第55話 決別の日
「十年前だ」
ダンは静かに話し始めた。
◇◇◇
最初は皆、喜んでいた。
王都から補助金が出た。
船を増やせる。
網も新しくできる。
漁師も増えた。
鮭一匹。
十一枚。
誰もが夢を見た。
「今しかない」
「もっと船を出せ」
前領主も笑っていた。
「バルドは変わる」
皆そう信じていた。
俺だけが違った。
「獲り過ぎです」
「鮭が減ります」
俺は何度も訴えた。
前領主は首を振った。
「孵化場も造る」
「来年にはもっと増える」
俺も納得した。
そこまでは。
◇◇◇
翌年。
鮭は四枚になった。
漁師達は驚いた。
「豊漁だからだ」
商人はそう言った。
前領主も信じた。
だが。
翌年も。
四枚。
さらに翌年も。
四枚だった。
俺は前領主の館へ向かった。
「おかしい」
「あまりにも出来過ぎている」
「市場なら価格は動く」
「誰かが決めている」
前領主は苦笑した。
「証拠はあるのか」
「ない」
「だが海は嘘をつかん」
「今年の漁では四枚にはならん」
前領主は黙った。
俺は続けた。
「補助金も止めろ」
「船も増やすな」
「このままでは鮭がいなくなる」
その時だった。
王都の役人が口を開いた。
「今止めれば」
「漁師は借金だけが残る」
「ここは耐える時です」
「来年には価格も戻るでしょう」
俺は役人を睨んだ。
「その保証は誰がする」
役人は答えなかった。
前領主はゆっくり顔を上げる。
「私は」
「領民を守らねばならん」
「今止めれば皆が破産する」
俺は首を振った。
「続けても破産する」
「鮭がいなくなるからだ」
長い沈黙。
そして。
俺は仲間を連れて山を登った。
◇◇◇
ダンは静かに目を閉じた。
「結局、孵化場もできなかった」
「数年後」
「鮭は本当にいなくなった」
「俺は前領主を恨んだ」
「最後までな」
薪が静かにはぜる。
ダンは机の上の古い書面を見つめた。
「だが」
「こんなものを残していたとはな……」
その言葉には。
怒りではなく。
戸惑いが混じっていた。
(第56話 託されたもの)




