第76話 十年前の真相
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「待っていただこう」
低い声が響いた。
扉が開く。
黒い外套の男たちが入ってくる。
胸には王国査問院の紋章。
紋章の男の顔色が変わった。
「……何の真似だ」
査問官は静かに書状を置いた。
「王国財務官エルド・グラハム」
「職権濫用、収賄、補助金不正交付、不当契約による利益誘導の容疑で査問する」
紋章の男は剣に手をかけた。
太った男が崩れ落ちる。
「私は知らない!」
誰も見ていない。
紋章の男は俺を睨んだ。
「貴様……」
「ああ」
俺は立ち上がった。
「三日前、王国査問院に書簡を送った」
「証拠と一緒にな」
「証拠?」
男は笑った。
「そんなもの、あるわけがない」
俺は机に書類を並べた。
十年前のバルドの補助金申請書。
ラング加工所の補助金申請書。
鮭買付契約書。
そして。
先ほど、お前が署名した契約書。
◇◇◇
「最初は分からなかった」
俺は言った。
「なぜバルドを潰したのか」
「なぜラングに大きすぎる加工所を作らせたのか」
「なぜ鮭を固定価格で買わせたのか」
紋章の男は黙っている。
「だが、全部つながった」
「それぞれの書類が一本の線でつながった」
俺は続けた。
「なぜ、それが証拠になる」
男が聞く。
「十年前の補助金申請書」
「ラングの補助金申請書」
「これは公文書だ」
「だが」
「鮭買付契約書は民間契約だ」
「役人が署名するものではない」
紋章の男の顔が強張った。
「つまり」
「お前は十年前から」
「自分の利益のために」
「民間契約に直接関与していた」
「そして」
「今日も同じことをした」
男の表情が。
少しずつ。
観念したものへと変わっていく。
「わかったか」
「なぜ今日、お前に署名させたか」
◇◇◇
三時間前。
「あいつの欲しいものとは何だ」
俺はダンに聞いた。
「金さ」
ダンは即答した。
「結局、あいつは金しか見ていない」
「だから」
「うまい話をわざと振る」
俺は頷いた。
「それができれば」
「すべてのパズルが埋まる」
「これで」
「十年前の書類は知らないとは言わせない」
◇◇◇
「これくらい申し開きをすれば――」
紋章の男は最後のあがきを見せる。
「黙れ」
査問院の隊長が低く言った。
「ラングでもすでに聴取している」
「賄賂の要求も確認済みだ」
「そんな罪人を信用するほど」
「王国は腐っていない」
俺は少しだけ驚いた。
この国にも。
まだ良心は残っているらしい。
◇◇◇
「くっくっく」
紋章の男が笑い始めた。
「どうやら」
「逃れられないようだな」
俺は一歩前に出た。
「十年前」
「お前たちは北方の鮭を支配しようとした」
「バルド以外の鮭の原料は押さえた」
「そして」
「最後にバルドに来てダンと交渉した」
「ふん」
男の鼻息が荒くなる。
「王国の名を出せば」
「皆従った」
「だが」
「バルドだけは違った」
「ダンは断った」
◇◇◇
「だから」
「ラングを使ってカルテルを作った」
「ラングの商人には甘い汁を吸わせた」
「補助金を出す」
「加工所を作る」
「北方の鮭が全部集まる」
「そう言えば」
「連中は喜んで乗った」
ロイドの拳が震えた。
◇◇◇
ダンが聞いた。
「バルドは」
「最初から邪魔だったのか」
男はしばらく黙った。
そして。
笑った。
「馬鹿か」
「お前が断ったからこうなった」
「計画通りだ」
ミリアが息を呑む。
「バルドの鮭を高値にする」
「相場を銀貨十一枚まで吊り上げる」
「そこへ補助金を出す」
「船を増やせ」
「網を増やせ」
「もっと獲れ」
「そうすれば漁師は獲る」
「鮭は減る」
「村は借金を背負う」
「当然だろう」
ダンの顔が歪んだ。
◇◇◇
「だが」
男は続けた。
「バルドの鮭が完全になくなったのは誤算だった」
「だが」
「なくなったおかげで」
「邪魔者もいなくなった」
部屋が静まり返った。
「だからラングを使った」
「ラングの商人に買わせる」
「安く買い」
「加工し」
「高く売る」
「そして」
「俺たちの鮭を銀貨七枚で全量買わせる」
「ラングは儲けたつもりだった」
「ずっと儲かると思ったのだろう」
「だが」
「鮭が減れば加工所は回らない」
「損失が出る」
「それでも契約だけは残る」
「借金しながら」
「高い鮭を買い続ける」
男は笑った。
「本当に馬鹿だ」
「自分たちでバルドを潰して」
「最後は自分たちも縛られる」
「全部」
「仕組まれていたとも知らずにな」
◇◇◇
太った男は震えていた。
「私は……」
「私はそこまでは……」
紋章の男が睨む。
「黙れ」
太った男は口を閉じた。
俺は男を見た。
「つまり」
「バルドを潰し」
「ラングを縛り」
「北方の鮭の利益を抜き続ける」
「それが」
「すべて」
「仕組まれた結果だった」
男は笑った。
「やっと分かったか」
◇◇◇
ダンが今にも殴りかかりそうになる。
俺は手で制した。
沈黙が続く。
「連行してよいですか」
査問院の隊長が聞いた。
「もう少し」
「話させてくれ」
隊長は一礼して下がった。
◇◇◇
「罪滅ぼしのつもりで」
「最後に聞かせてくれ」
俺は男に言った。
「なんだ」
「もう話すことはない」
俺は一歩前に出た。
「お前一人で」
「やったのか」
部屋が静まった。
「補助金」
「財務省」
「地方役人」
「加工所」
「契約」
「買付価格」
「一人の財務官にできる仕事じゃない」
男の顔色が変わった。
「誰だ」
皆の緊張が高まる。
「誰がお前に命じた」
「違う!」
男が叫んだ。
「俺は!」
「俺が!」
「俺は命令を――」
そこで。
男は口を閉ざした。
長い沈黙。
「……違う」
男は笑った。
「俺が決めた」
「全部」
男の笑みが消えた。
「嘘だ」
俺は即答した。
「お前は今」
「命令と言った」
◇◇◇
俺は確信した。
いる。
上がいる。
しかも。
相当な大物だ。
男は何も答えなかった。
査問官が男の腕を掴む。
その時。
ダンが前に出た。
(第77話 十年前のお礼)
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