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第52話 組合の帳簿

 ダレンは両腕いっぱいに帳簿を抱えて戻ってきた。

「全部です」

 机の上へ積み上げる。

 林業組合。

 漁業組合。

 牧畜組合。

 共同施設組合。

「全部見るんですか」

 ミリアが呆れたように聞く。

「ああ」

「領主館の帳簿だけが経営じゃない」

「今日は何冊読むんですか」

「全部だ」

「聞かなきゃ良かった」

 ミリアは早くも諦めていた。

◇◇◇

 最初は林業組合。

 収入。

 支出。

 積立金。

 収支はわずかな黒字。

「金貨二十八枚か」

 修繕積立を含めても少ない。

 最後の手段だな。

 牧畜組合。

 金貨十九枚。

 これも難しい。

 共同施設組合。

 金貨百七十枚。

 やはり一番規模が大きい。

「領主様」

 ハンスが言う。

「漁業組合は」

 俺は最後の帳簿を手に取った。

◇◇◇

 表紙には、漁業組合会計と書かれている。

 ページをめくる。

 共同購入。

 船の修繕費。

 組合積立金。

 金額は小さい。

 漁業が廃れた領地なら当然だ。

 だが。

 その下で、俺の手が止まった。

「……預り金?」

 ダレンが帳簿を覗き込む。

「バルド領預り金」

「金貨百四十枚……」

 ハンスが目を見開いた。

「そんな金があったんですか」

「漁業組合は十年前から廃れたはずです」

「なぜ残っているんだ」

 さらにページをめくる。

 十年前。

 そこで数字はほとんど止まっている。

 出金はない。

 毎年、確認印だけが押されている。

「領主様」

 ダレンが一枚の紙を見つけた。

 帳簿に挟まれていた古い紙だった。

 俺は静かに受け取る。

 そこには領主印とともに、短く書かれていた。

 ――バルド領預り金。

 ――本預り金は、バルド漁業復興以外の用途に

使用してはならない。

 ――使用には、バルド全漁師の合意を要する。

 部屋が静まり返る。

「どういう意味ですか」

 ミリアが小さく聞く。

 ダレンは首を振った。

「分かりません」

「私も初めて見ました」

 ハンスも黙っていた。

 この金の存在を知らなかったのだろう。

 俺はもう一度、帳簿を見る。

 金貨百四十枚。

 十年前から動かない金。

 漁業復興。

 全漁師の合意。

 前領主は何を考えていたのか。

 なぜ、この金だけを残したのか。

 答えは書かれていない。

 そして。

 その答えを知る者も、おそらくいない。

「使えるんですか」

 ミリアが聞く。

「簡単には使えん」

 俺は答えた。

「これは組合の積立金ではない」

「だが、領主館の金とも言い切れない」

「預り金だ」

「しかも用途が縛られている」

 ハンスが小さく言う。

「漁業復興以外には使えない……」

「ああ」

「そして、全漁師の合意がいる」

 部屋が再び静かになる。

 ダレンが口を開いた。

「返済に使うのは難しいでしょうか」

「分からん」

 俺は正直に答えた。

「バルドが潰れれば」

「漁業復興もない」

「そう解釈することはできる」

 だが。

「俺一人では決めない」

 ハンスが顔を上げる。

「では」

「ああ」

「漁師達に話す」

「この金を使わせてくれと」

「頼みに行く」

 ミリアが黙って俺を見る。

 ダレンも何も言わない。

 金貨百四十枚。

 まだ返済には足りない。

 だが。

 これはただの金ではない。

 十年前に止まった漁師達の時間そのものだった。


(第53話 漁師達の合意)



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