第9話 最初の売上
翌朝。
俺とミリア、そしてグランは港町へ向かっていた。
荷台にはゴブリンの耳。
ゴブリンリーダーの牙。
皮。
爪。
昨日までなら誰も見向きもしなかった物ばかりだ。
「レオン様」
ミリアが荷台を見ながら言った。
「本当に売れるんでしょうか」
「売れる」
「根拠は?」
「需要があるからだ」
「またその理屈ですか」
またと言われても困る。
商売とは結局それだけだ。
欲しい人がいて。
物がある。
なら値段が付く。
それだけで市場は成立する。
半日後。
港町ラングへ到着した。
バルド領とは別世界だった。
石造りの建物。
賑わう市場。
行き交う荷馬車。
そして港に並ぶ船。
「人が多い……」
ミリアが呟く。
「これが普通だ」
俺は港を見ながら答えた。
だが同時に気付いた。
船の数が少ない。
思ったより少ない。
何か理由がある。
だが今は後だ。
まず売上である。
「買い取り所はどこだ」
グランが案内する。
冒険者や猟師が魔物素材を持ち込む店らしい。
店主は太った中年男だった。
俺たちを見るなり眉をひそめる。
「なんだお前ら」
「買い取りを頼みたい」
「置いていけ」
ぶっきらぼうだった。
だが構わない。
重要なのは機嫌ではなく価格だ。
荷台を見た店主の顔が変わる。
「おい」
「なんだ」
「全部お前らが狩ったのか」
「ああ」
店主は耳を数え始めた。
そして。
牙を見た瞬間。
手が止まった。
「これはどこで手に入れた」
「ゴブリンリーダーだ」
「……本物か?」
「偽物を作る技術があるなら別の商売をする」
店主が黙る。
そして奥へ消えた。
数分後。
老人を連れて戻ってきた。
鑑定士らしい。
老人は牙を見て目を見開いた。
「間違いない」
「本物か」
「ああ」
店主がこちらを見た。
さっきまでとは目の色が違う。
完全に商人の目だ。
「金貨二枚」
店主が言った。
「安いな」
俺は即答した。
店主が固まる。
「何?」
「相場を知らないと思ったか」
もちろん相場は知らない。
だが先に値段を飲んだら負けだ。
交渉の基本である。
最初の提示額は安い。
だからまず否定する。
店主が顔をしかめる。
「なら金貨三枚だ」
「安い」
「四枚」
「安い」
「お前な……」
ミリアが横で震えていた。
どうやら見ていられないらしい。
だが交渉とはそういうものだ。
そして。
店主がため息をついた。
「金貨五枚」
俺は黙った。
店主も黙った。
数秒後。
「成立だ」
店主が机を叩いた。
「くそったれ」
どうやら限界価格らしい。
俺は頷いた。
「耳と皮と爪は?」
「合わせて銀貨八十枚」
「いいだろう」
店主が金を積み上げる。
金貨五枚。
銀貨八十枚。
バルド領にとっては大金だった。
ミリアが呆然としている。
「売れた……」
「ああ」
「本当に売れた……」
「ああ」
その時だった。
俺はふと思い出した。
「グラン」
「はい」
「肉はどうした」
グランが瞬きをした。
「肉、ですか?」
「ああ」
「村に置いてありますが」
「捨てたのか?」
「まだです」
俺は頷いた。
「よし」
「何がです?」
ミリアが嫌な顔をする。
たぶん嫌な予感がしたのだろう。
「次の売上候補だ」
ミリアが頭を抱えた。
「もう嫌な予感しかしません」
店主まで変な顔をしていた。
「お前、本気で言ってるのか?」
「当然だ」
「ゴブリンの肉だぞ」
「食えないのか?」
「人間は食わん」
「人間は、か」
俺は少し考えた。
家畜。
犬。
肥料。
使い道はいくらでもある。
捨てる理由がない。
「捨てるな」
「またですか!?」
ミリアの悲鳴が店中に響いた。
だが俺は真面目だった。
経営とは捨てられている価値を拾う仕事だ。
そして。
この領地にはまだ誰も気付いていない価値が
大量にある。
「レオン様」
グランの声が震える。
「税収より多いです」
「ああ」
年間税収銀貨八枚。
今日の売上はそれを遥かに超えた。
だが。
俺が見ていたのは金貨ではなかった。
窓の外。
港だった。
船が少ない。
荷も少ない。
明らかに何かがおかしい。
「ミリア」
「はい」
「一つ聞く」
「何でしょう」
「この港」
俺は海を見ながら言った。
「儲かっていないな」
ミリアが首を傾げる。
「分かるんですか?」
「ああ」
俺は小さく笑った。
「売上の匂いがする」
(第10話 儲かっていない港)
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