第70話 投資する場所
※この作品は毎日更新予定です。
面白いと思っていただけたら、ブックマーク・評価をいただけると励みになります
ロイドの表情が変わった。
「……バルドだと?」
緊張した空気が流れる。
「え?バルドに?」
ミリアが被せてくる。
「ここのために、二日我慢したのに」
「なんか損しました」
「どういう事ですか」
ミリアの不満が爆発する。
「加工所はバルドに作る」
ロイドの視線は俺から動かない。
「だから、なぜバルドなんですかあ」
ミリアがまたしても口をはさむ。
当然の疑問だった。
◇◇◇
工場の中を見回した。
巨大な建物。
積み上げられた木箱。
並ぶ樽。
そして。
鼻につく魚の臭い。
「理由を聞こう」
ロイドは腕を組んだ。
俺は原料倉庫を指差した。
「昨日から考えていた」
「この臭いの理由をな」
ミリアが鼻を押さえた。
「私は昨日から分かってました」
「臭いです」
「そうだ」
俺は頷いた。
「臭い」
「だが腐っているわけじゃない」
「原料はどこから来る」
俺は工場長に聞いた。
「東方」
「北の沿岸部」
「いろいろだ」
ラングから北といえばバルドだが。
「バルドの先にも漁場があるのか」
「ああ」
「西に大きく回ったあたりも鮭は獲れるらしい」
俺は確認する。
「漁獲されてからここまでのどれくらいかかる」
「二日から五日」
俺は頷いた。
「それだ」
部屋が静まった。
◇◇◇
「魚は運べる」
「だが」
「鮮度は運べない」
俺はゆっくり言った。
工場長が黙る。
ロイドも黙る。
「ここに来る頃には」
「すでに品質が落ちている」
工場長が苦い顔をした。
「……そうだな」
◇◇◇
十年前。
老人が言っていた。
――バルドの鮭は旨かった。
理由は単純だった。
近かったからだ。
「だから」
俺は床に図を書いた。
バルド。
ラング。
販売先。
「加工所はバルドに作る」
ロイドは黙ったまま図を見ていた。
「鮮度の良い魚は」
「バルドで処理する」
「だから最初は一本物の塩漬けだ」
「そして」
俺はラングを指した。
「ラングは中継地点にする」
ロイドが顔を上げた。
「中継?」
「ああ」
「物流の中心にする」
「そして、ここでは切り身加工をする」
工場長が驚いた顔をした。
「……この工場を残すのか」
「当然だ」
俺は即答した。
◇◇◇
「だが」
ロイドが口を開く。
「バルドで加工した方が利益が出るなら」
「ラングは必要ないだろう」
俺は首を振った。
「違う」
俺は工場全体を見回した。
「ここは大きすぎるが」
「価値がある」
ロイドの眉が動いた。
◇◇◇
「考えてみろ」
「今年は九千匹だがこれから増えていく」
「二万匹になる」
「五万匹になる」
「バルドだけで保管できるか」
ロイドは黙った。
「できないな」
「ああ」
「だからラングを使う」
俺は床の図を広げる。
「バルドは生産拠点」
「ラングは物流拠点」
「役割を分ける」
ロイドはあごひげに手をあて黙って聞いている。
「ラングの加工所は倉庫にしては大きすぎる」
「そうだ、半分も使っていない」
俺は頷いた。
「だから使う」
「え?」
ミリアが間抜けな声を出した。
「一つは切り身加工だ」
俺は言った。
「バルドで塩漬けした一本ものをここで切り身にする」
「それで各地に配送するわけですね」
ミリアの声も弾む。
「そうだ」
「二つ目に魚以外の資材も保管する」
「塩を保管する」
「樽を保管する」
そしてバルドとラングを最適な大きさの船で輸送する。
「そして」
「冬の在庫を保管する」
「輸送待ちの荷物を保管する」
「ラングは港に近い」
「船がある」
「この工場は加工場ではなく」
俺はロイドを見た。
「二次加工所であり北方物流の中心になる」
部屋が静まり返った。
「……なるほど」
最初に呟いたのは工場長だった。
「そう使うのか」
ロイドは何も言わなかった。
ただ。
工場を見ていた。
十年間。
守ってきた建物を。
「金はどうする」
ロイドが聞いた。
「ああ」
俺は昨夜の紙を広げた。
建設費。
加工量。
輸送費。
利益。
回収期間。
「これなら」
「バルドの加工所は最小限で済む」
「倉庫もいらない」
「そして」
俺は工場を見回した。
「ラングも生きる」
ロイドの目が変わった。
「仕事が増えるのか」
「ああ、雇用も増やさないといけない」
「利益はさらに増える」
ロイドは感慨深げにしばらく黙っていた。
やがて。
「お前は」
小さく笑った。
「最初からここまで考えていたのか」
「いや」
俺は首を振った。
「昨日」
「魚が臭かったから考えた」
ミリアが吹き出した。
「そんな理由なんですか」
「あながち嘘ではない」
ロイドは窓の外を見た。
工員たちが帰っていく。
十年間。
守ってきた人間たちだった。
「……分かった」
そう言った。
そして。
俺を見た。
「バルドに作れ」
「ああ」
「バルドに行ってもらう社員もいるかもしれない」
ロイドはうなずく。
「今まで雇用を守ってきた工員だ」
「そこは、あなたから説明して納得してもらう」
ロイドは大きく目を見開く。
「どうしてそれを...」
「この人数と出来高を見れば分かる」
「この工場は儲かっていない」
「それでも続けてきた」
「つまり」
「誰かが損を引き受けていた」
俺は続ける。
「そして、バルドの鮭が増えてくれば」
「この遠方から購入する必要もなくなる」
「臭い原料を扱う必要もなくなる」
「おそらく来年からはバルドの鮭や他の魚で一年中仕事ができる」
「ラングの住民も潤う」
ロイドの顔色が変わる。
そして重い口を開く。
「いや]
「それはできない」
(第71話 臭い鮭の呪縛につづく)
最後までお読みいただきありがとうございます。
続きが気になる方は、ぜひブックマーク登録をお願いします。
評価(★★★★★)も作者の励みになります。




