↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 経営企画部長、地下鉄で居眠りしたら税収銀貨八枚・借金金貨十二万枚の辺境領主になっていた。  ~不正を告発したら追放された。王国は私に頭を下げることになる  作者: 幸善さち
第一部 北方辺境領バルド/第1章 追放

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/184

第3話 戦力十二人、ゴブリン五十匹

※この作品は毎日更新予定です。

面白いと思っていただけたら、ブックマーク・評価をいただけると励みになります

 第3話 戦力十二人、ゴブリン五十匹


「――で、あんたは誰だ」


 広場に集まった男たちの、その先頭に立つ者が言った。


 四十半ば。

 肩に、古い傷がある。


「領主のレオン・バルドだ」


「知ってる」


 男は唾を吐いた。


「三代前も、そう名乗った」


「二代前もだ」


「一代前は、名乗りもしなかったな」


 誰かが笑った。


 笑いは、すぐに消えた。


 笑えるほどの余裕が、この村には残っていない。


「ゴルドと申します」


 ダレンが小声で言った。


「村では、リーダー格で」


「だろうな」


 俺は並んだ男たちを見た。


 十一人。


「ダレン。戦える者は十二人と聞いた」


「もう一人は、北の見張りに出ております」


「戦力に数えていいのか」


 ダレンが、言いにくそうにした。


「……まだ若いので」


「槍を持たせたことは」


「ありません」


 なるほど。


 十二人のうち、一人は数に入っているだけらしい。


 最年少、十七歳。

 最年長、六十八歳。


 槍が八本。

 弓が三張り。

 矢が二十三本。

 剣が二本。


 鎧は、ない。


 ゴブリンは、五十匹以上。


 ミリアが、小声で言った。


「終わってます」


「そうだな」


 否定できなかった。


「まず、守りを固めたい」


 俺は言った。


「森の入口を塞ぐ。油と、縄と、木材が要る」


 沈黙があった。


 ダレンが、言いにくそうに口を開いた。


「……油は、冬の分です」


「知っている」


「使い切れば、村の者は灯りなしで冬を越します」


「知っている」


「それでも、と」


「そうだ」


 ゴルドが、前に出た。


「断る」


 まっすぐ、俺を見ていた。


「あんたは今日来た」


「ああ」


「明日には帰るかもしれん」


「帰らない」


「そう言って、三人帰った」


 俺は答えなかった。


 答えようが、なかった。


 事実だからだ。


 俺には、まだ何の実績もない。

 金もない。

 兵もない。


 権威だけは辞令に書いてある。


 だが辞令は、油を出さない。


 そのときだった。


 北から、鐘が鳴った。


 一度。


 二度。


 三度目は、鳴らなかった。


 全員の顔が、北へ向いた。


「早い」


 ダレンが呟いた。


「まだ日が高いのに」


 ◇◇◇


 北門に着いたとき、柵は倒れていた。


 その手前に、男が一人、倒れていた。


 見張りに立っていた男だ。


 名前は、聞いていなかった。


 ダレンが膝をついた。


「ヨナスです」


「知っている者か」


「……ゴルドの、弟です」


 ゴルドは、何も言わなかった。


 しゃがみ込んで、弟の顔にかかった髪を、指で払った。


 それだけだった。


 俺は、その背中を見ていた。


 何を言えばいいのか、分からなかった。


 前世で、人を切ったことは何度もある。


 部署を畳み、工場を閉め、名簿から名前を消した。


 だが。


 名前を知る前に死なれたのは、初めてだった。


 ゴブリンは、すでに引き上げていた。


「持っていかれたものは」


 ダレンが答える。


「備蓄の一部と……羊が四頭」


「一部か」


「はい」


「全部は、持っていかなかったんだな」


「……はい」


「運び切れなかったのか」


「いえ。荷車は、置いたままでした」


「前のときも、残していったか」


 ダレンが、少し考えた。


「……はい」


「毎回か」


「毎回です」


「同じくらいの量をか」


「言われてみれば、そうです」


 背筋が冷えた。


「レオン様?」


「計画的だ」


「え?」


「全部取れば、村は死ぬ」


 俺は、倒れた柵を見た。


「死んだ村からは、二度と取れない」


 ミリアが息を呑んだ。


「まさか」


「あれは、襲っているんじゃない」


 俺は言った。


「徴収している」


 誰も、口を開かなかった。


「前は、どれくらいの間隔で来た」


「……二十日ほどで」


「今回は五十匹だ」


「はい」


「群れが増えている」


 増えた群れは、増えた分を取りに来る。


 次は、二十日後ではない。


 ◇◇◇


 柵の片づけが始まったころ、若い男が一人、地面に座り込んでいた。


 十七歳。


 槍を持たされている中では、最年少だ。


「エミルといいます」


 ダレンが、小声で言った。


「見張りは、本来、あれの番でした」


「ヨナスと代わったのか」


「熱を出しまして」


 エミルは、顔を上げなかった。


 周りの者も、誰も声をかけない。


 村の中で、もう答えが出ている。


 俺は、倒れた柵まで歩いた。


 しゃがんで、折れ口を見た。


「ダレン」


「はい」


