第54話 山の漁師
山道を歩く。
もう何度も通った道だ。
「今日は鮭じゃないんですね」
ミリアが言う。
「ああ」
「今日は金だ」
「どっちにしても難しい話ですね」
「簡単な話なら来ない」
ミリアは苦笑した。
「それもそうですね」
◇◇◇
小屋へ着く。
ダンは薪を割っていた。
俺を見ると手を止める。
「また来たか」
「ああ」
「今日は鮭じゃない」
「借金の話だ」
ダンの表情が変わる。
◇◇◇
俺は帳簿と書面を机へ置いた。
ダンは黙って読む。
長い沈黙。
「……見たことがない」
低い声だった。
「前領主からも聞いていない」
「そうか」
俺は頷く。
やはり誰も知らない。
「全漁師の合意」
ダンはその一文を見つめた。
「妙なことを書いたもんだ」
「理由は分からん」
「だから来た」
「返済に使いたい」
ダンは俺を見る。
「漁業復興の金だぞ」
「ああ」
「だが」
「バルドが潰れれば」
「漁業復興もない」
ダンは腕を組んだ。
部屋が静まり返る。
やがて口を開く。
「街の連中は何と言った」
「賛成した」
「そうか」
また沈黙。
薪がはぜる音だけが響く。
長い時間が流れた。
そして。
「昔話をしよう」
ダンは静かに言った。
「十年前」
「俺と前領主が最後に話した日のことだ」
俺は黙って頷いた。
ようやく。
止まっていた時間が動き始める。
(第55話 決別の日)




