第47話 話を持ってきた男
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老人は唇を噛んだ。
「誰なんだ」
俺は繰り返した。
長い沈黙。
やがて。
老人は諦めたように息を吐いた。
「名前は知らん」
「本当か」
「ああ」
少なくとも嘘ではない。
だが。
何かは知っている。
「どんな男だった」
老人は目を閉じる。
十年前を思い出しているのだろう。
「若かった」
「若い?」
「ああ」
「役人にしては若かった」
俺は顔を上げた。
「役人だったのか」
「そう聞いている」
老人は頷く。
「だが」
「普通の役人じゃなかった」
「どういう意味だ」
「金の話しかしなかった」
静かになる。
「利益」
「効率」
「収益」
「数字ばかりだ」
どこかで聞いた話だった。
いや。
毎日聞いている。
俺自身がそうだからだ。
「領主様?」
ミリアが不思議そうな顔をする。
「いや」
気のせいだ。
多分。
◇◇◇
「男は言った」
老人が続ける。
「鮭は足りない」
「もっと増やせる」
「もっと利益が出る」
「そう言っていた」
「それだけか」
「いや」
老人の表情が変わった。
「そういえば、役人の制服にFの紋章があった」
俺の手が止まる。
「F?」
「ああ」
「ひゃ!」
ミリアが思わず悲鳴をあげる。
「財務官だ」
「どんな風貌だった」
「背格好はあんたと同じくらいだ」
「十年前に見た限りだが、今のあんたより随分若い」
「領主様、知り合いでしょうか」
「まさか、ご本人じゃないですよね」
「何を言っている」
部屋が静かになる。
◇◇◇
「会合は何回あった」
俺は聞いた。
「三回だ」
「最初は十一枚」
「次は補助金」
「最後は四枚」
俺は顔を上げる。
「四枚を決めたのか」
「ああ」
老人は苦く笑った。
「皆反対した」
ミリアが驚く。
「え?」
「反対したんですか」
「あたり前だ」
老人は吐き捨てるように言った。
「安過ぎる」
「漁師が潰れる」
「そんな話になった」
だが。
「結局」
「全員賛成した」
俺は黙る。
「何故だ」
「儲かるからだ」
老人は自嘲するように笑った。
「だが、役人からは断る選択肢はないと言われた」
◇◇◇
帰り際。
老人が小さく呟いた。
「領主殿」
「役人が誰だかはわからん」
「だが」
「一つだけ覚えている」
「何だ」
老人は窓の外を見た。
「その役人はバルドの名前を知っていた」
俺の目が細くなる。
「当たり前だろう」
「いや」
老人は首を振る。
「バルドはそれほど有名な漁場じゃない」
「最初から知っていた」
「バルドの鮭のことも」
その言葉が。
妙に引っ掛かった。
◇◇◇
帰りの馬車。
ミリアが口を開く。
「どうします?」
「ああ」
俺は窓の外を見る。
「補助金だ」
「また帳簿ですか」
「まただ」
「やっぱり好きなんじゃないですか」
否定できなかった。
十一枚。
補助金。
四枚。
その順番に意味がある。
そして。
その男は最初からバルドを見ていた。
偶然とは思えなかった。
(第48話 決裁印)
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