第68話 塩漬け工場
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「朝ですよ」
「強制労働ですよ」
翌朝。
ミリアの声で目を開けた。
「だから違う」
「現場確認だ」
「現場で働かされるんですよね」
「それを強制労働と言うんですよ」
朝から元気だった。
◇◇◇
ロイドに案内され、ラング北部の加工場へ
向かった。
俺は思わず足を止めた。
「……大きいな」
ミリアも口を開けていた。
「え」
「これ全部ですか」
巨大な石造りの建物。
広大な倉庫。
港へ続く搬入口。
地方都市の加工場とは思えない規模だった。
「建って何年だ」
俺は聞いた。
「十年」
ロイドは答えた。
俺は建物を見上げた。
もっと古く見える。
「使わないと建物は早く死ぬ」
ロイドは短く言った。
確かに。
十年なら設備としてはまだ新しい。
◇◇◇
「まずは原料倉庫だ」
ロイドに案内され、建物の奥へ進んだ。
扉が開いた瞬間。
「うっ……」
ミリアが口を押さえた。
俺も思わず顔をしかめた。
魚の臭い。
いや。
鮮度が落ちた魚の臭いだった。
天井近くまで積み上げられた木箱。
床には魚の脂と水が流れている。
「これは……」
俺が呟くと。
作業着の老人が笑った。
「驚いたか」
「ここは漁場じゃないからな」
「どういう意味だ」
「魚が来るまで時間がかかる」
老人は木箱を叩いた。
「近場でも二日」
「長いと三日」
ミリアが青い顔をした。
「三日もですか」
「ああ」
老人は平然と答えた。
「だから臭う」
老人は続ける。
「バルドから鮭が来たときは違ったがな」
俺は顔を上げた。
「どう違う」
「朝水揚げされたものが届いた」
「昼には塩を振った」
老人は懐かしそうに笑った。
「あれは良かった」
「身も締まっていた」
「いい鮭だった」
俺は黙った。
◇◇◇
「持てるか」
工場長が木箱を指した。
一箱。
二十キロはある。
俺は持ち上げた。
「……重いな」
「そりゃ魚だからな」
男は笑った。
原料倉庫。
解体場。
塩振り場。
樽詰め場。
保管場。
俺は木箱を運びながら、距離を測った。
遠い。
とにかく遠い。
◇◇◇
「工員は何人いる」
俺は聞いた。
「五十人だ」
老人が答えた。
「一日どれくらい処理する」
「鮭だと三百匹ぐらいかの」
俺は黙った。
頭の中で数字が回る。
五十人。
三百匹。
少ない。
あまりにも少ない。
◇◇◇
各工程を一通り体験した。
そして、俺は作業を見続けた。
魚を運ぶ。
待つ。
魚を捌く。
待つ。
塩を運ぶ。
待つ。
樽を運ぶ。
待つ。
人が止まっている。
魚も止まっている。
「レオン様」
ミリアが聞いた。
「何が悪いんですか」
俺は答えなかった。
まだ分からない。
いや。
分かり始めていた。
◇◇◇
昼休み。
ミリアは壁にもたれていた。
「もう無理です」
「臭いです」
「重いです」
「帰りましょう」
「まだ半日だ」
「えぇ……」
工員たちが笑った。
「お嬢ちゃんは初日で参ったか」
「参りました」
「でもレオン様は」
ミリアが俺を見る。
俺は床に棒で線を引いていた。
「何してるんですか」
「工程を書いている」
「今ですか」
「ああ」
原料。
解体。
塩振り。
樽詰め。
保管。
俺は線を結んだ。
数字を書いた。
人数を書いた。
時間を書いた。
工員たちは不思議そうに見ていた。
◇◇◇
夕方。
俺はようやく顔を上げた。
「なるほど」
工員の老人が笑った。
「何か分かったか」
俺は頷いた。
「問題は魚じゃない」
ロイドが目を細めた。
「何だ」
俺は工場全体を見回した。
「人の動きだ」
誰も喋らなかった。
俺はもう一度。
巨大な工場を見上げた。
数字は嘘をつかない。
そして。
この工場は。
まだ本当の力を出していない。
(第69話 ボトルネック)
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