、最後の荷車が戻ってきた。
「終わりました!」
ミリアが一覧へ大きな印をつける。
屋根の穴、塞いだ。
当面の薪、積んだ。
家畜小屋、閉じた。
干し草、運び込んだ。
保存食、雪の入らない場所へ移した。
冬支度が全て終わったわけではない。
だが、今すぐ家を離れられない理由はひとまず消えた。
完全ではない。
だが、雪を迎えるために必要なことは終わった。
昨日の女が積まれた薪を見つめる。
「これなら」
「冬を越せる」
隣で男が黙って頷いた。
俺はようやく息を吐いた。
工事は遅れは増えた。
だが、町の冬を削らずに済んだ。
翌朝、川辺には四十八人が集まっていた。
ガロンが人の数を確認する。
「六十五人ではないな」
「ああ」
「四十八人だ」
「明日は?」
「四十八人」
「その次は?」
「四十五人」
ダレンが名前と日付を書いた紙を見せる。
来られる日、来られない日、全て先に確認してある。
ガロンが俺を見る。
「今度は」
「工程表へ書いていいのか」
「ああ」
「本人が来ると決めた日だけだ」
ガロンは頷いた。
そして作業の指示を出す。
人々が一斉に動き始めた。
石を運ぶ列が再び長くなる。
土を入れた籠が止まらずに流れていく。
善意は無料ではなかった。
誰かが差し出した時間には、返さなければならない時間がある。
その値段を払って、俺たちはようやく、もう一度工程表を動かした。
夕方、ガロンが凍った土を割った。
昨日より凍った層は深い。
「あと何日だ」
「二日」
俺は工程表を見る。
二基目の水車の土台、二段目の水路、加工所の基礎。
まだ三本の線が残っている。
「二日で」
「全部終わるか」
ガロンは首を横に振った。
誰も言葉は出せなかった。
人は戻った。
だが、仕事を終わらせる時間は戻らなかった。
今度は人を増やすのではない。
やる仕事を減らさなければならなかった。
(第93話 残り二日)




