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第90話 雪が来る前に

※この作品は毎日更新予定です。

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 カン。

 ガロンが打った。

 最初の杭が。

 土へ沈んだ。

「今やるのは」

「水車を造ることじゃない」

 ミリアが首を傾げる。

「水車を造らないんですか?」

「今はな」

 ガロンは。

 川辺を指した。

「取水口」

 次に。

 土手へ続く線を指す。

「水路の基礎」

 さらに。

 二つの水車を置く場所へ歩く。

「水車を据える石組み」

 最後に。

 加工所の予定地を見る。

「それと」

「建物の基礎だ」

 ロイドが聞く。

「水車本体は?」

「木は」

「冬でも削れる」

「軸も」

「羽根も」

「桶も」

「屋根の下で造れる」

 ガロンは足元の土を踏んだ。

「だが」

「土が凍れば」

「掘れん」

「石も組めん」

「水車ができても」

「置く場所がなければ」

「ただの大きな木の輪だ」

 ミリアが頷く。

「つまり」

「今は水車ではなく」

「水車の居場所を造るんですね」

「ああ」

「今日はよく分かるな」

「いつも分かっています!」

 誰も。

 それには答えなかった。

◇◇◇

 領主館へ戻ると。

 俺は大きな紙を広げた。

 取水口。

 水路。

 二基の水車の土台。

 加工所の基礎。

 四本の線を。

 並べて引く。

 ミリアが横から覗き込む。

「また図面ですか?」

「日程だ」


どの工程を。

春へ回せるのか。

この時点では。

まだ判断できなかった。

一つ遅らせれば。

その先の工程まで。

遅れる可能性がある。

だから。

「四つを」

「同時に進める」

 ダレンが紙を見る。

「人が足りません」

「職人の数は増やせない」

「なら」

「職人にしかできない仕事へ」

「職人を集中させる」

 ガロンが頷く。

「石を組む」

「高さを決める」

「木を刻む」

「そこへ素人を入れるな」

「ああ」

「それ以外を」

「町の人間に任せる」

 土を運ぶ。

 石を運ぶ。

 木を運ぶ。

 縄を張る。

 食事を作る。

 職人が。

 技術の仕事だけを続けられるようにする。

 俺は紙の上に。

 人と荷車を割り振った。

「遅れた場所へ」

「その日のうちに人を移す」

「一日の遅れが」

「最後には」

「一年の遅れになりかねない」

 ミリアが青い顔で呟く。

「一日の重さが」

「急に大きくなりました……」

◇◇◇

 その日のうちに。

 ミリアは町を走り回った。

 翌朝。

 川辺に集まった人々を見て。

 俺は言葉を失った。

 漁師。

 農家。

 木こり。

 大工。

 石工。

 鍛冶屋。

 食事を運ぶ女たち。

 縄や籠を抱えた老人までいる。

「人を集めろとは言った」

「町ごと連れて来いとは言っていない」

「私も」

「こんなに来るとは思っていませんでした!」

「また勝手に増やしたのか」

「違います!」

「皆さんが」

「勝手についてきたんです!」

 人垣の中から。

 一人の男が声を上げた。

「領主様」

「俺たちにも」

「やらせてくれ」

「加工所ができれば」

「町に仕事が残る」

 別の男も続く。

「来年」

「また鮭が帰ってきても」

「今までと同じじゃ意味がねえ」

「今度は」

「この町に残るものを造りたい」

 俺は。

 集まった人々を見渡した。

 これまでにも。

 町の者たちは。

 自分から動いてくれた。

 だが。

 今回は。

 以前よりも多い。

 この町の輪は。

 確かに広がっていた。

 ダンが。

 漁師たちの前へ立つ。

「川を知らねえ者は」

「川へ入るな」

「流されたら」

「工事どころじゃねえ」

 ガロンも全員を見回した。

「素人は」

「素人にできる仕事をしろ」

「運べ」

「掘れ」

「支えろ」

「それだけで」

「職人は手を止めずに済む」

 全員が頷いた。

「始めるぞ」

 ガロンの声で。

 人々が一斉に動き出した。

◇◇◇

 一日目。

 ダンたちが。

 取水口を置く場所を決めた。

 流れ。

 川底。

 岸の削れ方。

 何度も確認し。

 ガロンが杭を打つ。

 土手では。

 水路の基礎を掘る者たちが。

 列を作った。

 掘った土を。

 籠へ入れる。

 次の者へ渡す。

 また次へ。

 籠が。

 人の手から人の手へ流れていく。

 まるで。

 まだない水路を。

 先に人が流れているようだった。

 三日目。

 取水口の石組みが。

 形を見せ始めた。

 石工が石を選び。

 住民が運ぶ。

 職人が積み。

