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第83話 待ち人

※この作品は毎日更新予定です。

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領主館には重い空気が流れていた。

 机の上には。

 昨日の図面が広げられている。

 誰も口を開かない。

 ロイドが長いため息をついた。

「一晩考えた」

「だが」

「やっぱり簡単じゃねえ」

 ミリアが顔を上げる。

「そんなに難しいんですか?」

「ああ」

 ロイドは図面を指差した。

「水路だけなら掘れる」

「建物だけなら建つ」

「だが」

「全部をこの勾配でつなぐとなると」

「少し狂っただけで」

「水は流れねえ」

 ダレンも図面を見つめた。

「村の大工なら家は建てられます」

「でも」

「こんな建物は誰も建てたことがありません」

 部屋は静まり返る。

 イサクが腕を組んだ。

「金はある」

「人手もある」

「図面もある」

「なのに建たない」

「商売ってのは皮肉なもんだ」

 俺は黙って図面を見つめた。

 考えは間違っていない。

 だが。

 実現できなければ。

 ただの紙切れだ。

 ミリアが小さく手を挙げた。

「王都の水車職人さんはどうですか?」

「前に来てもらいましたよね」

 ロイドが首を横に振る。

「水車職人は水車職人だ」

「水を回すことには詳しい」

「だが」

「こんな加工所は別物だ」

 イサクも頷く。

「しかも」

「こんな図面を持って王都へ行ったら終わりだ」

 ミリアが首を傾げる。

「どうしてですか?」

 イサクは苦笑した。

「役人は理由を聞く」

「誰が造る」

「なぜ必要だ」

「それでどれだけの金が生まれる」

「危険はないか」

「前例はあるのか」

「山ほど説明を求められる」

 ロイドが笑う。

「工事が始まる頃には」

「俺たちは年寄りだな」

 部屋に苦笑が広がった。

 ミリアは胸を張る。

「でも!」

「水車を造ったんですから」

「水車は水を高いところに運びますよ」

 ロイドとイサクは顔を見合わせる。

 そして同時に頷いた。

「その通りだ」

 俺も思わず笑った。

「いい着眼点だ」

 ミリアは得意そうに胸を張った。

 ダレンが地図を広げた。

「一つ気になっていました」

「何だ」

「鮭は」

「どこまで船で運べますかね」

皆がダレンを見つめる。

「ダンなら分かるはずだ」

ダレンはすぐに部屋を飛び出した。

ほどなくして。

ダンが領主館へやって来る。

俺達は図面を見せる。

「なんだこれは」

俺達は今までの経緯を説明する。

「この中洲の手前が限界だな」

「これより上は浅い」

「腹を擦る」

「荷を積んだ船じゃ無理だ」

 ロイドが頷く。

「つまり」

「ここから先は荷馬車か」

 ダンは腕を組んだ。

「だから加工所は」

「この辺りしか建てられねい」

 俺は図面と地図を見比べる。

 もう少し高低差が欲しい。

 だが。

 自然の地形では足りない。

「だから、ここに水車でぇ」

ミリアは地図を指差した。

ロイドは腕を組む。

「考え方は間違ってねぇ。」

イサクも頷く。

「水車なら高低差は作れる。」

俺も頷いた。

「いい着眼点だ。」

「問題は。」

「誰が造るかだ。」

ミリアは確かに正しい。

「しかし、王都へ依頼するのは」

ダレンが呟く。

 部屋が再び静まり返った。

「やっぱり」

 ロイドが呟く。

「この図面を描くのと」

「造るのは別だ」

 誰も反論できなかった。

 その時だった。

 外が騒がしくなる。

 馬のいななき。

 門番の声。

 足音が近づいてくる。

 扉が勢いよく開いた。

「領主様!」

 飛び込んできたのはハンスだった。

 旅の埃を全身にまとっている。

「お帰り!」

 ミリアが駆け寄る。

 ハンスは息を整える暇もなく言った。

「ノースから戻りました!」

 そして。

 後ろへ振り返る

「領主様」

「例の話を」

「引き受けてくださる方を」

 逆光で。

 その人物の顔は見えない。

 俺は静かに立ち上がった。

 ようやく。

 待ち人が来た。


(第84話 ノースの資産家)



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