第4話 森の入口を一本にしろ
領主館へ戻ると、俺はすぐに住民たちを集めた。
広場には戦える者十二人。
それ以外にも、不安そうな顔をした住民たちが集ま
っている。
老人。
女たち。
子供たち。
皆、ゴブリン襲来の知らせを聞いていた。
「レオン様」
グランが小声で言った。
「避難の準備を進めますか」
「不要だ」
広場がざわついた。
「ですが相手は五十匹以上です」
「知っている」
「戦力は十二人です」
「知っている」
「勝てません」
「勝つ」
即答した。
住民たちが顔を見合わせる。
信じていない。
当然だ。
今日来たばかりの領主代理に何がわかるのか。
そう思っている顔だった。
「まず確認する」
俺は地面に図を書いた。
村。
森。
北側の街道。
そして森へ続く三本の道。
「ゴブリンはどこから来る?」
「北の森です」
グランが答える。
「この三本の道を使うのか?」
「いえ」
老人の一人が言った。
「実際に通れるのは真ん中だけです」
「左右は崖ですからな」
別の老人も頷いた。
予想通りだ。
俺は地図を完成させた。
「つまり、入口は実質一本だ」
「そうなります」
「なら話は簡単だ」
広場が静まり返る。
「森の入口を一本にしろ」
「……は?」
ミリアが口を開けた。
「一本ですよ?」
「そうだ」
「いや、最初から一本じゃないですか」
「違う」
俺は首を振った。
「人が通れる道が一本あるだけだ」
「同じでは?」
「全然違う」
俺は棒で地面を叩いた。
「道が一本なら敵は広がれない」
「はい」
「だが周囲の斜面が使えるなら話は別だ」
グランが目を見開く。
ようやく気付いたらしい。
「まさか……」
「ああ」
俺は頷いた。
「崖を落とす」
住民たちがざわつく。
「そんなことが可能ですか?」
「可能だ」
「どうやって」
「木を切る」
俺は森の方を指差した。
「倒木を作る」
「倒木?」
「岩も落とす」
さらにざわつく。
ミリアが呆れた顔で聞いた。
「レオン様」
「なんだ」
「それ、戦術なんですか?」
「違う」
「違うんですか」
「経営だ」
住民たちが固まった。
ミリアは頭を抱えた。
「また始まった……」
俺は構わず続ける。
「物流も戦争も同じだ」
「どこがです?」
「物の流れを制す者が勝つ」
誰も反論できなかった。
「ゴブリンは五十匹」
俺は地面の数字を指差した。
「こちらは十二人」
次に別の数字を書く。
「だから戦わない」
「え?」
住民たちが声を上げる。
「敵を減らしてから戦う」
「どうやって?」
「地形に働いてもらう」
俺は笑った。
「崖は給料を要求しない」
広場に沈黙が落ちる。
数秒後。
ミリアが呟いた。
「ちょっとだけ納得しました」
「だろう」
「ちょっとだけです」
俺は住民たちを見回した。
まだ不安そうだ。
だが絶望の顔ではなくなっている。
それで十分だった。
「全員働け」
俺は声を張った。
「木を切れ」
「縄を集めろ」
「岩を運べ」
「今から防衛線を作る」
住民たちが動き出す。
グランも走る。
ミリアも帳簿を抱えたまま駆け出した。
太陽が沈み始めていた。
ゴブリンが来るまで時間はない。
だが十分だ。
必要な数字は揃った。
後は実行するだけだ。
その時だった。
北の見張り台から鐘の音が鳴り響いた。
カン、カン、カン――。
住民たちの顔色が変わる。
グランが叫んだ。
「早すぎる!」
「どうした」
「ゴブリンです!」
見張りの声が村中に響く。
「ゴブリンの群れが来たぞ!」
俺は北の森を見た。
黒い影が木々の間から現れ始めている。
予定より半日早い。
だが。
俺は笑った。
「ちょうどいい」
「どこがちょうどいいんですか!?」
「準備の半分でどこまでやれるか、試せる」
ミリアの悲鳴が響く。
どうやら、最初の実戦は予定より早く始まるらしい。
一匹。
二匹。
十匹。
二十匹。
いや。
五十匹どころではない。
「レオン様……」
グランの声が震えた。
「あれは……」
群れの最後尾に。
他のゴブリンより頭一つ大きな影が立っていた。
棍棒を持った巨大なゴブリン。
そいつが吠えると、群れ全体が一斉に動き出した。
「ゴブリンリーダーか」
俺は呟いた。
どうやら初日から予算超過らしい。
(第5話 予算ゼロの防衛線)
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