第77話 十年前のお礼
ダンは紋章の男の前に立った。
「十年前」
静かな声だった。
「俺たちは、何が起きたのか分からなかった」
「最初はラングを恨んだ」
「商人を恨んだ」
「王都を恨んだ」
男は黙っている。
「鮭が消えた」
「町の借金が増えた」
「仲間が去った」
「村から笑い声が消えた」
部屋は静まり返っていた。
「だが」
ダンは続けた。
「今、分かった」
「俺たちは」
「最初から狙われていたんだな」
紋章の男は目をそらした。
ダンは笑った。
十年間。
毎日、海を見てきた男の顔だった。
「ありがとうよ」
男の顔が歪む。
「何?」
「十年前」
「俺たちを潰してくれて」
「ありがとう」
ダンは契約書を指差した。
「あの時断って」
「鮭を守り続けていたから」
「今日がある」
「これは」
「十年前のお礼だ」
◇◇◇
紋章の男が崩れ落ちた。
太った男は泣いていた。
「私は知らなかった!」
「本当に知らなかったんです!」
査問官は冷たく言った。
「詳しくは王都で聞く」
二人は拘束された。
連行される直前。
紋章の男は俺を見た。
「勝ったと思うな」
俺は黙っていた。
「お前は取り返しのつかないことをした」
男は笑った。
俺は答えなかった。
男は連れて行かれた。
◇◇◇
部屋には静寂だけが残った。
「俺たちは」
「ずっと、踊らされていたのか」
ダンが呟いた。
「いや」
「勝ったんだ」
俺はダンを見て続けた。
「バルドの鮭は戻った」
◇◇◇
男が連行されて一時間後。
ロイドがラングから駆け付けた。
「昨日、あんたがバルドに戻った後」
「査問院が俺のところに来た」
「洗いざらい話したが」
ロイドは俺を見て、一瞬間を置いた。
「あれも、お前さんの描いた絵かい」
俺は笑った。
「恐ろしいやつだ」
「お前は敵に回したくない」
俺は机に。
バルドとラングの地図を広げた。
そして。
バルドでの新加工所。
ラングの物流拠点。
二次加工所の整備。
その収益構想を語った。
◇◇◇
ダンとロイドは。
固く握手を交わした。
十年間のわだかまりは。
今。
固い握手に変わった。
そして。
ダン親子も。
新しい鮭の流れを作ることになった。
◇◇◇
「終わりましたね」
ミリアが小さく言った。
俺は首を振った。
「いや」
「トカゲの尻尾を切っただけだ」
「尻尾があるなら」
「本体もいる」
「そして、また生えてくる」
ミリアは黙った。
◇◇◇
外に出ると。
夕日が港を赤く染めていた。
ダンは海を見ていた。
十年間。
失ったものは戻らない。
だが。
鮭は戻った。
人も戻る。
金も戻せる。
未来だけは。
まだ作れる。
◇◇◇
俺は遠くの王都を見た。
金貨十一万九千五百枚。
腐った財務省。
その奥にいる本当の敵。
やることは山ほどある。
だが。
まずは。
バルドを黒字にする。
そして。
借金をすべて返す仕組みを作る。
数字で。
証明してやる。
(第一部 北方鮭編 完)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これにて第一部・北方鮭編、完結です。
レオンの戦いはまだ始まったばかりです。
トカゲの尻尾の先にいる「本体」との戦い――
第二部・王都篇は【7月12日(日)21時】より連載開始します。
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