第64話 九千匹の輸送
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バルドへ戻ると、既に人が動いていた。
ハンスが集めた男たち。ダンたちの漁師。
そして、ダンの息子が用意した二隻の船。
船は二隻だけ。
だが、秘境の川へ入ることを許されたのも、
その二隻だけだった。
◇◇◇
ダンは息子を見た。
「場所は漏らすな」
「ああ」
短い返事。それだけだった。
親子の間には、まだ埋められない距離があった。
◇◇◇
漁は始まった。
一日目、八百匹。
二日目、千匹。
人手が増えるにつれ、数は伸びた。
獲る。
運ぶ。
船へ積む。
鮭は待ってくれない。
俺は数字を追い続けた。
「間に合いますかね」
ミリアが聞く。
「漁だけならな」
「嫌な言い方しますね」
「事実だ」
返済期限まで残り十日。
まだ足りないものがある。
◇◇◇
ラングからロイドの使いが来た。
数百匹の鮭を見せる。
男は鮭を持ち上げたまま、しばらく動かなかった。
「どうした」
ダンが聞く。
男はゆっくり答えた。
「……十年前より身がいい」
誰も喋らなかった。
ダンも、他の漁師たちも。
ただ、少しだけ顔を上げた。
十年間、守った川。
その答えが、魚の身に出ていた。
◇◇◇
俺はラングへ向かった。
ロイドは鮭を見て、しばらく黙っていた。
「売れる」
最初の言葉がそれだった。
「いくらだ」
「八銀貨以上だ」
俺は小さく息を吐いた。
勝った、そう思った。
だが。
「問題がある」
「何だ」
「多すぎる」
俺は黙った。
「供給が増えると価格は叩かれる」
一瞬、空気が止まった。
「……俺が言うのも何だがな」
俺はあえて反応しなかった。
ロイドは地図を広げた。
「この周りだけでは捌けん。南方にも回す。
そのためには塩漬けにする必要がある」
「なら問題ない」
ロイドは首を振った。
「九千匹だぞ」
嫌な予感がした。
「……何が言いたい」
「間に合うかどうか分からん」
部屋が静まった。
売れる。
利益も出る。
だが、売る前に処理できない。
返済期限まで、あと九日。
俺は再び、数字を見失った。
長い沈黙。
やがて、ロイドが口を開いた。
「……方法がないわけでもない」
俺は顔を上げた。
「何だ」
ロイドは椅子に深く座り直した。
「ここからは商売の話だ」
ミリアが息を呑んだ。
バルドを救う話は終わった。
今から始まるのは、交渉だった。
(第65話 条件交渉)
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