第69話 ボトルネック
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翌朝。
「おはようございます」
「強制労働二日目です」
ミリアが元気よく言った。
「だから違う」
「現場改善だ」
「昨日は魚臭くなっただけでした」
「成果はゼロです」
「成果はあった」
俺は昨夜書いた工程表を広げた。
「え」
「何ですかこれ」
紙には工場の見取り図。
人の動き。
魚の流れ。
作業時間。
人数。
全てを書き込んでいた。
「昨日、一日見て分かった」
「この工場は魚を加工していない」
ミリアが首を傾げた。
「え?」
「人が魚を運んでいるだけだ」
ミリアはしばらく黙った。
「……それ、昨日からずっと言ってますよね」
「ああ」
「今日は証明する」
◇◇◇
俺は工場長を呼んだ。
「昨日の続きだ」
工場長は怪訝そうな顔をした。
「続き?」
「ああ」
俺は作業台に描いた図を見せた。
「昨日、一日見て分かった」
「この工場は魚を加工していない」
工場長が眉をひそめた。
「何だと」
「人が魚を運んでいるだけだ」
部屋が静まり返った。
「工員は五十人」
「鮭は六百匹」
俺は数字を書いた。
「一人十二匹」
「一日働いて十二匹だ」
工員たちが顔を見合わせる。
「そんなものだろ」
一人が呟いた。
「違う」
俺は即答した。
「少なすぎる」
ミリアが首を傾げた。
「どれくらいなら普通なんですか」
「まだ分からない」
「だが」
昨日、一日見て分かった。
工場の半分以上が。
待っていた。
運んでいた。
探していた。
並んでいた。
魚を加工している人間より。
魚を待っている人間の方が多かった。
俺は工場全体を指差した。
「運んでいる人間が多すぎる」
倉庫の人間は原料搬入があるまで待機。
さばく工程は原料がなくなると、倉庫まで取りに行く。
その間に、さばく工程は止まる。
さばき終えた原料は塩漬け工程に行く。
塩漬け工程では、常に原料待ち。
さらに、樽詰め工程前では、塩漬けされた原料が山積みだ。
「詰まりがひどい」
俺は工場全体を見回した。
「工程が単純なほど」
「ボトルネックは致命的になる」
◇◇◇
俺は工場長に命じた。
「原料倉庫の魚を解体場の横に移す」
「塩もだ」
「樽も運べ」
工場長が困った顔をした。
しぶしぶ、工場内全員で作業にあたった。
ミリアもぶつぶつ言いながら運んでいる。
「それだけか」
「次に、配置換えをする」
「倉庫係は、さばき工程へ」
「倉庫の人間は魚をさばけません」
工場長が口をはさむ。
「では、さばける人間は何人だ」
「塩漬けに五人、樽詰めに二人」
「全員、さばき工程に移動」
「作業が終わったら、自分で次の工程まで運ぶ」
大小のボトルネックを解消していく。
工員たちは半信半疑だった。
◇◇◇
作業が始まった。
魚を運ぶ。
さばく。
塩を振る。
樽に詰める。
俺も木箱を運ぶ。
昨日まであった待ち時間が消え始めた。
「作業員は待機するな!」
「鮭はもうないのか!」
「終わった!」
工場の声が変わった。
臭い。
だが。
止まらない。
◇◇◇
昼。
工場長が駆け寄ってきた。
「おかしい」
「何がだ」
「午前だけで、ほぼ原料は処理した」
昨日の倍近い。
工員たちもざわついた。
「歩く距離が減った」
「待たなくなった」
「何で今までやらなかったんだ」
誰かが笑った。
午後。
追加で仕入れた原料。
数字はさらに伸びた。
工場長は帳簿を持ったまま固まっていた。
「……八百二十匹」
昨日まで五百匹。
今は八百二十匹。
設備投資。
ゼロ。
追加人員。
ゼロ。
変えたのは。
人の動きだけだった。
ロイドは黙っていた。
◇◇◇
「どうやった」
ロイドが口を開いた。
「魚は待っていた」
俺は答えた。
「人も待っていた」
「だから」
「待たせないようにした」
ロイドはしばらく黙っていた。
やがて。
「恐ろしいな」
そう呟いた。
ミリアが胸を張った。
「だから言ったじゃないですか」
「レオン様は数字の化け物なんです」
「そんなこと言ったか」
「今言いました」
ロイドの表情が少し緩んだ。
◇◇◇
ロイドは工場を見回した。
「じゃあ、決まりだな」
俺は首を振った。
「いや」
俺は原料倉庫を見た。
鮮度の落ちた魚。
遠い運搬。
止まった時間。
そして。
十年前。
老人が語ったバルドの鮭。
「答えは最初からあった」
俺はロイドを見た。
「鮮度は」
「運べない」
「加工所はバルドに作る」
ロイドの表情が変わった。
(第70話 投資する場所)
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