第4話 森の入口を一本にしろ
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第4話 森の入口を一本にしろ
朝、ヨナスを埋めた。
土が凍っていて、掘るのに時間がかかった。
村の墓地は、北の柵のすぐ内側にある。
同じような盛り土が、いくつも並んでいた。
誰も、長くは話さなかった。
ゴルドは、泣かなかった。
土をかけ終わると、そのまま槍を取りに戻った。
俺は、帳簿を開いた。
「ミリア」
「はい」
「昨日の日付を書け」
「……はい」
「時刻。鐘の回数。柵の落ちた幅」
「はい」
「奪われたもの。備蓄の一部と、羊が四頭」
「はい」
「それから、名前を一つ」
ミリアの手が、止まった。
「ヨナス」
俺は言った。
「それだけでいい」
ミリアは、黙って書いた。
字が、少し乱れていた。
◇◇◇
油が運び出されたのは、その直後だった。
女たちが、壺を抱えて広場へ並べていく。
冬の灯りだ。
小さな子供が、母親に何か聞いていた。
母親は答えなかった。
「何壺ある」
俺が聞くと、ダレンが数えた。
「十四です」
「全部か」
「全部です」
俺はミリアを見た。
「十四と書け」
「……それだけ、ですか」
「借りた日付も書け」
ミリアが書いた。
礼だけで、済ませるつもりはなかった。
借りた日付と、数を残す。
冬までに、同じだけ返す。
いま俺に出せるのは、その約束だけだった。
◇◇◇
「案内してくれ」
俺が言うと、ゴルドは顎で北を示した。
それだけで、先を歩き出した。
十五分ほど森へ入ったところで、足が止まった。
「ここだ」
見て、分かった。
森の入口は三か所ある。
だが、左右は崖だった。
実際に通れるのは、真ん中の一本だけだ。
「ずっとここから来るのか」
「十年、ここからだ」
「なぜ村に言わなかった」
「言った」
ゴルドは、こちらを見なかった。
「三代とも、聞かなかった」
俺は道を見た。
細い。
両側が高い。
奥へ向かって、緩く上っている。
「エミル」
「はい」
「幅を測れ」
エミルが走った。
歩幅で数えながら、道を横切る。
「六歩です」
「長さは」
今度は奥へ走っていく。
戻ってくるまでに、少しかかった。
「八十歩ほど」
「崖の高さは」
「左が……十五歩ぶんくらい」
「右は」
「もっと高いです。二十歩は」
「ミリア」
「書いています」
それだけ言って、彼女は書き続けた。
◇◇◇
俺は地面にしゃがんで、棒で図を引いた。
細い道。
両側の崖。
奥に森。
手前に村。
「入口を一本にする」
ゴルドが眉をひそめた。
「最初から一本だ」
「違う」
俺は首を振った。
「通れる道が一本あるだけだ」
「同じだろう」
「全然違う」
俺は道の手前に線を引いた。
「入るだけなら、道だ」
次に、奥にも線を引いた。
「出られなくなって、初めて罠になる」
ゴルドが、図を見た。
「前を塞ぐのか」
「そうだ」
「なら、後ろもいるだろう」
「いる」
「木が足りん」
「足りない」
俺は立ち上がった。
「だから、後ろは向こうに塞がせる」
「……は?」
「五十匹が一本道へ流れ込む」
俺は図の上を、棒でなぞった。
「先頭が止まった瞬間、後続が詰まる」
「詰まると、どうなる」
「前へ進めない。後ろも下がれない」
ダレンが、息を呑んだ。
「自分たちで、自分たちの出口を塞ぐ」
前世で、何度も見た光景だ。
倉庫の前で荷が滞るのと、同じ理屈だった。
誰も悪意で止めているわけではない。
全員が前へ進もうとするから、止まる。
「人手が足りん」
ゴルドが言った。
「足りない」
「どうする」
「崖に働いてもらう」
「……崖」
「崖は、給料を要求しない」
ゴルドは、しばらく黙っていた。
それから、道の奥を見た。
「何本いる」
「倒木が八本。岩が二十」
「日没までにか」
「そうだ」
ゴルドは、一度だけ笑った。
「無理だ」
「そうだな」
俺も、同じ計算をしていた。
◇◇◇
村へ戻って、全員を集めた。
戦える者が十一人。
それに老人と、女たちと、子供。
俺を入れて、槍を持てるのは十二人だ。
「間に合わない」
