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第59話 九千匹の鮭

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 部屋の空気が止まった。

「……何だと」

 俺は思わず聞き返した。

 ダンは静かに俺を見た。

「鮭を使え」

「あるのか」

「ああ」

「どれくらいだ」

 ダンは答えた。

「九千匹はだせる」

 誰も言葉を発しなかった。

 最初に口を開いたのはミリアだった。

「きゅ……」

「九千匹ですか?」

 ハンスも目を見開く。

「そんな数」

「この前の川には……」

「あそこだけじゃない」

 ダンは短く答えた。

 部屋が静まり返る。

「どういうことだ」

 俺は聞いた。

 ダンはゆっくりと息を吐く。

「山の奥に」

「もう二つ川がある」

「そこは」

「俺達しか知らない」

 九人の漁師達が静かに頷いた。

「十年前」

「街を出た時から」

「ずっと守ってきた」

 老人の一人が口を開く。

「人も入れん」

「獲り過ぎもしない」

「だから」

「鮭が戻った」

 俺は言葉を失った。

 九千匹。

 いや。

 問題はそこではない。

 十年間。

 この人達は。

 十年間。

 守り続けていたのだ。

◇◇◇

「領主」

 ダンが俺を見る。

「使うか」

 俺は即答できなかった。

「……なぜだ」

 ダンは少しだけ笑った。

「決まってる」

「領地がなくなるからだ」

 その答えは。

 あまりにも単純だった。

「そして、あんたを気に入ったよ、領主さん」

「人手が必要だ」

 ダンは続けた。

「信用できる人間はいるか」

「はい、五人くらいなら」

 ハンスが答える。

 ダンは立ち上がった。

「明日」

「案内する」

「見てから考えろ」

 俺は頷いた。

「ああ」

 九千匹の鮭。

 十年間守られた川。

 そして。

 返済まで残り十三日。

 今度は。

 売る方法を考えなければならなかった。

「明日も早いんですよね」

ミリアが呟く。


(第60話 秘境の川)


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