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第43話 航海日誌

 老人から受け取った木箱を開く。

 中には古びた手帳が数冊入っていた。

 革表紙は色褪せている。

 だが保存状態は良い。

「几帳面なんですね」

 ミリアが言う。

「船乗りは記録が命だ」

 老人が答えた。

「嵐も」

「積荷も」

「死人もな」

 流石にミリアも何も言えない。

◇◇◇

 俺は最も古い手帳を開いた。

 十一年前。

 ちょうど鮭が十一枚になる前年だ。

 最初は普通だった。

 天候。

 積荷。

 寄港地。

 酒代。

「酒代まで書くのか」

「大事だからな」

 老人は真顔だった。

 少しだけ見直した。

 ページをめくる。

 すると。

 一行だけ妙な記述があった。

 ――ラングB、王都へ急行。

 ――会合あり。

 俺の手が止まる。

「会合?」

「覚えているか」

 老人は首を振る。

「覚えておらん」

 だが。

 気になる。

 さらにページをめくる。

 数日後。

 また書かれていた。

 ――ラングA同席。

 ――夜遅くまで。

「A商会?」

 ダンが呟く。

 さらに読む。

 翌月。

 ――ラングC同席。

 ――また会合。

 静かになる。

「仲が良かったんですね」

 ミリアが言う。

「競争相手だぞ」

 俺は答える。

「普通は仲良くない」

 さらにページをめくる。

 そして。

 ある記述で手が止まった。

 ――来年は大きく動く。

 短い一文。

 それだけだった。

「何だこれは」

 俺は呟く。

 老人も身を乗り出した。

「そんなこと書いてあったか」

「これは航海記録ではない」

 ダンが手帳を覗き込む。

「ラングBの社内の記録だ」

「その次は?」

 次のページ。

 ――漁船を増やす話。

 ――人手が足りぬ。

 ――今のうちに押さえるべし。

 俺はページを閉じた。

「レオン様?」

 ダレンが聞く。

「補助金だ」

「え?」

「まだ決まってはいない」

「だが」

「時期が一致し過ぎている」

 十一枚。

 補助金。

 新規参入。

 借金。

 四枚。

 老人も顔をしかめた。

「確かに」

「漁船は急に増えた」

「漁師も増えた」

「あの頃だったな」

 さらに手帳を読む。

 そして。

 最後の方で。

 俺の視線が止まった。

 ――四枚。

 ――予定通り。

 部屋から音が消えた。

「予定通り?」

 ミリアが呟く。

 俺はもう一度読む。

 ――四枚。

 ――予定通り。

 たったそれだけ。

 だが。

 十分だった。

「偶然ではない」

 俺は静かに言った。

「最初から決められていた」

 ダンの顔色が変わる。

 老人も何も言わない。

◇◇◇

 十一枚は通常の相場ではない。

 四枚も獲りすぎたからではない。

 計画だった。

「だが」

 俺は手帳を閉じる。

「まだ足りん」

「これでは会合があったことしか証明できない」

「真実を知る者はいるか」

「なぜそうした」

「そこがまだ見えない」

 老人は黙っていた。

 やがて。

 小さく口を開く。

「一人だけいるかもしれん」

「誰だ」

「当時のラングB商会の支店長だ」

 俺は顔を上げた。

「生きているのか」

「生きている」

 老人は頷く。

「だが」

「会いたがらんだろうな」

 ようやく。

 だが。

 先にやることがある。

 ダン老人だ。


(第44話 元支店長)


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