第9話 最初の売上
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第9話 最初の売上
俺とミリア、そしてダレンは、港町へ向かっていた。
荷台にはゴブリンの耳。
ゴブリンリーダーの牙。
皮。
爪。
三日前までなら、誰も見向きもしなかった物ばかりだ。
「レオン様」
ミリアが荷台を見ながら言った。
「本当に売れるんでしょうか」
「売れる」
「根拠は」
「需要があるからだ」
「またその理屈ですか」
またと言われても困る。
商売とは、結局それだけだ。
欲しい人がいて、物がある。
なら値段が付く。
それだけで市場は成立する。
半日後。
港町ラングへ到着した。
バルド領とは別世界だった。
石造りの建物。
賑わう市場。
行き交う荷馬車。
そして、港に並ぶ船。
「人が多い……」
ミリアが呟いた。
「これが普通だ」
俺は港を見ながら答えた。
だが同時に、気づいた。
船の数が少ない。
思ったより、ずっと少ない。
何か理由がある。
だが、今は後だ。
まず売上である。
「買い取り所はどこだ」
ダレンが案内した。
冒険者や猟師が魔物素材を持ち込む店らしい。
店主は、太った中年の男だった。
俺たちを見るなり、眉をひそめる。
「なんだお前ら」
「買い取りを頼みたい」
「置いていけ」
ぶっきらぼうだった。
だが構わない。
重要なのは機嫌ではなく、価格だ。
荷台を見た店主の顔が、変わった。
「おい」
「なんだ」
「全部お前らが狩ったのか」
「ああ」
店主が耳を数え始めた。
「二百三十一ある」
俺が言うと、店主の手が止まった。
「……数えてきたのか」
「数えた」
村の十七の若者が、一つずつだ。
そして、牙を見た瞬間。
店主の手が、また止まった。
「これはどこで手に入れた」
「ゴブリンリーダーだ」
「……本物か」
「偽物を作る技術があるなら、別の商売をする」
店主が黙った。
そして奥へ消えた。
数分後。
老人を連れて戻ってきた。
鑑定士らしい。
老人は牙を見て、目を見開いた。
「間違いない」
「本物か」
「ああ」
店主がこちらを見た。
さっきまでとは、目の色が違う。
完全に商人の目だった。
「金貨二枚」
店主が言った。
「安いな」
俺は即答した。
店主が固まる。
「何?」
「相場を知らないと思ったか」
もちろん、相場は知らない。
だが、店主は鑑定士を呼んでまで、本物か確かめた。
確かめたあとも、牙を手元に置いている。
「ほかでも聞いてくる」
俺は、牙へ手を伸ばした。
「待て」
店主が、先に牙を押さえた。
欲しいらしい。
なら、もう少し探れる。
「三枚だ」
「安い」
「四枚」
「まだ、あの老人の顔が戻っていない」
「お前な……」
ミリアが横で震えていた。
どうやら、見ていられないらしい。
だが、交渉とはそういうものだ。
そして。
店主がため息をついた。
「金貨五枚」
俺は黙った。
店主も黙った。
数秒後。
「成立だ」
店主が机を叩いた。
「くそったれ」
どうやら限界価格らしい。
「耳と皮と爪は」
「合わせて銀貨八十枚」
「いいだろう」
店主が金を積み上げる。
金貨五枚。
銀貨八十枚。
バルド領にとっては、大金だった。
「レオン様」
ダレンの声が震えた。
「年間税収より、多いです」
「ああ」
年間税収、銀貨八枚。
今日の売上は、それを遥かに超えた。
「ミリア」
「はい」
「書け」
「もう書いています」
彼女は、店主が金を積み始めた時点で帳簿を開いていた。
「それから、店主」
「なんだ」
「この町で、油はどこで買える」
店主が眉をひそめた。
「油? 二軒隣だ」
「九壺ある店か」
「あるだろうよ」
俺は立ち上がった。
「レオン様」
ダレンが慌てた。
「先に、借金の返済では」
「返す」
「ですが十二万枚です」
「そっちは、今日は一枚も減らない」
俺は答えた。
「だが、油は今日返せる」
ダレンが、口を開けたまま黙った。
「期限は冬の初日だ」
俺は言った。
「期限より早く返ってきた借りは、次に貸すときの判断を変える」
ミリアが帳簿から顔を上げた。
何か言いかけて、やめた。
そして、返済の欄に目を戻した。
油九壺は、銀貨七枚だった。
安い買い物だ。
村の冬の灯りと引き換えに手に入れたものを考えれば。
「ダレン」
「はい」
「肉はどうした」
ダレンが瞬きをした。
「肉、ですか」
「ああ」
「村に置いてありますが」
「捨てたのか」
「まだです」
「よし」
「何がです」
ミリアが嫌な顔をした。
「次の売上候補だ」
「ゴブリンの肉ですよ」
店主が変な顔をした。
「人間は食わん」
「人間は、か」
俺は少し考えた。
家畜。
犬。
肥料。
使い道はいくらでもある。
捨てる理由がない。
「捨てるな」
「……また、ですか」
だが、俺は真面目だった。
経営とは、捨てられている価値を拾う仕事だ。
そして、この領地には、まだ誰も気づいていない価値が大量にある。
俺が見ていたのは、金貨ではなかった。
窓の外。
港だった。
船が少ない。
荷も少ない。
明らかに、何かがおかしい。
「ミリア」
「はい」
「一つ聞く」
「何でしょう」
「この港」
俺は海を見ながら言った。
「儲かっていないな」
ミリアが首を傾げた。
「分かるんですか」
「ああ」
俺は小さく笑った。
「売上の匂いがする」
(第10話 儲かっていない港)
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