「鐘は、三度鳴らすものか」


「……はい。三度で、村の端まで届きます」


「今日は、二度で止まった」


「はい」


 柵は、内側へ倒れている。


 一か所ではない。


 十歩ほどの幅が、まとめて落ちていた。


「一匹ずつ越えてきたんじゃない」


「え?」


「同時に押している」


 俺は立ち上がった。


「鐘を二度鳴らす間に、ここが十歩ぶん落ちた」


 エミルが、顔を上げた。


「そこに立っていた人間に、できることはない」


 俺は言った。


「誰が立っていても、同じだ」


 エミルの口が動いた。


 声にはならなかった。


「熱があったのは、事実だな」


「……はい」


「なら、記録には、そう書く」


「記録、ですか」


「今日あったことを、全部だ」


 俺は言った。


「日付。時刻。鐘の回数。柵が落ちた幅。奪われたもの。死んだ者の名前」


「……なんのために」


「次があるからだ」


 エミルは、しばらく動かなかった。


 それから、立ち上がった。


「……手伝います」


「何をだ」


「書くのを」


「字は読めるのか」


「読めません」


 エミルは、俺を見た。


「でも、幅なら測れます」


 十一人のうちの、一人だった。


 ◇◇◇


 その夜。


 俺は領主館の一室で、帳簿を開いた。


 資産の欄は、ほとんど空白だった。


 支払えるものが、何もない。


 扉が開いた。


 ゴルドだった。


「エミルから聞いた」


 立ったまま、そう言った。


「柵の幅を、測ったそうだな」


「ああ」


「なんの役に立つ」


「今日は、何の役にも立たない」


 ゴルドは、しばらく黙っていた。


「油を出す」


 俺は顔を上げた。


「ただし、条件がある」


「言ってくれ」


「あんたが失敗したら」


 ゴルドは、机の前に立った。


「あんたが、全部背負え」


「……全部」


「月末に徴税官が来るんだろう」


「ああ」


「払えなきゃ、土地と住民を持っていく」


「そうだ」


「前にもあった」


 ゴルドの声が、低くなった。


「俺の親父の代だ。十四人、連れていかれた」


「戻ったのか」


「一人も」


 部屋が、静まり返った。


「口約束はいらん」


 ゴルドは言った。


「紙にしろ。三人とも、口では立派なことを言った」


 俺は、帳簿の白紙のページを開いた。


 そして書いた。


 一、油、縄、木材を、村より借り受ける。

 一、返済期限は、冬の初日とする。

 一、返済できぬ場合も、本領の負債金貨十二万枚は領民に一切及ばさず、レオン・バルド個人がこれを負う。

 一、領民の差し押さえには、いかなる場合も応じない。

 一、右に違反した場合、レオン・バルドの身柄をもって償う。


 署名した。


 書いたのは、暖炉から拾った炭だ。


 王都で使っていた筆記具は、全部あちらに置いてきた。


 ゴルドは、紙を長く見ていた。


 字が読めるのかは、分からなかった。


 だが、最後の一行を、指でなぞった。


「……身柄」


「ああ」


「あんた、これの意味が分かってるのか」


「分かっている」


 分かっていた。


 これは契約だ。


 前世で、何百枚も見た。


 契約の恐ろしいところは、書いた瞬間に、逃げ道が消えることだ。


 だから、書いた。


 逃げ道があると思われている限り、この村は動かない。


 ゴルドは紙を折り、懐に入れた。


 扉のところで、一度だけ止まった。


「弟は」


「ああ」


「ヨナスといった」


「覚えた」


 扉が閉まった。


 入れ替わりに、ミリアが立っていた。


「……なぜ、あそこまで」


「ほかに、出せるものがない」


「命は、出すものではありません」


「命じゃない」


 俺は帳簿を閉じた。


「信用だ」


 それしか、残っていなかった。


 王都で、全部取り上げられて。


 最後に残ったのは、逃げないと紙に書く権利だけだった。


 窓の外は、暗かった。


 北の森が、黒く沈んでいる。


 あそこに、五十匹以上いる。


 こちらは、十一人。


 俺を入れて、十二人だ。


 ただし。


 最後の一人は、槍を持ったこともない。


 油は、冬の分。

 矢は、二十三本。

 期限は、二十日もない。


 普通に戦えば、負ける。


 間違いなく、負ける。


 だから。


 普通には、戦わない。


 俺は地図を広げた。


 森の入口は、三か所。


 だが、人が通れる道は。


 指が、止まった。


 一本しかない。


「ダレン」


「はい」


「明日の朝、全員を集めてくれ」


「何をなさるんですか」


 俺は、地図の一点を指した。


「森の入口を、一本にする」


(第4話 森の入口を一本にしろ)


次話もお楽しみに!ブックマークしておくと更新通知が届きます

最後までお読みいただきありがとうございます。

続きが気になる方は、ぜひブックマーク登録をお願いします。

評価(★★★★★)も作者の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
戦える男が実質11人しかおらず、鎧もなく、冬の命綱である油さえ不足している村の状況はかなり厳しいですね……。 ゴブリンの襲撃が単なる獣の襲撃ではなく「計画的な徴収」であるという不穏な真実に気付くシー…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。