第82話 加工所の構想
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部屋は静まり返っていた。
誰一人。
口を開かなかった。
図面には。
一つの工場ではなく。
五つの建物が描かれていた。
細い水路で互いにつながり。
最初に口を開いたのはミリアだった。
「……何ですか、これ」
「工場ですよね?」
「建物がバラバラです」
「まるで星座じゃないですか」
ロイドは図面を見つめたまま呟いた。
「いや」
「これは工場じゃない」
「作業の流れを書いた図か」
俺は少し笑った。
「その通りだ」
「何だそれは」
ミリアがため息をつく。
「また始まりました」
「領主様の分からない話です」
「私にも分かるように説明してください」
部屋に笑いが広がる。
◇◇◇
俺は図面の一番上を指差した。
「ここが荷揚げ場だ」
「漁師はここまで魚を運ぶ」
「その先は」
「漁師は入らない」
ダレンが首をかしげた。
「え?」
「じゃあ誰が運ぶんです」
「水だ」
「……はい?」
ミリアが固まる。
「魚が泳ぐんですか?」
イサクが思わず笑う。
「違う」
「水路を流す」
「魚を箱ごと浮かせる」
「重い荷は水に運ばせる」
ロイドの目が見開いた。
「だから」
「水路が描いてあるのか」
◇◇◇
俺は次の建物を指差した。
「ここで内臓を取る」
ロイドが頷く。
「順番はラングと同じだ」
「ああ変えたのは順番じゃない」
「移動だ」
「しかし」
「内臓を」
「次の建物には持ち込まない」
「腐りやすいからだ」
ミリアが首を傾げる。
「一つの建物で全部やれば早くないですか?」
「早くない」
「臭いが移る」
「虫も集まる」
「掃除にも時間がかかる」
「だから」
「汚れる仕事ほど」
「最初に切り離す」
ロイドが腕を組む。
「なるほど」
「だから建物を分けたのか」
◇◇◇
イサクは図面を見つめたまま言った。
「この丸は何だ」
「内臓乾燥庫だ」
「乾燥庫?」
「捨てるんじゃないんですか?」
ミリアが驚く。
俺は首を振る。
「捨てない」
「乾燥させる」
「そして畑にまく」
ダレンが思わず声を上げた。
「そうか漁民が家の畑で使っている」
「ああ」
「バルドの畑も豊かになる」
イサクが笑った。
「商人だな」
「捨てる物まで金に変えるのか」
「違う」
俺は首を振った。
「捨てるから損をする」
「使えば利益になる」
ミリアが苦笑する。
「領主様って」
「何でもお金に変えようとしますね」
「そういうものだ」
「やっぱり難しいです」
部屋に笑いが起こった。
◇◇◇
ロイドは図面を食い入るように見ていた。
「塩漬け後と樽詰めをわけるのはなぜだ」
「ラングの加工所では」
「作業と作業の間を運んでいた」
「塩漬けが終われば水路に乗せ」
「次の樽詰め作業に流す」
「……分かった」
「ラングが負けた理由が」
全員がロイドを見る。
「俺たちは」
「建物を建てた」
「しかも大きな物を」
「より多くの鮭を処理するために」
「そして結果的に運ぶ手間が増えた」
沈黙。
ロイドが静かに笑う。
「なるほど」
「鮭じゃない」
「人を運んでいたんだ」
「俺たちは魚を運んでいたと思っていた」
俺は頷く。
「人が魚を追いかけていた」
「だから鮮度も落ちる」
「だから人も疲れる」
ロイドはそう言い放つと天井を仰ぎ見た。
「そうだ。」
「魚は動かない」
「だから人が走る」
「なら」
「動かせばいい」
「これで少人数で鮭の処理ができる」
皆の顔が明るくなる。
「しかし」
「まだ終わりじゃない」
俺は図面の横にもう一枚の紙を置いた。
街道。
橋。
船。
ラング。
そして王都。
すべてが一本の線で結ばれている。
ロイドが息を呑む。
「加工所は入口にすぎない」
「ここから物流が始まる」
イサクは腕を組んだまま図面を見つめていた。
長い沈黙。
やがて。
ゆっくり口を開く。
「レオン」
「一つ聞いていいか」
「何だ」
イサクは図面の水路を指差した。
「この水路」
「建物ごとに高さが違う」
次に。
建物を結ぶ線をなぞる。
「こっちは勾配まで書いてある」
さらに。
荷揚げ場を見る。
「ここは川の流れを変えるつもりか」
ロイドの表情が変わる。
「まさか……」
イサクは静かに笑った。
「いや」
「笑い事じゃない」
「こんな加工所」
「見たことがない」
部屋が静まり返る。
ロイドが図面を見つめたまま呟く。
「普通の大工じゃ無理だ」
ダレンも顔を上げる。
「え……」
ミリアが不安そうに俺を見る。
「領主様」
「これ」
「本当に建てられるんですか?」
俺は答えなかった。
図面を静かに見つめる。
その時だった。
ロイドがぽつりと呟く。
「いや……」
「問題は」
「建てられるかじゃない」
「こんなものを」
「建てられる職人が」
「この国にいるのか……」
誰も。
答えられなかった。
俺も、答えを持っていなかった。
(第83話 待ち人)
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