第75話 十年越しの契約
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午後。
バルド領主館。
「来ました」
窓の外を見ていたミリアが小声で言った。
馬車が二台。
太った男。
そして。
紋章の男。
俺は深呼吸した。
「ダンは」
「別室です」
ミリアが答える。
「ああ」
まずは。
返済だ。
◇◇◇
「これは驚いた」
紋章の男は部屋に入るなり笑った。
「まさか、レオン先輩が本当に返済できるとは」
俺は顔を上げた。
「先輩?」
「ああ」
男は椅子に座った。
「王国財務省では有名でしたよ」
「不正を告発して」
「辺境に飛ばされた男としてね」
太った男が笑う。
俺は答えた。
「そうか」
「私はあなたを知らない」
男の笑みが少しだけ消えた。
◇◇◇
「返済金です」
俺は革袋を置いた。
太った男が確認する。
「金貨五百枚」
「間違いない」
受取書を書く。
やはり。
署名は太った男。
紋章の男は動かない。
俺は内心ため息をついた。
◇◇◇
「しかし」
紋章の男が立ち上がる。
「よくこんな場所で金貨五百枚用意できましたね」
「さすが王国に盾突く男ですね」
紋章の男は続けて言う。
「金貨十二万枚の借金の返済」
「まだ始まったばかりです」
俺は黙った。
その通りだ。
がしかし。
こいつは勝ったつもりでいる。
◇◇◇
「一人」
「会ってもらいたい男がいる」
俺は言った。
紋章の男が眉をひそめた。
「誰です」
「十年前の知り合いだ」
部屋の空気が止まった。
扉が開く。
ダンが入ってきた。
紋章の男の顔色が変わる。
「……お前は」
ダンは笑わなかった。
「久しぶりだな」
その一言に。
十年が詰まっていた。
「何の用だ」
紋章の男が聞く。
ダンは答えた。
「鮭が戻った」
部屋が静まり返る。
「今年は九千匹」
「来年は」
「二万匹を超える」
太った男が立ち上がった。
「二万匹!」
◇◇◇
「十年前」
ダンは続けた。
「お前たちは」
「バルドの鮭を高く評価していた」
紋章の男は黙っている。
「なら」
ダンは机に書類を置いた。
「今でも興味はあるか」
紋章の男は書類を見た。
独占優先買付契約。
十年間。
そして。
成功報酬。
男の目の色が変わった。
◇◇◇
「面白い」
男は笑った。
太った男が手を挙げる。
「では私が」
「違う」
ダンが遮った。
部屋が静まる。
ダンは。
真っ直ぐ。
紋章の男を見た。
◇◇◇
長い沈黙。
やがて。
紋章の男は笑った。
「わかった」
そして。
ペンを取った。
迷いなく。
慣れた手つきで。
署名した。
◇◇◇
その瞬間。
俺は。
確信した。
同じだ。
筆跡。
筆圧。
癖。
全て。
◇◇◇
「これでいいか」
男は書類を放った。
ダンは受け取った。
そして。
十年ぶりに。
笑った。
「十分だ」
その笑みを見て。
俺は理解した。
ダンは。
十年間。
この瞬間を待っていたのだ。
(第76話 十年前のお礼)
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