第78話 次の一手
お待たせしました。本日より第二部を開始します。
第一部では、辺境ノルドの財政再建に道筋をつけ、借金返済の第一歩を踏み出したところまでを描きました。第二部は、いよいよ領地経営の本格拡大フェーズに入ります。
第二部も毎日更新でお届けします。引き続きよろしくお願いします。
紋章の男が連行されて三日が過ぎた。
バルドには、久しぶりの静かな朝が訪れていた。
港には鮭が戻った。
町には笑い声が戻った。
ラングとの取引も再開された。
そして。
借金だけは。
何一つ変わっていなかった。
◇◇◇
「レオン様」
ミリアが帳簿を持ってきた。
「計算が終わりました」
「ああ」
俺は顔を上げた。
「どうだった」
ミリアは珍しく笑顔だった。
「良いニュースです」
「ダンさん達と確認しました」
「来年の鮭は二万匹に届きそうです」
ダレンが息を呑んだ。
「二万匹……」
俺は頷いた。
予想通りだった。
鮭は戻った。
しかも。
想定以上の速度で。
「契約価格で計算すると」
「来年の利益は約六百金貨です」
部屋の空気が少し明るくなった。
六百金貨。
バルド始まって以来の数字だ。
だが。
俺は笑えなかった。
◇◇◇
「それは来年の金だ」
俺は静かに言った。
「次の返済は三か月後」
「五百金貨」
部屋が静まり返った。
ダレンが口を開く。
「共同施設組合が」
「修繕分を残して百金貨まで貸すと申し出てくれま
した」
「漁業預り金の件を聞いて」
「領主様になら、と」
ありがたい話だった。
だが。
俺は紙に書いた。
組合からの借入 百金貨
次回返済 五百金貨
「足りません」
ミリアが小さく言った。
「ああ」
俺は頷いた。
「四百金貨足りない」
しかも。
組合の金も借り物だ。
今のバルドには。
その四百金貨が遠かった。
◇◇◇
「どこか借りられないですかね」
ダレンが言った。
俺は首を振った。
「駄目だ」
「では」
「税金を少しあげて」
「それも駄目だ」
「今バルドはやっと前向きになっている」
「税を上げて水を差したくない」
「いやでも」
ダレンはうなだれる。
景気刺激には税を下げる。
これが政府の常套手段。
だが。
バルドにそんな余裕はない。
「鮭をもっと獲るとか」
ミリアが小さい声で話す。
「駄目だ」
俺は即答した。
ダレンが黙る。
ミリアも黙った。
方法が。
ない。
◇◇◇
その夜。
俺は一人。
帳簿と向き合っていた。
四百金貨。
来年なら。
鮭が稼いでくれる。
だが。
返済は三か月後だ。
未来には金がある。
今は金がない。
紙を破る。
また書く。
破る。
また書く。
答えが。
ない。
気づけば。
窓の外が明るくなっていた。
「寝てないんですか」
ミリアだった。
「ああ」
「四百金貨ですか」
「ああ」
俺は答えた。
「四百金貨だ」
ミリアはしばらく考えた。
そして。
諦めたように言った。
「だったら」
「領主館でも売っちゃいますか」
俺は顔を上げた。
「……何?」
「いや」
ミリアは慌てた。
「冗談ですよ」
「そんなの売ったら」
「私たち住むところなくなりますし」
俺は。
立ち上がった。
◇◇◇
売る。
違う。
売らない。
その瞬間。
頭の奥に。
知らない部屋が見えた。
長机。
スーツ姿の男たち。
スクリーン。
そして。
一つの言葉。
セール・アンド・リースバック。
「そうか」
俺は呟いた。
ミリアが後ずさる。
「え?」
「そうか!」
「ええ!?」
◇◇◇
昼。
再び二人を集めた。
ハンスも呼んだ。
彼らになんと説明すれば良いか。
思案しているうちに皆が集まる。
「領主館を売る」
「そして借りる」
ダレンが暗い面持ちで不思議な顔をする。
なかなか説明が難しい。
「三年間、俺たちが家賃を払って住み続ける条件で」
「領主館を売る」
「三年後に買い戻せる条件付きでだ」
これならわかるだろうか。
「それって」