 ダンが川を見張る。

 イサクの荷車が。

 木材と鉄具を積み。

 ラングとバルドを往復する。

 ノースからも。

 ヴォルグが呼んだ職人が到着した。

 五日目。

 木の水路を支える基礎が。

 土手へ向かって伸びていく。

 別の場所では。

 一基目の水車を据えるための。

 石組みが始まった。

 加工所の予定地でも。

 ロイドが縄を張る。

「ここが入口だ」

「鮭と水は」

「ここから入る」

 ガロンが。

 縄の高さを見る。

「もう少し上げろ」

「まだ上げるのか?」

「ああ」

「柱は」

「春でも立てられる」

「だが」

「水が入る高さを間違えれば」

「水路までずれる」

「今のうちに」

「高さだけは決める」

 ロイドは。

 しばらく縄を見た。

 そして。

 黙って張り直した。

◇◇◇

 七日目。

 取水口から。

 水車の土台まで。

 最初の水路がつながった。

 まだ。

 完成ではない。

 だが。

 ガロンは水門へ手をかけた。

「水を流す」

 ミリアが目を輝かせる。

「もうですか?」

「途中だから流す」

「完成してからでは駄目なんですか?」

「完成してから間違いが分かれば」

「全部やり直しだ」

 ガロンは水門を開いた。

 水が。

 ゆっくりと木の水路へ入る。

 最初は細く。

 やがて。

 一本の流れになる。

 ミリアが。

 水路の横を走る。

「来ました!」

「水が来ました!」

 水は。

 川辺を離れ。

 土手の内側へ進んでいく。

 俺たちが。

 加工所を建てられないと。

 諦めかけた土地を越え。

 安全な場所へ向かって。

 流れていく。

 ダンが低く笑った。

「本当に」

「川を連れてきやがった」

 水は。

 ガロンが印をつけた場所の。

 少し手前で止まった。

「止まりました!」

 ミリアの声が裏返る。

 ガロンは。

 すぐに水門を閉じた。

「分かった」

「何がです?」

「直す場所だ」

「失敗ですか?」

「違う」

 ガロンは。

 止まった場所へ杭を打つ。

「図面で分かる高さと」

「水にしか分からん高さがある」

「今」

「水に聞いた」

 杭を抜き。

 縄を張り直す。

「ここを」

「わずかに下げる」

「それだけだ」

 失敗ではない。

 確認だ。

 完成してから崩すのではなく。

 小さなずれのうちに直す。

 俺は。

 その様子を見つめていた。

 計画とは。

 最初から。

 間違えないためのものではない。

 間違いを。

 早く見つけるためのものなのかもしれない。

◇◇◇

 翌日。

 水は。

 ガロンが示した場所まで届いた。

 住民たちから。

 歓声が上がる。

 だが。

 ガロンは笑わない。

「喜ぶのは早い」

 一基目の水車を据える場所を指す。

「水は来た」

「だが」

「水を受ける土台は」

「まだ半分だ」

 次に。

 さらに上の土地を指す。

「二基目は」

「まだ穴しかない」

 歓声が止まった。

「水車は」

「冬に造れる」

「だが」

「土台は」

「今しか造れん」

「運べ」

 再び。

 石を運ぶ列が動き始めた。

◇◇◇

 十日目。

 一基目の水車を据える石組みが。

 ようやく完成した。

 加工所の基礎も。

 半分まで進んでいる。

 だが。

 二基目の水車の土台は。

 まだ半分もできていなかった。

 予定より。

 二日遅れている。

「取り戻せるか」

 俺が聞く。

 ガロンは。

 空を見上げた。

「土が」

「待ってくれればな」

 北の空には。

 朝から。

 低い雲が広がっていた。

 風も。

 昨日までとは違う。

 冷たい。

 ダンが。

 川の水へ手を入れる。

「来るな」

「いつだ」

「分からねえ」

「だが」

「遠くはねえ」

 現場の動きが。

 さらに速くなった。

 日が落ちても。

 火を焚き。

 石を運ぶ音が続く。

 だが。

 暗くなれば。

 川の中では作業できない。

 焦っても。

 日暮れは止められない。

◇◇◇

 その日の夕方。

 最後の荷車を見送った時だった。

 白いものが。

 俺の図面へ落ちた。

 一つ。

 また一つ。

 すぐに溶け。

 小さな染みになる。

 ミリアが。

 空を見上げた。

「雪……」

 誰も。

 言葉を出せなかった。

 ガロンだけが。

 掘りかけの。

 二基目の土台を見たまま言った。

「予定より」

「早いな」

 雪は。

 ただ白いだけではない。

 降り積もれば。

 土を閉ざす。

 来年の鮭へ続く道は。

 まだ。

 半分しかできていなかった。


(第91話 最初の遅れ)



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