第71話 臭い鮭の呪縛
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「いや」
ロイドは首を振った。
「それはできない」
加工所の空気が重くなる。
「なぜだ」
俺は聞いた。
ロイドはしばらく黙っていた。
やがて。
「契約がある」
そう答えた。
◇◇◇
「契約?」
ミリアが首を傾げた。
「ああ」
ロイドは窓の外を見た。
俺は眉をひそめる。
「何の契約だ」
ロイドは苦笑した。
「送られてくる鮭を」
「全量買い取る契約だ」
部屋が静まり返った。
「待て」
俺は聞き返した。
「価格は」
「一匹七銀貨」
ミリアが声を上げた。
「えっ」
「バルドの鮭と同じ値段ですか」
「ああ」
ロイドは頷いた。
「しかも」
「送られてきた分は全部買う」
「全部だ」
俺は黙った。
鮮度が悪い。
品質が安定しない。
それを。
今年のバルドの鮭と同じ値段で。
全量購入。
商売として成立していない。
「いつからだ」
俺は聞いた。
「十年前だ」
ロイドは答えた。
「この工場が建った時からだ」
俺は加工所を見回した。
巨大な建物。
広すぎる倉庫。
今は使われていない設備。
だが。
十年前。
これらは必要だった。
「最初の三年間は違った」
ロイドが言った。
「毎日鮭が来た」
「バルドからは鮮度の良い鮭が届いた」
「他の地域からの原料は銀貨七枚だが」
「バルドの価格は銀貨四枚だった」
俺はロイドの表情をうかがう。
「もちろん、それでバルドに迷惑をかけたが」
ロイドはその頃の話を続ける。
「昼も夜も加工所は動いていた」
工場長も頷く。
「あの頃は人が足りなかった」
ミリアが驚いた。
「そんなにですか」
「ああ」
ロイドは笑った。
「ラングは豊かになると思った」
「だが」
その笑顔は消えた。
「バルドからの鮭が入らなくなった」
俺は黙った。
「鮮度の悪い他の漁場からの鮭も減っていった」
「だが」
「契約だけは残った」
「待て」
俺は聞いた。
「この加工所は誰が建てた」
ロイドは少し考えた。
そして。
「俺たちが建てた」
「ラングの皆でか」
「もちろんその時は補助金を使ってだがな」
ミリアが息を呑む。
「補助金?」
「ああ」
「この加工所は補助金が出た」
「私ら商会仲間も出し合ってだが」
「なぜ、他の商会は今は関わらない」
「最初はみんなでやっていた」
「だが、鮭が減ると儲からないからだ」
「なぜ、あなたは止めない」
ロイドは少し間を置いた。
「買付をやめ加工所を止めたら」
「補助金返還」
「契約違反」
「違約金だ」
ロイドは苦笑した。
俺はロイドの表情を見続けた。
ロイドは真剣な眼差しで俺に語る。
「一番は、作業員達が路頭に迷うからだ」
そして、ロイドは加工所を見回した。
「儲からなくても続けた」
「他の商売の利益を投入し続けた」
「ラングを潰すわけにはいかなかった」
工員たちの顔が浮かぶ。
魚臭い加工所で。
必死に働いている人間たち。
「……おかしい」
俺は呟いた。
ロイドが顔を上げる。
「ああ、自業自得だ」
「いや、そうじゃない」
俺は少し考えロイドに聞いた。
「補助金申請書と契約書はあるか」
「もちろんだ」
「それを見せてくれないか」
「もちろん見せる」
「だが、話した通りの内容だ」
「いや、気になることがある」
ロイドに促され俺達は事務所へ移動した。
(第72話 十年前のカルテルの真相)
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