「お金を借りるのと同じではないですか」
確かにミリアの言うとおりだ。
「まあそんな感じだ」
「ならそう説明すればいいのに」
だが借金とは違う。
利息ではなく家賃を払う。
建物はボロだ。
だが土地と立地には価値がある。
鮭景気で、街の土地は動き始めている。
土地込みなら四百金貨になるのではないか。
「ダレン」
「はい」
「バルドでこの話ができる相手は」
しばらくの沈黙のあと。
「……いません」
それはそうか。
この街にそんな富裕層はいない。
「北西の街ノースなら」
ハンスが何かを思い出しながら口を挟む。
「ノース?」
初めて聞く町の名前だ。
「はい」
「あそこは漁業だけでなく」
「鉱山があります」
ハンスが続ける。
「馬車で二日ほどと少し遠いですが」
「船なら一日かかりません」
「さっそく行ってくれないか」
「はい」
ハンスはその足でノースへ向かった。
◇◇◇
ハンスを待つ間。
俺は貸せる資産を洗い出した。
領主館
街道有料橋(四ヶ所)
市場使用権
「バルドの資産だ」
「ああ」
「全部売っちゃうんですか」
「違う」
俺は首を振った。
市場使用権は駄目だ。
漁師達の生活に直結する。
これは残す。
領主館は最悪ボロ屋に引っ越せば良い。
残るは橋だ。
バルドの大事な資産だ。
手放してはいけない。
だが。
そうか。
売らずに貸せばいい。
通行料を取る権利だけを。
期限付きで貸す。
「橋は権利だけを貸す」
「未来の通行料を」
「今の金に変える」
ダレンは黙った。
ミリアは諦めた顔をした。
「また始まりました」
「ダレン」
「はい」
「この橋の中で一番通行が多いのはどれだ」
「ラングへの街道のものです」
「よし」
コンセッション方式。
◇◇◇
俺は数字を書いた。
組合借入 百金貨
領主館 四百金貨
有料橋の権利 五百金貨
合計 千金貨(見込み)
「返済五百金貨」
「残り五百金貨」
ダレンが息を吐いた。
「なんとかなりますかね」
「いや」
返済後に五百金貨しか残らない。
このままでは加工所の半分も作れない。
俺は首を振った。
俺は新しい紙を広げた。
塩漬け加工所建設
必要資金
千金貨
ミリアが固まった。
「え?」
ダレンも固まった。
「千金貨……?」
「ああ」
俺は頷いた。
「五百金貨足りない」
「返済しなければ加工所は建てられますね」
「もちろんそうだが」
ミリアの発言に一瞬たじろいだ。
「だったら」
ミリアが言った。
「残りの五百金貨で」
「小さく作ればいいじゃないですか」
ニコニコしながら言葉を重ねる。
「駄目だ」
俺は首を振った。
「小さくできても七百金貨の規模が限界だ」
「しかもその規模では」
「来年の鮭の処理は難しい」
「できない分」
「今回みたいにラングでやれば」
ミリアが唇を尖らせた。
しかしその通りだ。
「そんな完璧求めてたら加工所なんて」
「夢のまた夢じゃないですか」
部屋が静まり返った。
しかもこの資金は。
ほとんど返さなければいけない。
俺は。
ゆっくり頷いた。
「ああ」
俺は窓の外を見る。
鮭が戻った。
人が戻った。
笑顔が戻った。
だが。
未来は。
まだ戻っていない。
「だが」
俺は振り返った。
「夢を見る権利だけは」
「手に入れた」
誰も何も言わなかった。
外が少し騒がしい。
「……何かありましたね」
ダレンが席を立つ。
「見てきます」
扉が閉まる。
数十秒後。
扉が激しく開いた。
「領主様!」
ダレンが飛び込んでくる。
「大変です!」
「どうした」
「街の者たちが」
「外に集まっています!」
俺たちは顔を見合わせた。
何が起きた。
外へ出る。
そこには。
人。
人。
人。
百人を超えるバルドの住民が。
領主館におしかけていた。
(第79話 バルドの投資家たち)
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