最初に、それを言った。
広場がざわついた。
「ですが」
ダレンが言いかけた。
「倒木八本も岩を二十も、無理だ」
俺は続けた。
「だから、減らす」
紙を広げた。
ミリアが書いた数字が並んでいる。
「右の崖は、使わない」
ゴルドが顔を上げた。
「二十歩ぶん高い。上るのに時間がかかりすぎる」
「左だけでいいのか」
「片側で足りる」
道の幅は六歩だ。
片側から落としても、塞がる。
「倒木は、前を塞ぐ三本だけにする」
「五本減らすのか」
「減らす」
「岩は」
「運べるだけだ」
ダレンが、青い顔で聞いた。
「それで足りますか」
「足りない」
誰も、何も言わなかった。
「だが、八本と二十を目指して、四本と五個で日没を迎えるよりはいい」
俺は紙を畳んだ。
「できる量を決めて、そこへ全部入れる」
これは前世の仕事だ。
資本が足りないとき、やることは一つしかない。
諦める場所を、先に決める。
「柵は」
誰かが聞いた。
北の柵は、昨日壊れたままだ。
「直さない」
広場がざわついた。
「村が、丸裸のままですぞ」
「直しても、五十匹は止まらない」
俺は北を見た。
「止めるのは、森でだ」
誰も反論しなかった。
納得したわけではないと思う。
ただ、ほかに案がないだけだ。
それでも、動き出せばいい。
「始めてくれ」
◇◇◇
村が動いた。
男たちが木を切る。
女たちが縄を綯う。
子供が、石を運ぶ。
老人が、油の壺を崖の上へ上げていく。
地面が凍っている。
このままでは、丸太も岩も滑り出さない。
落とす道に、油を引く。
冬の灯りを、滑らせるために使う。
だが、どれだけ要るかは分からなかった。
だから、全部持ってこさせた。
エミルは、ずっと歩幅で何かを測っていた。
ミリアは、崖の上に座って書いていた。
何本切ったか。
何個上げたか。
誰が、どこにいるか。
昼を過ぎた。
倒木が二本。
岩が、六つ。
遅い。
俺は縄を運びながら、頭の中で数字を引き直していた。
日没まで、あと四時間。
このままなら、倒木三本と、岩が十ほど。
ぎりぎりだ。
崖の中腹に、大きな岩が一つあった。
運ぶには重すぎる。
だが、落とすだけなら、一人で足りる。
「これは、動かすな」
俺が言うと、若い男が手を止めた。
「運ばなくていいんですか」
「動かすな」
「……なぜです」
俺は答えなかった。
言う必要がない。
まだ使う相手が、決まっていないからだ。
◇◇◇
日が傾き始めたころだった。
北から、鐘が鳴った。
一度。
二度。
三度。
鳴り切った。
誰かが、生きて鳴らしている。
それだけのことに、村中の手が止まった。
「早すぎます!」
ダレンが叫んだ。
「まだ日が沈んでおりません!」
俺は崖の上から、森を見た。
木々の間に、黒い影が動いている。
一匹。
二匹。
十匹。
二十匹。
流れ込むように、次々と現れる。
五十匹どころではなかった。
「レオン様……」
ダレンの声が震えた。
「あれは……」
群れの最後尾。
ほかより頭一つ大きな影が、立っていた。
棍棒を引きずっている。
そいつが吠えると、群れ全体が一斉に動き出した。
俺は、ミリアが抱えている紙を見た。
そこに書いてある数字は、全部、五十匹を前提にしたものだ。
あれの分は、どこにも入っていない。
引き直す時間は、ない。
「作業を止めろ!」
俺は崖の上から叫んだ。
「戦わない者は下がれ! 村へ戻れ!」
女たちが子供の腕を引いた。
老人が縄を放して斜面を下りる。
「ミリア」
「はい」
「名前を呼べ」
「……名前」
「そこに書いてあるだろう。誰がどこにいるかを」
ミリアが、紙を握り直した。
「全員、いるか確かめてくれ」
ミリアの目が、見開いた。
それから、立ち上がって声を張った。
名前が、一つずつ呼ばれていく。
返事が、一つずつ返ってくる。
昨日、俺は名前を知らない男に死なれた。
二度はしない。
準備は、半分だ。
なら、半分で足りる場所まで、引きずり込むしかない。
(第5話 予算ゼロの防衛線)
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