第81話 橋の値段
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部屋に入ると。
俺は一枚の紙を机に広げた。
橋の図面。
通行記録。
維持費。
そして。
十年後までの予測を書き込んだ帳簿だった。
イサクは椅子に腰掛けるなり身を乗り出す。
「さあ!」
「面白い商売の話を聞かせてくれ!」
ミリアが呆れたように言う。
「さっきまで大騒ぎしていた人とは思えませんね」
「商売の話になれば別人だ!」
「さっきも十分別人でしたよ」
ロイドが咳払いをした。
「始めよう」
部屋の空気が変わる。
◇◇◇
俺は橋の図面を指さした。
「この橋だ」
「ラング街道へ続く橋」
「今は無料で開放している」
イサクが頷く。
「なるほど」
「だから収益はないわけだ」
「ああ」
「だが」
「加工所が完成すれば話は変わる」
ダレンが帳簿を読み上げた。
「通行料を導入した場合」
「年間利益は約四十金貨」
イサクは顎に手を当てた。
「十年間で四百金貨か」
「悪くない数字だ」
◇◇◇
俺は首を振った。
「それは今の計算だ」
地図を広げる。
「加工所ができれば」
「塩」
「樽などの資材」
「とにかく人と物の流れが増える」
ロイドが静かに頷く。
イサクは黙って地図を見つめた。
「ああ」
「この橋は要になる」
俺は続けた。
「船で間に合わない急ぎの荷物は」
「早馬便の荷馬車も通るようになるだろう」
「橋の価値は」
「今より確実に上がる」
イサクは目を細めた。
「なるほど」
「橋じゃない」
「物流に投資するわけだな」
「ああ」
俺は続ける。
「保証はない」
「洪水」
「不漁」
「ゴブリンの徘徊」
「負の要素もある」
「だから」
「将来の利益をそのまま売る気はない」
「利益」
「将来性」
「負の要素」
「全部を考えた」
「現在価値は三百金貨」
部屋が静まり返った。
◇◇◇
イサクは黙って地図を見つめながら。
「バルドからラングに行く道は」
「獣道を除けばこれだけだ」
「もちろん船もあるが」
やがて。
小さく笑う。
「新しい道は作れない」
「ああ」
「そんな資金はない」
しばらくイサクは考え。
「三百金貨だ」
ロイドも頷いた。
「俺もそう思う」
俺は黙って二人を見ていた。
ここから先は。
数字では測れない話だった。
イサクはゆっくり立ち上がった。
「だが」
「俺はラング商会の社長でもある」
部屋の空気が変わる。
「十年前」
「ラング商会は」
「カルテルで利益を得た」
「知らなかった」
「では済まされない」
イサクは続ける。
「バルドには」
「謝って済む話じゃない」
「だから」
イサクは俺を見た。
「加工所を建てるには」
「あといくら必要だ」
「順調にいけば」
「三百五十金貨だ」
俺はイサクの目を真っ直ぐ見つめ返した。
「ラング商会からバルドへの贖罪だ」
「その五十金貨は」
「利益じゃない」
「ラング商会が」
「バルドへ返すべき金だ」
ロイドは静かに目を閉じた。
ダレンも息を呑む。
部屋には誰の声もなかった。
イサクは顔を上げる。
「三百五十金貨」
「それが俺の答えだ」
俺は静かに頷いた。
イサクが笑う。
「いや」
「ひとつ条件がある」
嫌な空気ではない。
ミリアがなぜか緊張した面持ちだ。
皆がイサクの言葉を待つ。
「橋を預かる以上」
「俺たちも条件を付ける」
「十年間、他にラングへの道を作らない」
イサクがニヤリと笑う。
「加工所の構想を聞かせてもらおう」
俺は静かに笑った。
「分かった」
「ただし」
「聞いたら」
「もう後戻りはできないぞ」
イサクが笑う。
「商人は」
「儲け話から逃げない」
俺は机の上に。
一枚の図面を広げた。
それを見た全員が。
言葉を失った。
(第82話 加工所の構想)
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