第40話 忘れられた鮭
眠れなかった。
十年前。
その言葉が頭から離れない。
ラングB商会。
誰も話したがらない昔話。
そして。
銀貨十一枚。
銀貨四枚。
数字だけ見れば異常だ。
だが。
誰も異常だと言わない。
それが一番おかしかった。
◇◇◇
「目の下が酷いですよ」
朝食の席でミリアが言う。
「考え事だ」
「また帳簿ですか」
「今回は違う」
「珍しいですね」
この言い草は日課なのか。
◇◇◇
昨日の老人を探した。
食堂へ行く。
だが。
いない。
「昨日の老人を知らないか」
店主は俺を見る。
「知らんな」
昨日も話していた相手だ。
明らかな嘘だった。
「常連ではないのか」
「知らん」
それ以上は何も言わない。
食堂を出る。
「嫌われてますね」
ミリアが言う。
「お前はもう少し言葉を選べ」
「事実です」
否定できなかった。
次にラングB商会へ向かう。
昨日見学した場所だ。
「十年以上勤めている者に会いたい」
受付の男が少し驚いた顔をする。
「古株ですか」
「ああ」
しばらくして。
一人の年配の作業員が現れた。
「話を聞きたい」
「何の話だ」
「十年前だ」
男の顔が僅かに強張る。
「知らんな」
即答だった。
「バルドの鮭もか」
「知らん」
再び即答。
だが。
知らない人間の反応ではなかった。
「昔のバルド鮭は有名だったらしいな」
男は黙る。
「そう聞いている」
「客はよく言っていた」
「今の鮭とは違うとな」
昨日の老人と同じだ。
「何が違った」
「知らん」
「俺は漁師じゃない」
そこで話は終わった。
それ以上は何も出てこない。
帰り道。
「何も分かりませんね」
ミリアが言う。
「ああ」
本当に分からない。
だが。
皆同じことを言う。
昔のバルド鮭は特別だった。
そして。
十年前。
何かがあった。
◇◇◇
宿へ戻る。
すると。
見覚えのある奴が立っていた。
「おお、ダン」
船焼けした顔が苦笑する。
「またゴブリン売りに来たんですか」
皮肉交じりだが憎めない。
「船はどうした」
「昨日戻りました」
相変わらず簡潔だ。
「何か用か」
若者は少し考えた。
「鮭のことを調べているそうですね」
「誰から聞いた」
「街の噂です」
若者は苦笑した。
「今、その話ばかりですから」
俺は頷く。
「何か知っているのか」
「俺が船で見てきた話ならできます」
いつもの軽口はなかった。
(第41話 船乗りが見た鮭)
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