第5話 予算ゼロの防衛線
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第5話 予算ゼロの防衛線
ゴブリンの群れは、予想以上の速度で森を抜けてきた。
先頭は小柄な個体。
その後ろに、数十匹。
さらに後方に、あの巨体。
五十匹どころではない。
六十か。
七十か。
正確な数は分からない。
数えている時間もない。
だが、必要なのは数ではなかった。
流れだ。
「レオン様!」
ダレンが崖を駆け上がってきた。
「まだ準備が終わっておりません!」
「どこまで終わった」
「倒木が三本」
「岩は」
「九つです」
俺は頷いた。
「十分だ」
ダレンが絶句した。
十分なわけがない、という顔だった。
朝の計算では、倒木八本に岩二十だ。
だが、削ったのは俺だ。
三本と九つで足りる形に、削ってある。
足りないのは、あの一匹ぶんだけだった。
「配置につけ」
左の崖の上に、十一人。
右は使わない。
朝に、そう決めた。
倒木の下に丸太。
その横に岩。
落とす道には、油が引いてある。
どれも即席だ。
だが構わない。
予算ゼロで作った防衛線だ。
金は一枚もかかっていない。
かかったのは、崖に引いた油と、昨日の一人だけだった。
「来ます!」
エミルが叫んだ。
ゴブリンの先頭が、一本道へ飛び込む。
一匹。
二匹。
三匹。
十匹。
二十匹。
次々と、狭い道へ流れ込んでいく。
「まだだ」
住民たちが息を飲む。
「まだだ」
さらに入る。
「まだだ」
ゴブリンは気づいていない。
自分たちが、自分たちの出口を塞ぎつつあることに。
「レオン様」
ミリアの声がした。
「三十を超えました」
「数えていたのか」
「書けと言われましたので」
俺は道を見た。
まだだ。
先頭が止まった瞬間に、後続が詰まる。
詰まる量が足りなければ、押し返される。
「レオン様、もう……」
ミリアの声が止まった。
「数えきれません」
俺も、途中で見失っていた。
森から出てくる列が、途切れない。
五十匹という報告が、どこから来た数字なのか分からなくなった。
だが、数える必要はもうない。
道が、埋まった。
「今だ」
手を上げた。
縄が切られる。
ミシミシミシ――。
嫌な音が、森に響いた。
次の瞬間。
ドオオオオオオオオン!!
倒木が斜面を転がり落ちた。
先頭を巻き込みながら、道を塞ぐ。
断末魔。
骨の砕ける音。
一本道が、一瞬で塞がった。
後方のゴブリンは、気づかずに押してくる。
前が止まる。
後ろが詰まる。
左右は崖。
逃げ場がない。
「岩を落とせ」
縄が切られる。
油を引いた斜面を、岩が加速していく。
岩が落ちる。
群れの真ん中へ、次々と。
押し合い。
潰し合い。
仲間を踏んで前へ出ようとして、また潰れる。
「……物流事故だ」
俺は呟いた。
倉庫の前で荷が滞るのと、同じだった。
誰も悪意で止めてはいない。
全員が前へ進もうとするから、止まる。
そして止まった列は、自分では動けない。
やがて。
森が、静かになった。
「やった……」
住民の一人が呟いた。
「勝ったのか」
別の男も言った。
誰も信じていない顔をしていた。
無理だと思っていた。
逃げるしかないと思っていた。
それが、ほとんど被害なく止まった。
ダレンの目に、涙が浮かんでいた。
「本当に……止まったのですか」
「いや」
俺は首を振った。
住民たちが固まる。
土煙の向こう。
立っている影があった。
倒木を踏み越えている。
岩を押しのけている。
仲間の死体を、踏んでいる。
棍棒。
二メートルを超える体。
赤い目。
「ゴブリンリーダーです」
ダレンの声が震えた。
「知っている」
森から出てきた時点で、見えていた。
紙の数字に、あれの分だけが入っていない。
残っている岩は、崖の中腹の一つだけだ。
「レオン様……」
「いや」
俺は言った。
「数字は、改善した」
ダレンが、俺を見る。
「五十対十二ではない」
俺は、倒れた群れを見た。
「もう、一対十二だ」
(第6話 赤字部門を切る)
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