第73話 王都からの使い
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ロイドの表情が消えた。
「……来たか」
工場長が息を切らしている。
「来ました」
ミリアは陰に隠れる。
こういう時は何も言えないようだ。
ロイドは立ち上がった。
「誰だ」
ロイドは苦い顔をした。
「王都の監督官です」
工場長は答える。
「監督官といっても、金の取り立てだ」
「契約の履行確認と」
「金の回収に来る」
「何を食べればあんなに太るのか」
「俺たちのお金でぶくぶく太ったやつだ」
「いつも威張りちらして」
ロイドは俺を見た。
「頼みがある」
「何だ」
「お前たちは別室にいてくれ」
ミリアが安心した顔をした。
「ええぇ」
「面白そうなのに」
急に口数が増える。
◇◇◇
ロイドは机の引き出しを開けた。
革袋を取り出す。
重い音がした。
「鮭の代金か」
「ああ」
「それと返済金だ」
ロイドは短く答えた。
「金貨八百枚だ」
俺は黙った。
加工所の利益だけではない。
ロイド自身の商売の利益。
それを。
十年間。
ここにつぎ込んできた。
◇◇◇
俺とミリアは隣室へ移る。
扉は少しだけ開いていた。
「盗み聞きですか」
「違う」
「確認だ」
「ほぼ同じです」
元気だった。
◇◇◇
しばらくして。
扉の開く音がした。
足音が響く。
ゆっくり。
わざとらしく。
威張るような歩き方だった。
二人いるようだ。
太った男。
おそらくあれが監督官だ。
その後ろに、もう一人いる。
どうやら、監督官より上席のようだ。
「久しぶりだな」
監督官の後ろの男が話す。
「ロイド商会長」
俺は扉の隙間から見た。
三十代後半。
細身。
高価な服。
そして。
胸には。
王国財務官の紋章。
ミリアが俺の服を強く引く。
「あの人ですね」
かすれた声でミリアが囁く。
聞こえないだろうが、気配に気づかれたか。
紋章の男がこちらに顔を向ける。
俺はさっと扉の影に隠れる。
「おかげさまで」
ロイドの声は固かった。
「今年も払えそうです」
「結構」
男は笑った。
「君は実に優秀だ」
「赤字でも潰れない」
「まるで奇跡だな」
ロイドは何も答えなかった。
「で」
男は椅子に座った。
ロイドは革袋を置く。
重い音が響く。
太った男は中を確認する。
「うん」
「金貨八百枚」
「間違いない」
そして。
紋章の男に促される。
太った男が話し始める。
「だが」
ロイドの顔が強張る。
「今年は物価が高い」
「人件費も高い」
「私も苦労している」
嫌な予感がした。
「だから」
男は笑った。
「誠意を見せてくれ」
ロイドは黙った。
「……いくらだ」
「金貨二十枚」
ミリアが隣で息を呑んだ。
「賄賂……」
俺は黙っていた。
「無理です」
ロイドは答えた。
「今年は」
「本当に余裕がない」
男の顔から笑みが消えた。
「そうか」
「残念だ」
そして。
ゆっくり立ち上がった。
一瞬思案したのち。
「だが」
「次の返済期限は二週間後だ」
ロイドの顔色が変わる。
「二週間……?」
「そうだ」
男は笑った。
「今年で契約期間が終了だがな」
「特別条項で、契約期間の更新ができる内容がある」
「返済が滞った場合、王都側の判断で契約を延長で
きる。と」
◇◇◇
俺は目を細めた。
ありえない。
契約期間を一方的に延長する。
しかも、役人の一存で変える。
だが。
ロイドは反論しなかった。
できなかった。
紋章の男は黙っている。
太った男に責任をなすりつけるのだろう。
「せいぜい」
太った男は椅子から立ち上がりながら話す。
「頑張ることだ」
「君たちには」
「この加工所しかないのだから」
そして。
出口へ向かう。
その時。
紋章の男の視線が。
一瞬だけ。
こちらを向いた。
俺と目が合った。
「……誰だ?」
紋章の男が聞いた。
ロイドが答える。
「バルドの商人です」
紋章の男は鼻で笑った。
「バルド?」
「まだ生きていたのか」
ミリアの肩が震えた。
怒っている。
俺は黙っていた。
太った男はロイドに向かって言い放つ。
「明後日バルドに金の回収に行く」
「バルドの方が誠意があれば、どうなるか」
「バルドは新しい領主だったな」
「楽しみだ」
紋章の男が続ける。
「全くです」
太った男はへつらうように話し。
紋章の男を先導しながら建物を出て行った。
◇◇◇
扉が閉まった。
しばらく誰も話さなかった。
やがて。
ロイドが呟く。
「……すまない」
俺は首を振った。
「いや」
「それより金は大丈夫なのか」
「あんたに渡す金とは別勘定だ」
「あんな奴らに渡す金などない」
明らかに、資金繰りが厳しい状況のようだ。
「なぜだ」
俺は思わず口にしてしまった。
「俺は商人だ」
ロイドは自信に満ちた笑顔で答える。
それ以上は聞く必要もない。
俺はミリアを促し、立ち上がった。
「帰るのか」
ロイドが聞いた。
「ああ」
俺は答えた。
「バルドも返済期限がある」
ロイドは黙って頷いた。
別れ際に大事なことを思い出した。
「あの紋章の男……」
俺が話し終える前に、ロイドは大きく頷く。
「そうだ、あいつが十年前の男だ」
補助金申請書と契約書も預かった。
バルドのダンに見せるためだ。
そして、鮭の前受金を受け取った。
◇◇◇
馬車に乗る。
ラングの街が遠ざかる。
ミリアが聞いた。
「レオン様」
「怒ってますか」
「ああ」
俺は答えた。
「かなりな」
ミリアは少し笑った。
「ですよね」
俺は窓の外を見た。
あの男の顔。
あの笑い方。
あの言葉。
忘れない。
あいつは言った。
「楽しみだ」と。
楽しみにしているのは。
俺の方だ。
(第74話 戦いの準備)
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