第53話 漁業組合長
第53話 漁業組合長
出発の準備をしていると、ミリアが不思議そうな顔をした。
「今日は帳簿じゃないんですね」
「ああ」
「やっと外ですね」
「昨日も外だった」
「あれは歩いただけです」
「今日は話をしに行く」
「誰とですか」
「漁師だ」
「またですか」
「今日は怒鳴られないといいですね」
「保証はできん」
ミリアは肩をすくめた。
「領主様って、本当に面倒な仕事ばかりですね」
反論できなかった。
◇◇◇
街外れにある漁業組合。
かつては漁師達で賑わった建物も、今は静かだった。
組合長は五十代半ば。
俺達を見ると静かに頭を下げた。
「領主様」
「話があります」
応接室へ通される。
俺は帳簿と前領主の残した書面を机に置いた。
「金貨百四十枚……」
組合長は目を見開く。
「預り金の存在は知りませんでした」
「帳簿を調べて見つけた」
「用途は漁業復興」
「そして」
俺は一文を指差す。
「使用にはバルド全漁師の合意を要する」
組合長はゆっくり頷いた。
「返済に使いたい、と」
「ああ」
「領地が無くなれば」
「漁業復興もない」
長い沈黙。
やがて組合長は口を開いた。
「街の漁師達なら反対はしません」
「皆、領主様にはゴブリン退治の恩があります」
「私が責任を持ってまとめます」
ハンスが安堵したように笑う。
「良かったですね」
「こんなにあっさり決まるんですね」
ミリアが笑う
俺は静かに首を振った。
「いや」
「まだだ」
「またですかあ」
ミリアの声に、三人の視線が俺に集まる。
俺は書面をもう一度机に置いた。
「ここには」
「組合員とは書かれていない」
「バルド全漁師」
組合長の表情が曇る。
ハンスも息を呑んだ。
「……ダンさん達」
「ああ」
俺は頷く。
「あの人達もバルドの漁師だ」
「一人でも欠ければ」
「これは合意とは言えない」
組合長は苦笑した。
「難しいことを言われますな」
「前領主が残した条件だ」
「なら守る」
部屋が静まり返る。
俺は立ち上がった。
「街の漁師達はお願いします」
組合長は力強く頷く。
「お任せください」
俺は扉へ向かった。
「領主様」
ハンスが呼び止める。
「どちらへ」
「決まっている」
「山だ」
十年前。
街を去った漁師達。
その心を動かさなければ。
金貨百四十枚は、一枚も動かない。
(第54話 山の漁師)
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